貧しい竹取の翁が歌を披露したら人生変わった件

芦原瑞祥

仙女さまと わし

 わし、竹取の翁。

 貧しくて自分の田畑もないもんだから、みんなが出入りする山や林で竹を取り、細工物を作って暮らしている。年々膝や腰が痛くなってくるし、竹を切ろうにも力が入らない。寄る年波には勝てんわい。


 ある春の日、竹林の奥から若い娘たちがキャッキャウフフと笑い合う声が聞こえてきた。近づいてみると、百の花も我が身を恥じてしおれてしまうほどの輝かしい乙女が九人、若菜であつものを作っておる。

 竹というのは、一夜にして大きく育つことから、霊力があると言われている。その霊力みなぎる竹林に、人並みはずれた美しさの乙女が九人もいるのだから、これはもう仙女さまとしか思えない。なんという僥倖!


 わしに気づいた一人が声をかけてきた。

「ねえ、おじーさん! こっちに来て焚き火を吹いてくれない?」

 ほいほいと返事をして、わしは仙女さまたちのおそばに寄った。得も言われぬいい匂いがして、三十歳は若返るような心持ちがしたね。天子さまがお持ちの蘭奢待らんじゃたいもかくあらん、という香りに思わずボーッとしてしもうた。


「ちょっと誰よ、こんな汚い爺さん呼んだの」

 仙女さまの一人が、そう言って笑い出した。「やだー、衣ボロボロ」「シワシワ過ぎて、どこが目かわかんないじゃん」「ほんと、きったなーい」

 九人がころころと笑いなさる。そうすることで、ご自分たちの若さと美しさを誇るかのようにね。


 美しい仙女さまたちに笑われて、わしは心底かなしくなったね。

 あの方たちは仙界に生まれ、並びない美しさを兼ね備えているのに、わしときたら下級の生まれで官人としての出世も出来ずじまい、今は財もなく竹を取る生活。自分のみじめさを思い知って、涙が出そうになる。


「思いがけず偶然、仙女さま方にお逢いし、驚きのあまり身の程もわきまえず、大変失礼をいたしました。馴れ馴れしくおそばに寄ってしまった罪は、ひとつ歌をうたうことで贖わせてください」

 そう言って、わしは大げさに頭をさげた。


 仙女さまたちは、こんな小汚い爺さんに歌なんて詠めるの? と笑いなさる。いやいや、こう見えてもわしらの若い頃は、下位の者たちでも教養として歌の知識を身につけていたのですよ。良い歌をうたえるかが出世にも関わっていましたからね。


 というわけで、わしは長い歌を披露したんじゃ。


 今でこそ薄汚い爺さんですが、生まれたときから老人だった訳じゃありません。ちゃんと赤ん坊のときだってあったのですよ。よちよち歩きの頃には木綿のちゃんちゃんこを総裏に縫ったのを、童頭の頃には鹿の子絞りの袖付きの着物なんかを着てね。

 あなたさま方の年頃には、艶やかな黒髪を上物の櫛で梳いて、日によって総角あげまきにしたり解き乱してみたりと髪型にも気を遣ったものですよ。紅のさす頬がよく映える紫の大綾模様の着物、高麗渡りの錦の飾り紐、そこに粋な上着を重ねて、袴は真っ白な手織りの麻衣、一位のお偉いさんしかできないような格好も、衣装負けせず着こなしていましたとも。


 どんな男にもなびかなかった稲置娘子いなきおとめが私に贈ってきた、縞模様の裏沓くつしたと、明日香のたくみが作った雨でも平気な黒沓を履いて庭に立つと、男を寄せ付けないことで有名な禁娘子さえおとめまで負けてなるかと、薄水色の絹帯を私に贈ってきましてね。それも高位の者が礼服にするような韓帯を。

 つまり私のことを、それほどの男と見てくれていたんですな。

 贈り物の帯で蜂みたいに腰をキュッと締めて、連ねた鏡に自分の全身を映して見ると、惚れ惚れしたもんです。


 春に野辺をめぐっていると、そんな私に惚れてしまうのか、野の鳥までそばに来て黄色い声でさえずりながら飛び回るし、秋に山辺を行けば、天雲さえも私にたなびいてくる始末。

 もちろん都大路では、女官も舎人もちらちらと返り見して、どちらの若御さまかしら、あの男ぶりは大層名のある方でしょうねと、私のことを噂していたのですよ。


 それほどまでにちやほやされていたから、自分はこの世のすべてに好かれている、怖いものなどないとばかりに時めいていたんですけどね。


 それなのに、何と惨めなことでしょうか。今となっては老いさらばえて、あなたさま方に笑われて、昔の栄光も法螺話のように思われているのですから。


 まあ、年寄りというのはいつの世もこんな扱いを受けるものです。

 故事によると、働けなくなった老人を、実の息子が車に乗せて山へ捨てに行ったそうですよ。けれどもそれを見ていた孫が、祖父を乗せた車を連れ帰ったのだとか。もし父親が年老いたときに自分は同じ事をしたくないから、と。

 なんと素晴らしい、後世のお手本になるような心がけではないですか! 仙女さま方もそう思いますでしょう?


 嗚呼、娘子おとめたちがこぞって贈り物をしてきた、若く美しい男のままで死んでいたら、こんな目に遭わずにすんだでしょうに。


 けれども、今は美しいあなたさま方だって、生きていればいつかは白髪が生え皺だらけになって、私と同じように若い人から笑われる日が来るのですよ。



 わしがうたい終えて仙女さま方を見ると、みな呆然としておる。歌をうたわれたら返歌をするものなのに、どなたも口を開こうとはされない。

 しまった、ちょっと話を盛りすぎたかのう、官位によって衣の色も厳しく定められているのに、最高位の紫の大綾なんて。

 そう焦っていると、仙女さまたちが甲高い声をあげた。

「んまあ!」

 大口を叩いたことでお叱りを受けると思ったわしは、思わず身をすくめて頭を垂れた。


「ステキ!」


 意外な言葉に、わしはおそるおそる顔をあげた。まとめ役らしい仙女さまが、わしの正面までにじり寄って来られた。

「なんて素晴らしい歌なんでしょう! 思わず聴き惚れて、お返しの歌も思いつきませんでした。おじいさまの本当の姿を見抜けず、焚き火なんか吹かせたりして、非礼をお詫びいたしますわ」

 かなり大げさに話を盛っているにも関わらず、仙女さまはわしの歌を信じてくださった。昔から、すぐれた歌は鬼神をも感動させ天地すら動かすというから、若い頃に磨いた歌の技術は無駄ではなかったらしい。


「さあさあ、私たちがいくらぼんやりさんだからって、返歌もしないのはいけませんよ」

 一人目の仙女さまに促されて、残り八人の仙女さまたちが、次々にわしの周りに集まり、うるんだ眼差しで見つめてきた。

「あなたがただ者ではないことを見抜けなかったなんて、恥ずかしいわ。……恥ずかしいついでに、私の方から言い寄っちゃう!」

 二人目の仙女さまが、わしの右腕にしなだれかかり頬を寄せてきた。柔らかい感触とあたたかみが、ボロボロの衣越しに伝わってくる。驚くやら畏れ多いやらで体を強ばらせていると、三人目の仙女さまがわしの左腕を取った。

「あら、否とはおっしゃらないのね。じゃあ私も!」


 若い頃ですら、こんな大胆なお誘いは受けなかった。目を白黒させているうちに、残りの仙女さまたちもやってくる。

「生きるも死ぬも一緒と誓い合ったあなたたちがそう言うのなら、私もおじいさまになびくわ!」

「反対なんてするわけないでしょう。私もよ!」

「私一人が意見するわけにもいかないし、なびいちゃおうかな」

「あらあら、おじいさまに惹かれているのに照れちゃって。お慕いしてますって素直に言えばいいのよ」

「意地っ張りな私だけど、今回はみんなと同じ色に染まるわ。素敵なおじいさま!」

「春の野の下草みたいに、みんなでなびいて、おじいさまの色に染まりましょう!」


 こうしてわしは、九人の美しい仙女さまたちから一度に求愛されたんじゃ。

 昔、同僚達と回し読みした『遊仙窟エッチな本』にもこんなおいしい話はなかった。仙女さまたちが動くたびに何とも言えないよい香りが立ちのぼり、琴のような耳に心地いい声が重なり合って、頭がボーッとしてくる。欺されているんじゃなかろうか?


 その日は結局、九人の仙女さまたちと歌い踊り、若菜をあてに酒を飲んで愉快な時を過ごしたんじゃ。

 え? 美しい仙女さまたちとイイコトしなかったのかって? この歳になると、気の利いた歌のやり取りをする方が、よっぽど刺激的で楽しいってもんだよ。


 仙女さま方は、若い頃の姿に戻して差し上げましょうと仰ったんだが、断ったよ。実は誇張したほど紅顔の美青年ではない、ってのもあるけど、「若さや美しさは移ろうものだから驕るなかれ」と言った自分の言葉が軽くなってしまうだろう? 


 だから代わりに、書き留めた自分の歌を、古今東西の歌を集めているという男に託してもらった。わし自身に寿命が来ても、歌は語り継がれてずっとずっと残ることができる。たとえ千年経っても古びることなく人の心に沁み入り、胸の内からこぼれ出て歌となったさまざまな想いを、鮮やかによみがえらせることができる。

 これって若返るよりもっと素晴らしいことじゃないかい?



※万葉集巻第十六 三七九一~三八〇二 竹取翁と九人の娘子おとめの歌より

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貧しい竹取の翁が歌を披露したら人生変わった件 芦原瑞祥 @zuishou

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