走馬灯

柴山 涙

走馬灯


 あぁ、このまま死んでしまうのだろうか。


 私は今、学校の屋上から地面に向かって真っ逆さま。地上までの旅の途中だ。

 不良が足を宙ぶらりんにしながらタバコを吸っているのを飛び降りの現場と勘違いしてしまい、全力で抱擁タックルをお見舞いしにかかったところ、避けられて私だけがグラウンドに向かってダイビングッ!といったところなのだ。

 思い返せば避けられてなくても二人して同じことになっていたと思う。だとすれば殺人が未遂に終わってむしろ幸運なのかも知れない。

 

 全身が宙に投げ出され、自分の置かれた立場(浮いているから置かれてはいないんだけどね)を理解した瞬間、時間が進むのを妙に遅く感じた。

 少しの間、空っぽになっていた頭の中に、これまでの記憶が映像となって、タイムセールに駆け込む主婦達の様になだれ込んで来る。

 もしかして……これは、走馬灯という奴なのだろうか!?


 私は物凄く興奮した。存在するかわからない場所へとたどり着いた感覚。それは、西遊記で言えば天竺への到着。

 リオのカーニバルを彷彿とさせる幼少期の記憶が流れるのを眺め、思えばやり残したこと沢山もあったなぁ。なんて考えている私の微笑みには、きっと三蔵法師の様な優しさが滲み出ていたことだろう。


 そして私の方が遥かに美しい。


 なんて事を考えていると走馬灯はその笑顔にも負けず劣らずの、美しく儚いラストスパートを迎えていった。

 

 最後には学校の屋上から落っこちる情けない姿を俯瞰で眺めながら、あぁ、こんなおっちょこちょいな最後、嫌だなぁ。などと嘆いていると、もう一度、自分が死に直面しているのだという事に気付かされ、持つ場所を間違えて湯切りに失敗した時のカップ焼きそばの様にもう一度これまでの記憶が心の奥底からどばぁっと流れ出た。


 これは……そう。走馬灯である。


 そのとき、私は気が付いてしまった。

 この走馬灯という奴。見ている間は、この世界の時間が止まっているのだ!!!

 私の身体が宙に投げ出されてから、腹時計では既にこれまでの人生と同じだけの時間が流れていた!だが、どうだろうか、ちと目線を後ろに向けてみれば、あの不良はまだそこにいた!!!

 つまり、私は過去の中を生きなければならないという不自由を糧に、永遠の命を手に入れたのだ!!!

 ふふ、ふはは。もう、誰もこの世界には立ち寄れないぞ!私こそがこの世界の支配者なのだ!!!ははは!ははは!は?


 後になってこの時のことを振り返ってみると、多分私は気をおかしくしていた。

 ふと我に帰った時、足に違和感を感じて目線を向けると、あの不良が身を投げ出し、足を掴んでいた。

 普段の私なら、やっと来たか!遅すぎるぜヒーロー!!!といった感じで、まんまとこの吊り橋効果に騙され顔を赤らめていたことだろうが、この時だけは「二日酔いで目が覚めたら知らないおっさんと二人羽織をしていた」時の様な嫌な感触に襲われて、ついその不良の顔面に一発の蹴りと一吐きの痰を喰らわせてしまっていた。(後者はご褒美だったかもしれないが、まぁそれはいい)


 ぐしャッ!


 走馬灯の影から足を離してしまった私はそのまま地面へと叩きつけられてしまった。

 あぁ、もしこの世界のどこかに現在進行形で高いところから落下している人がいたら、一つだけ聞いてほしい。

 走馬灯はとにかく落ち着いて少しでも長く見る様にしよう!それこそが我々の魂が救済される唯一の方法なのだ。

 さて、これから私は私をこの境地へと辿り着かせてくれたこの少年を病院へと連れていき、私の記念すべき1人目の「本当」の教え子として悟りへと導いてあげようと思う。

 それでは、みなさん。シーユー。

(この後二、三日かけて正気に戻った)


 

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