第20話(最終話) それぞれの道へ

「西園寺ママもノリノリだったね」

「ああ、反対されるかと思ったけど、両親も旅館の従業員みんなもノリノリで、むしろおれがおどろいた」

「開かずの間、なんて本当にあるの?」

 わたしが聞くと、西園寺は苦笑いをした。

『西園寺旅館にも、怖いうわさをつくっちゃおうよ』と提案したのはわたしだけど、開かず間のアイデアを考えたのは、西園寺だ。

「開かずの間ってのは、『金の松の間』のことなんだよ」

「金の松の間?」

「そう。西園寺旅館で、いっちばんいい部屋。広くてあちこち金色で、すっげえ豪華なんだよ」

「へぇ。じゃあ、その部屋高いでしょ?」

「めっちゃ高い。だから、そもそもその部屋は予約がぜんぜん入らない」

「まさか、それで」

「そう。開かずの間として宣伝すれば、興味本位で宿泊したがる客がいるだろって、家族で話し合ってな」

「確かに、老舗旅館の開かずの間って興味あるかも……」

「もう数年ぶりに予約が入ったってさ」

「うわあ、すごいね!」 

 西園寺は、「おれもびっくりした」というと、再び動画を見て続ける。 

「それにしても、この動画の再生回数すごいな」

 西園寺がそういって感心したようにうなずいた。

「うんうん。すごいよね」

「そりゃあ、兄貴も何事かと思って帰ってくるわけだな」

「えっ?! お兄さん帰ってきたの?」

「ああ、昨夜、ふらっとな」

「すごーい! よかったね!」

「でも、今朝には出ていった。これからアメリカに行くってさ」

「えっ?! そんな……。」

 わたしがガッカリしていると、西園寺はいう。

「でも、兄貴に大事なことを聞けたからいいんだ」

「大事なことって?」

「兄貴は、旅館を継ぐ気があるらしい」

「そうなの?!」

「ああ、むしろ継ぐ気満々だから、あちこちのホテルを見て回って勉強してるんだってさ」

「そうなんだ! じゃあ、いずれは旅館に帰って跡継ぎになってくれるんだね!」

 わたしが笑顔でいうと、西園寺は大きくうなずいた。

「『お前は安心して夢を叶えろよ』って、兄貴はいってくれたんだ」

 そういって、西園寺が取り出したのは、あの飛行機のキーホルダー。

 西園寺は、それを見て、それからわたしにこういった。

「緒代、ありがとな」

「いいよ、いいよ」

 わたしは、にっこり笑って続ける。

「そもそも、西園寺のお兄さんを探すってことをしなければ、わたしも『落とし物預り所』をしようなんて思わなかったもん」

「まあ、それはただのきっかけだ」

 西園寺はそういうと、キーホルダーをポケットにしまいながら続ける。

「緒代には世話になったよ。最初は脅して悪かった」

 そうだった! 最近、いろいろあったからすっかり忘れた! 録音されてたんだ!

「じゃあ録音は消してよ」

「ないよ、そんなもん」

「えっ?」

「最初から録音なんかしてない。録音したってのが、うそなんだよ」

 西園寺はそういうと、にやりと笑った。

 じゃあ、わたしは今まで、ありもしない録音に振り回されてたの?!

 あの会話を学校中に流されちゃうかも、って不安になってたのはなんだったのよ!

 そのために、苺と遊ぶ時間も西園寺に付き合ったのに!

 なんだか怒りがわいてきた。

 それから、わたしは勢いよく立ち上がって、西園寺にいう。

「ぜったいに、ぎゃふんといわせてやるんだから!」

「ぎゃふんといわせてやるって、死語だろ」

「知らない!」

 わたしは、そういうと走り出した。

 西園寺に騙されたけれど、でも心の中は晴れやかだった。

 有栖町のリニューアルはうまくいっているし、ノロ・ノロイさんにも会えた。

 苺はパティシエの夢を、お父さんに認めてもらえて、家でも洋菓子が作れると報告してくれた。

 西園寺は、これからパイロットの夢を追いかけるのだろう。

 すると、白鳥さんが教室に入ってきた。

 今日の彼女の制服は、輝いている。ツイテールもぴょこぴょこ揺れていた。ああ、いつもの彼女だ。

 でも今は、白鳥さんを見ても嫌われているかも、なんて不安にはならない。

 だって、白鳥さんもわたしたちと同じ、普通の女の子。悩みもあって、時には元気もなくなる。それがわかったから。

 白鳥さんは、わたしと西園寺を見て、いう。

「あら、ふたりともおはよう。仲がいいのね」

「おはよう。白鳥さん。別にわたしと西園寺は仲が良いってわけじゃないけど」

「おはよ。緒代、そうやっていいわけみたいなことすると、なんか余計に変な感じになる」

 そういった西園寺は、なぜか顔が真っ赤だった。

 それを見た白鳥さんが、笑いながらいう。

「あーらあらあら! 庶民同志お似合いじゃないの~」

「なんだか今日は、白鳥さんいつもより元気だね」

 わたしがいうと、白鳥さんはにっこり笑っていう。

「だって、今日の夜は、パパとママと久しぶりに親子水入らずでディナーをするの」

「そっか。よかったね」

「回らないお寿司に行くのは久々なのよ」

「あー、はいはい」

 わたしが呆れたようにいうと、苺が慌てて教室に入ってきた。

 包み紙を持っていて、それをわたしに差し出す。

「昨夜、マカロン焼いてみたの。食べてみて」

 おいしそうでかわいいマカロンは、苺の手作りらしい。

「わー、かわいい。いただきまーす」

 マカロンに触れた瞬間、頭の中に映像が流れてきた。

 苺が焼きあがったマカロンを、丁寧にオーブンから出しているところ。

 え……食べ物の思い出もアリなの?! 今までそんなことなかったのに!

 もしかして、食べ物の想いが強いと、見えてきちゃうの? それとも、わたしの能力がこの短期間で強くなった?

 あれこれと考えていると、心配そうな苺が見えたので、わたしはえいっとマカロンを口に入れる。ものすごくおいしかった。

「生地がサクサクで甘くて、中に挟んであるちょっとビターなチョコと合う! おいしい!」

「よかったあ」

 苺は、うれしそうに笑った。

 それから、西園寺にも白鳥さんにも、マカロンを配っていた。マカロンは、かなり好評のようだ。

 みんなの笑顔を見ていて思う。

 これから、楽しいことが起こる気がする……ううん、絶対に起こすんだ! 


 かくして、有栖町ちょっぴりホラー化計画はうまくいった。

 お客さんが戻ってきたのだ。

 今日も金曜日だというのに、大通りが騒がしい。まあ、お客はワンダーランドに向かっているけれど。

 実は、ワンダーランドも有栖町のホラー化に乗っかってきた。

 期間限定で、ホラー要素のある謎解きイベントが行われているのだ。さすが商売上手だなあ。

 わたしは、ワンダーランドのお城を眺めてから、手の埃をはらった。

「よーし、こんなところかな」

 離れの家の掃除を終えると、みちがえるようにきれいになった。

 わたしは、木製の看板を立てかける。

 落とし物預り所、今日からオープン!

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ワンダーランドのおひざもと 花 千世子 @hanachoco

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