異世界で妻と月見
一陽吉
のんびりと夜空を見上げて
「……」
「ヒロキ、どうしたの?」
「ああ、月だなって思って」
「月? 別に珍しくもないでしょう?」
「まあね。でも僕にとって秋の月はちょっと違うんだよ」
「そうなの?」
「うん。僕がいた世界、住んでた日本という国では秋の月を見て楽しむ風習があってね、それをちょっと思い出したんだよ」
「へえ、そうなんだ。でもなんで秋なの? 夏とかでもよくない?」
「それは多分、涼しくなるからじゃないかな。夏の夜は暑さが残ってたりするから落ち着かないもんね。それに秋は畑からの収穫物もある。実った野菜なんかをお供えをして、感謝の気持ちを表してるんだ」
「それじゃあ一種のお祭りね」
「ああ、最近では収穫祭の意味も含まれてきてるらしいから、そうとも言えるね」
「それじゃあ、今夜は飲みましょう。明日は別に急ぎの仕事もないし、休みにしてもいい。たくさん飲んでも大丈夫よ」
「そうか。じゃあ、そうしようかな」
「それがいいわ、私の分のビールとコップを出すわね」
「……」
「なに?」
「いや、召喚魔法なんだよなって思って」
「もう、機械なんてものを瞬間創造する人が何言ってるの。それに、ビールだってこの世界にはなかった。ヒロキが来たから私も味わえるのよ」
「そ、そうだね」
「それに」
「それに?」
「私とヒロキは出会えた。元々の世界ではやり残したこともあるでしょうけど、私は感謝してる。ありがとう、ヒロキ」
「はは、あらためて言われると、なんか照れるな」
「でも、これは本当だから」
「そうか。でも僕の方こそこの世界に来て、君に出会えて良かった。君がいなければこうしてのんびり月見もできなかったかもしれない。ありがとう」
「ふふ、これからもよろしくね、ヒロキの旦那さま」
「ああ。愛してるよリユス……」
──異世界転移者のヒロキと、妻でエルフのリユス。
お互い二十歳と若い二人だが、ヒロキの瞬間創造能力によって、建築や土木などの工事や魔物の討伐までも仕事として請け負い、それを商才のあるリユスが仕切って、大きく稼いでいた。
若いうえに短期間で成功したとなれば当然のようにそれをよくは思わない連中も現れ、命や財産を狙われたりもしたが、その危機を乗り越えて、いまでは単なるビジネスパートナーとしてだけでなく人生のパートナーとなった。
そんな二人は現在、地方都市の郊外に居を構え、広すぎる家で静かに暮らしている。
純和風の造りをしたものだが、魔力も付加され、結界や機兵も展開して、二人の愛を邪魔するものは何もなかった。
縁側で肩を寄せ合い夜空を見上げる二人を、月は優しく照らしていた。
異世界で妻と月見 一陽吉 @ninomae_youkich
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