トイレットペーパーの妖精

黒星★チーコ

🧻全1話🧻

【まえがき】

言い方って大事ですよね。

――――――――――――



 僕のプレゼン中、パワーポイントのスライド内に手書きのイラストが表示されたところでストップがかかった。


「はぁ? お前、ふざけてんのか?!」


 ここはトイレットペーパーやティッシュペーパーが主力の大手製紙メーカー、大某製紙株式会社の会議室。

 営業企画課で年度内に新規企画立ち上げを見据え、今は課内でのアイデア出しの会議中。

 僕は企画課に異動してからこのチャンスをずっと伺っていた。そして今日とっておきの提案を持ってきたが、課長にそれはもうボロクソにけなされていた。


「なんだよトイレットペーパーの妖精って」


「そのままです。トペちゃんは限られた人にしか見えないんですけど、たまにペーパーをわざと空にしたりするイタズラ好きな、でも優しい妖精です」


「今時ゆるキャラなんて掃いて捨てるほどいるが、これユルさすらねぇだろうが!!」


 課長の乱暴な言葉に、他の社員も全員が反論せず力無く頷く。課長は今時珍しいタイプの、よく言えば熱血、悪く言えば時代錯誤のパワハラ上司だ。


「そ、それが逆に良いと思いませんかっ。あまりないタイプで……」


「思わねえよ。見た目が完全にミイラじゃねえか。子供が見たら泣くぞこんなん!!」


 僕のパワポの絵を指差し怒鳴る課長。確かにちょっと気合いが入りすぎてゆるキャラと言うよりもリアルっぽいイラストになってしまったかもしれない。


「それに何だよこの設定。トイレで泣いてるやつの顔をペーパーでぐるぐる巻きにして悲しみを吸い取るって」


「優しい妖精なんです! ペーパーが黄色か茶色になれば悲しみを吸い取れた証拠で、その後水に流します」


「バカ野郎、それはどう考えても汚い想像に繋がるだろうが!!」


「人の悲しみは汚いと言えば汚いですが」


「~~~!!! そういう意味じゃねえ!!」


 課長がダン! と拳で机を叩き、僕や周りの何人かはビクッとした。


「ボツ!!……10分休憩!」


 僕を残し、皆が会議室をぞろぞろと出ていく。ドアが閉まりきらない内に課長の太鼓持ちと言われてるヤツが嬉しそうに課長に言うのが聞こえた。


「いやーあれはないわ。アイツ頭がおかしいですよ。何考えてんでしょうね?」


 課長が吐き捨てるように言う。


「知るか。紙類オタクとかで皆に広く紙を知って貰いたいって凄い情熱があると聞いたから、こっちへの異動も受け入れたのにとんだ期待はずれだよ」


「いやー、ほんと課長の仰る通り!ただのキモい妄想オタクでしたね!」


 僕は、かあっと熱くなった。

 紙が好きだ。小さい頃から紙は僕の友達だった。だから子供時代に何度もミイラのようにペーパーでぐるぐる巻きになる僕を見て、親は大笑いしたものだ。


 大きくなるとありとあらゆる紙を調べ、大学でも研究に没頭し、この会社に入るために一生懸命に勉強した。

 入社後は紙について語りまくり、ちょっとズレてるな~と笑われることもあったけど、取引先や課内の人達に疎まれる事なんて無かった。

 だから、僕の友達は紙だと、素晴らしいんだと。それを話して怒られたりバカにされるなんて思ってもいなかった。


 僕はとんだ甘ちゃんだったのだ。


 ヨロヨロと会議室を出て、男子トイレの個室に入り鍵を後ろ手でかける。


(トペちゃん、ごめん……皆に君の事、知って貰って好きになって貰いたかったのに。僕全然うまくやれなかった……)


 鼻の奥がツーンとなって、もう目頭まで涙が上がってきているのが自分でわかる。こんな事でいい年した大人が泣くなんてみっともないと思って必死に止めようとしたけど止まらない。

 僕の頬に透明な液体がポロポロとこぼれだしたその時。


 カラカラカラ……。


 壁のペーパーホルダーにかかったトイレットペーパーがひとりでに回り、ペーパーが引き出されて空中に白い斜線を引いた。

 ペーパーの先が三角に折られ、そっと僕の目尻を拭う。そのまま僕の顔の周りを何周か周ったと思うと、僕はトペちゃんにぐるぐる巻きにされた。


 僕をとり巻いたペーパーが段々と白から黄色、そして茶色に染まる。色が変わるとすぐに顔から離れ、便器に自ら吸い込まれていった。


 僕はトイレの水を流す。ゴシュアアアという音を立てながら、便器のなかをぐるりぐるりと回って流れていく水を見てふと思った。


 トペちゃんが悲しみを吸いとって水に流してくれたのでだいぶスッキリした。問題はこれからだ。


 元はと言えば僕のプレゼンやアピールが下手過ぎたのも大きな原因だ。

 しかし、多分これからしばらくの間、課長やあの太鼓持ちはトイレで"大"に行く時何故かペーパーが空になっている怪現象イタズラに悩まされるに違いない。

 でも、怒っているであろうトペちゃんを相手に「僕が悪いんだからそんな事をしては駄目」と説得できるだろうか?


 目の前で宙に浮いて踊る……というか荒ぶってシャドーボクシング的に動いているトイレットペーパーを見て、僕は無理かなと思った。



――――――――――――

【あとがき】

言い方って大事ですよね。

"僕"は、ゆるキャラだなんて言ってないんですよ。言葉が足りなかったんだなぁ……。

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