月が見えなくても。
竹串シュリンプ
月が見えなくても。
「ふぅ…疲れた…」
私は重い体を引きずるようにして、家までの道のりを歩いていた。
時刻は夜7時。部活で遅くなってしまった。
今夜は満月が綺麗に見える。
満月は綺麗だ。私とは正反対だ。
私の名前はミツキ。満月と書いて
いつも思う。なんでこんな名前つけられたんだろ。綺麗で完璧な満月とは正反対な私。
今、私は中学2年生であり、バスケ部の部員でもある。小さいころからバスケが好きだったから、高校はバスケの強豪校に行きたいなあ…
なんて夢はとっくに諦めている。
というか、諦めなければならなかった。
なぜなら、うちが「勉強が第一だ」っていう家庭だから。
バスケで学校に行くなんて、絶対に許してくれないだろう。
もう中2の後期だし、進路も考え始める時期だ。親には偏差値の高い進学校に行け、と言われている。
そもそも、私は勉強の出来が悪い。次のテストの点数が悪かったら、「部活をやめて勉強しなさい」って言われちゃうかも…。
そりゃあ、勉強も大切なんだけどさ。
「自由に生きてみたいなぁ…」
そうつぶやいたその時。
「なんで?」
誰かがそうきいてきた。
「…っえ?」
私は驚きながら、声がした方をみた。
そこには、綺麗な少女が立っていた。
私と同い年ぐらいだろうか。
顔も可愛くて、上品な雰囲気だった。
「あなたは誰ですか…?」
思わずそうきいた。
「私は、ルナ。漢字で
声まで綺麗で、私はしばらくぼーっとしてしまった。
それから、名前を聞かれたことに気づいて、慌てて名乗った。
「あ、えと…私はミツキです。ええと、字は満月ってかきます!よ、よろしく願いしますっ」
「ふふっ…敬語、とってね」
「うん、わかり…わかった!」
「ありがとう。あ、それと、さっき自由に生きてみたいって言ってたでしょ?何か悩み事?」
「え…なんでわかるの?」
「んー、ミツキのことならなんでも知ってるよ」
そう意味深なことを言って、ルナは楽しそうに笑った。
なんで?ときこうとしたけど、なんとなくやめた。
「えっとね…家のことで悩んでて。私、部活を頑張りたくて。部活の強豪校に行きたいんだけど、親は偏差値の高い高校に行けって言うんだ。だから、バスケは諦めなきゃいけないなぁ」
そう自分で言って泣きそうになった。
諦めたはずなのになぁ…。
「大丈夫?」
「っごめんね…」
ルナの前でみっともなく泣いてしまった。
ルナは、そんな私を抱きしめてくれた。
「大丈夫、泣きたい時は泣いて。」
そんな優しい言葉に、私は涙が止まらなかった。
忘れていたけど、ルナとは初対面だ。
こんなことするなんて、変なのかも。
でも…ルナとは、ずっと前から一緒にいるような、そんな感じがした。
だから安心できた。
涙でかすんだ目で空を見上げると、満月が雲に隠れた。
「あ…私、そろそろ帰るね。」
そう寂しそうにルナは言った。
次の瞬間、夜道にいたのは私一人だけだった。
「…?」
不思議なこともあるんだなぁ、と私は駆け足で家まで帰った。
さっきより、気持ちが少しだけ軽くなっていた。
***
次の日の夜。
満月は少しだけ欠けていたが、変わらずきれいだった。
「ミーツキっ」
今日も昨日と同じように、ルナがいた。
「学校どうだった?」
学校…。
「小テストの点数がやばい…。」
そう、今日は理科の小テストの日で、案の定ボロボロだった。
「親に見せるの怖い…」
「理科苦手なの?」
「苦手」
「ん~…じゃあ、教えてあげようか?」
「え!?」
予想外の提案で、私はびっくりした。
「ほら、そこに公園あるじゃん。そこでやらない?」
「え…いいの?」
「もちろん。成績上げなきゃ、部活やめなきゃいけないんでしょ?」
すごい、なんでもお見通しだなぁ。
そう思いつつ、私たち二人は公園のベンチに座った。
「どこが分かんないの?」
「えーと、月とか星の事がよくわかんなくて」
「あ、私の得意分野!まかせて~!」
「ありがとう!」
それから30分ほど勉強したり、雑談してから帰る、という日々が続いた。
***
数日後。
今日は部活を休んでまっすぐ家に帰った。
親に「話があるから早く帰ってきて」と言われたから。
部活やりたかったな…。それにしても、話ってなんだろ?
「ただいま…」
「おかえり。ちょっとリビングに来てくれる?お父さんもいるから」
お母さんが玄関まできて言った。
お父さんもいる?
なんか怖いなあ…。
「おかえりミツキ。ちょっとそこに座ってくれるか」
「う、うん…」
お父さんもお母さんも真面目そうな顔をしていた。
「話って?」
「ミツキ、最近家に帰ってくるのが遅いらしいじゃないか。何をしているんだ?」
あ…
「えっと…」
「この前のテストも10位以内じゃなかったそうだな。ちゃんと勉強してるのか?」
「そうよ、もし部活で勉強がおろそかになっているなら、バスケ部はやめなさい。」
「っ!ごめんなさい!次はちゃんと10位以内に入ります…」
「はぁ…いわれなくてもやりなさい。いい高校に入るには、今から勉強しないと間に合わないんだぞ?」
「…はい…ごめんなさい。」
「わかったなら、はやく勉強してきなさい」
「はい…」
私は急いで自分の部屋に入って、ドアの鍵を閉めた。
「つらいなぁ…っ」
私は泣いてしまい、仕方なく勉強を始めた。
しばらく勉強していたら、23時になっていた。
ふと窓の外をみると、“下弦の月”が空の低い位置にあった。
「下弦の月って確か…夜中にのぼるんだっけな」
昨日ルナが教えてくれたことを思い出した。
ルナ、今日は会ってないな…。
––––両親はもう眠っている。
ちょっとだけなら…。
私はこっそり家を出て、いつもルナがいるところに走った。
「ルナっ…」
「ミツキ?なんでこんな遅い時間に…」
「そっちこそ…」
「なんとなく…ミツキが来る気がして。まさか本当にきてくれるとは思わなかった…!」
ルナは嬉しそうに顔を輝かせた。
徐々に光ってきた下弦の月のように。
「何かあった?」
「わかる?ちょっと泣いちゃって…」
あはは…と笑ってごまかそうとすると、ルナが言った。
「ねえ、ミツキ…私たち、出会ってもう一週間くらい?経つよね。」
「あ、もうそんなに経つの…でも、それがどうしたの…?」
「だからごまかさなくていいんだよ?少なくとも、私の前では。」
「へっ…?」
やっぱり、ルナにはわかるんだ。ごまかしても無駄だ。
「話したいことがあるなら、話してね。」
「じゃ…じゃあ、きいてくれる?」
「もちろん。」
私は家であったことをルナに話した。
「つらかったね。ミツキの人生は、ミツキが決めたいのにね…確かに、勉強は大事だね。でも、だからってやりたいこと―バスケをやめるのは嫌だよね。」
「うん…そうなの…きいてくれてありがと」
「私も、ミツキが話してくれてうれしいよ。ありがとね」
それから、しばらく二人で他愛もない話をして、笑い合いながら月を眺めていた。
***
次の日。
今は部活の休憩時間だ。
「…暑い…って、うあっ!!冷たっっ!」
「ははっ、ごめんごめん~」
首に氷が当たったため、大声をあげてしまった私は、犯人をにらんだ。
犯人は男子バスケ部の
カゲとは幼馴染であり、バスケ仲間だ。うちの中学校は男女混合で部活なので、喋る機会も自然と多くなる。
「急に氷当てないでよ…めっちゃびびったんだから…」
「だって、暑いって言ってたし?」
「もう、心臓に悪いって…」
「ごめんって」
なんだかんだ仲良くしてくれるカゲは、部活内でも期待が高く、強豪校に行くのはほぼ確定している。
「ミツキ、カゲくん~!休憩終わりだよー!男子はこの
同級生に呼ばれて、私たちは「はーい」と言って、カゲは試合の準備を始めた。
「カゲ、頑張ってねっ」
「おう!あ、ミツキも一緒に強豪校行けるように頑張ろうな!」
「う、ん…頑張ろうね。」
ごめんね、カゲ…。
それはできないかも。
「ミツキ、大丈夫か?元気ないけど…」
「え、いや…」
「カゲー!早く来いよー!」
「あ、やべ…行ってくる!」」
カゲはチームメイトに呼ばれてあっちへ行ってしまった。
「高校でも…一緒にバスケしたかったな…」
カゲのプレーを見ながら、私はそうつぶやいた。
***
部活が終わり、ルナがいる場所に向かったけど、ルナはいなかった。
なにかあったのかな…?と思いつつ、私も早く帰って勉強しなければならないので急いだ。
家に帰って、しばらく勉強して寝る時間になったけど、なかなか寝付けない…。
だから、またこっそり家を抜け出していつもの場所に行ってみた。
なんだか…またルナがいそうな気がしたから。
予想通り、ルナはそこにいたけど、様子がおかしかった。
寂しそうな、切なそうな…そんな顔をして、新月に近づいてきた月を見上げていた。
新月は、たしか…あと6日くらいかな?
「ルナ、どうしたの?」
「あっ、ミツキ…ちょっと考え事してて…」
どうしたのかな…。
いつもより、元気がないみたいだ。
「私さ、しばらく夜中しかここにこれなさそう…」
ルナがぽつり、とつぶやいた。
「じゃあさ、毎日夜中に会おうよ!私も夜中、ここに来る!」
「…!本当…?」
「うん、約束!」
それから毎日、私とルナは夜中に待ち合わせて、いろんなことを話した。
その時間が、私の1日の楽しみにもなった。
「ねえ、ミツキ…まだ、バスケの強豪校に行きたいと思ってる?」
「それは…行けるなら、もし、行かせてくれるなら…行きたいっ!」
「やっぱり。…行けるといいね。ミツキが、やりたいことをやって、幸せになれたらいいなあ…」
「ははっ…保護者目線だね…」
そう。
まだ、夢は諦めていない。
そう気づかせてくれたのは、ルナだ。
「いずれ親にも言わないと…ね」
「そのときは私のこと、思い出してね。応援してるから!」
「っ!ありがとう、ルナ!!」
「ふふっ。…明後日は、新月か」
「え、そうなの!?月が見えなくなるのって、なんかさびしいよねぇ…」
「うん…ほんとにそう。
だけどね……新月は見えないけど…
…確かに月はそこにいるから。」
そう思うと、大丈夫だと思わない?と、ルナは言う。
「確かに…!そう思うと、寂しくない…!」
「でしょ?」
ルナは嬉しそうに笑った。
私も笑顔で、細くなった月を見上げた。
***
翌日の昼休み。
教室の自分の席に座り、窓の外を眺めていた。
ふと東側の空を見ると、あとひとつ欠ければ新月になる月がうっすらとあった。
見えにくいけど、確かに月はそこにある。
そう思うと、やっぱりさびしくなかった。
「よっ、ミツキ。何してるの?」
カゲが、話しかけてきた。
「あっ、カゲ。どうしたの?」
「いや、ミツキ…いや、その…大丈夫か?」
「え……?」
私は、急に心配されたことに驚いた。
「な、なんで?」
「ほら…家のこと。ミツキの親御さん、ちょっと厳しいじゃん。それが原因で昔も悩んでた。それで、今もなんか悩んでるみたいだし」
「んー…悩みは、あるね。」
最近、ルナに悩みを相談していたが、カゲに相談してみるのもいいのかも。
「ねえ、ちょっと相談していい?」
「…!いいよ、むしろして」
「え?なんで?」
「だってお前、全然相談しないじゃん。お前が、進学のことで悩んでることは…知ってるから。
“ミツキのことなら、なんでも知ってるよ”」
あ……。
なんでも知ってる…。
ルナは初めて会った日、そう言ってた。
2人はなんだか似てるな、と思った。
カゲは、私のことをよく見てくれていたんだろう。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しくもあった。
「えっとね、進学先は…やっぱりバスケの強豪校に行きたい。この夢は諦められない。それと…カゲとまだプレーしたいし?」
「えっ…」
「ん?」
「いや、あの、嬉しくてさ…俺も、ミツキとまだプレーしたい。一緒に頑張りたい。」
「ありがとう…!でも、親にいつ言うか、なんだよね…もう2年生の夏も終わったし、もうすぐ冬だし…どうしようかな。今、そのことで悩んでるんだ…。」
「親に言うことって、勇気いるよな。でも、真剣に悩んでるミツキってすごいと思う。だから、悩みに悩んで……でも、できるだけ早めに、話してみたらどうかな。」
カゲ…。
やっぱりカゲはすごいなぁ。
ルナのように、私の心の底で思っていたことを引き出してくれる。
「そうだよねっ…!ありがとう!」
今日言おう。
今日言わないでいつ言うんだ。
「カゲ、今日は部活休む!大事な話を親としないと!」
そう言うと、カゲはにこっと笑って、
「頑張って。」
と言ってくれた。
私は力強くうなずいた。
***
下校時間になって、私は真っ先に学校を出た。
帰る前に、寄りたいところがある。
––––ルナのところだ。
真夜中じゃないのに、ルナはいた。
「ルナ…っ!」
「ミツキ…!」
私ははぁはぁと息切れしながらも、ルナに会えて笑顔になれた。
「ミツキ、今日話すんだね。」
「…!うん!」
やっぱり、ルナにはお見通しだ。
「そっか、頑張ってね。…ミツキは、短い間ですっごい成長したね。最初に会った時は、夢を諦めていた。でも、今は夢を叶えるために行動を起こしてる。ほんとにすごいよ」
「え、あ、ありがとう…!」
「だから、私は……」
––––––––もういらないね。
「………え」
「私は、ミツキの悩みを無くすために存在してる。私は、ミツキ。そしてミツキは私。
よかった。悩み事、相談できる相手もいるしね。もう心配ないや。
今までありがとう、ミツキ。」
「な、何言ってるのっ?ルナが、私?それに、なんでいなくなっちゃうの!?まだ出会って2週間じゃん!」
「私は……月が見える時しかここにこれないの。だから…もう明日は新月だから…私はいなくなる。」
「なんでっっ…じゃ、じゃあ、月が見えるようになったら、また会える…?」
「わからない。もう、ミツキに悩みなんてないからね」
そう寂しそうに笑って、ルナは「そろそろ行かなきゃ。」と、私の元から去ってしまった。
月はもう見えなかった。
「なんでよ…ルナ…。見えないなんて、やだよ…」
“新月が見えなくても、月はそこにいるから”
あっ……。
そうだ。
ルナは私だ。
私の心の中にはルナがいる。見えないだけで、そこにいるんだ––––。
私は、泣きながらも、力強く歩き出した。
家に着くと、私ははっきりと言った。
「お父さん、お母さん…私、バスケの強豪校に行きたい!!バスケが…したい!もっと上手くなりたい!」
私は涙を流しながら、私は訴えた。
お父さんとお母さんは驚いたように顔を見合わせて、ちょっと恥ずかしそうに笑っていた。
「ごめんね、ミツキ…これまで、本当に悪いことをしたと思ってる。」
「ああ、ミツキの人生は、ミツキのものだもんな…俺たちが押し付けるのは嫌だったよな。ごめんな。」
「これからは、ミツキが行きたい道に行きなさい。」
2人は、謝ってくれた。びっくりもしたけど、嬉しかった。
“ちゃんと言えたじゃん。よく頑張ったね”
ルナが心から話しかけてくれる。
これから辛いことがあっても、ルナがいる。
月が見えなくても。 竹串シュリンプ @fuyuchan
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