ある駅の思い出話

星見守灯也

ある駅の思い出話

 こんにちは。今日は私の話をしよう。誰だって? 嫌だな、私だよ私。この駅だよ。駅が喋ったって? いいじゃないか、駅が喋っても。

 そうそう、私ができたのは大正も終わりのことだった。だいたい100年前だね。キミのおじいさんやおばあさんより古いかい? もう覚えている人もあまりいないだろうねえ。

 ここは大きな街でもなければ重要な鉱石が取れるわけでもない。ここに駅ができたのはね、木材を加工するためだったのさ。山から木材を運んできて、ここで防腐加工をして、それから街近くに運び出していたんだ。ん? 旧名が材木町? よく知っているね。その通りだよ、材木を扱っていたから材木町だ。

 防腐工場の他は、まだ田畑が広がっていてね。牛や馬が働いていたんだ。そう、牧場で見たあの動物だね。そこの細い川、今は汚いけど昔は湧き水があってきれいで、人はそのまま飲んでたんだよ。魚やザリガニが取れたから夕ご飯になったりしたんじゃないかな。信じられない? そうかあ……。

 ともかく行き交う列車は蒸気機関車で、誰も彼もススだらけだった。ポーっていって駅に入ってくる姿はかっこよかったなあ……あ、ごめんよ、キハくん。キミだって力強くてかっこよくて……何の話だっけ。そうそう、真っ黒な蒸気機関車が青い田んぼの真ん中を走っていくんだ。今でも復活させてたまに走ってるんだよ、見たことある? 住宅街の中だけどね。

 そんななか戦争が起こったんだ。何しろここは田舎だったから、人々もB29が遠くに飛んでいくのを見ていただけだったけどね。出征していく兵隊さんが若い女性に手を振って、彼女が顔を赤らめて……。ああ、そんなこともあった。あるいは都会から疎開してきた子供たちがここで降りていったのさ。おじいさんとおばあさんのそのまたおじいさんとおばあさんだって、その時はキミと変わらない歳だったんだ。

 戦争が終わって、車や自転車が走るようになった。ある女性は毎日自転車で大きな川まで草刈りに行ってね、牛馬を飼っていた農家に売っていたんだ。駅の前だってじゃり道だったけど車がひんぱんに通るようになったもんだ。牛や馬もだんだんいなくなっていって、田畑には家が建つようになった。

 そのうち機関車もキハくん――気動車になってね、駅員さんの持つ鉄道時計も手巻きじゃなくなった。それから国鉄が民営化して、この線路も私鉄のものになったんだ。それでも列車はこの線路を走り続けた。山と街をつなぎ、毎日欠かさず走った。

 そうそう、当時は油槽所……石油を一時的に貯めて置く施設もあってそこに支線が伸びてたんだけど、この頃にその仕事が終わって線路が取り外されてしまったね。それから車が走りやすいようにじゃり道も舗装された。そしてそこの踏切、あれが動いてカンカンいうようになったんだ。うん、最初からそうだったわけじゃないんだよ。

 そして20年前、新しく駅舎が建て直されることになった。この前の駅舎はね、枕木をつかって建てた木造でボロくて暗くて、小学生にはまるでお化け屋敷だって言われてたんだよ。今は白壁できれいだし、大きなトイレもできた。いいだろ? 窓も大きくて明るい。目の間にはバスのロータリーだ。小さいけどね。

 それはいいからって? そうか、自慢なんだけどな。……近くに車の陸橋が通ってるだろう? あれはそのあと出来たものだよ。線路のこっちと向こうは行き来しにくかったからね。そうしてどんどん便利になっていったんだね。逆に鉄道を使うお客さんは減ってしまったけれど。残念な話だ。

 この頃になってようやくタブレット閉塞もなくなったわけさ。閉塞? ええと、列車同士がぶつからない仕組みだね。列車が鍵を持っていて、その鍵がないとその区間に入れないんだ。わかる? 駅でチン! って音聞いたことない? そうだね、今は使わないもんなあ。今は駅員さんも常駐しなくなっちゃって、寂しくなったね。

 icカードは使えないのかって? ううん、そのうち使えるようになるかなあ。不便だ? まあそうかもしれないけどさ……。

 また時々来ておしゃべりに付き合ってくれよ。今度、町内会のお祭りが駅前広場でやるからさ。私鉄のイベントもあるんだよ。楽しんでいってくれたら私は嬉しいな。

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