影の住む家

白鷺(楓賢)

本編

その家は、町の外れにひっそりと佇んでいた。かつては誰かの住居であったが、今では長らく人の気配がない。外壁はひび割れ、草が生い茂り、窓には埃が積もっている。それでも、その家には不気味な魅力があった。まるで何かが住み着いているかのように、時折窓辺に影が揺れるのが見えると言われていた。


ある日、好奇心に駆られた青年がその家に足を踏み入れた。友人たちは「やめておけ」と言ったが、彼は笑い飛ばして聞く耳を持たなかった。家の扉は重く、軋む音を立てて開いた。中に入ると、湿った空気と腐敗した木材の匂いが鼻をついた。窓から差し込む薄明かりが、埃と共に空中に舞い上がる。


廊下を歩くたびに、足元で何かがカサカサと動く音がする。だが、見ても何もない。空の冷たさが次第に彼の皮膚を刺すようになった。家の奥に進むにつれて、不安が募り始めた。まるで誰かに見られているような、背後から視線を感じるのだ。


二階に上がると、かすかな囁き声が聞こえた。耳を澄ましても、どこから聞こえるのか分からない。彼はさらに奥の部屋へと進んだ。そこで、驚くべき光景を目にする。


部屋の中央には古びた鏡が置かれていた。鏡の表面は曇っており、何も映さないように見えたが、彼が近づくと突然、鏡の中に異様な光景が映し出された。それは、部屋の中に立つ自分自身の姿だった。だが、その後ろには、暗い影が立っていた。


その影は、ゆっくりと彼の方に近づいてきた。彼が振り返ると、そこには何もない。しかし、再び鏡を見ると、影はもう彼のすぐ背後にいた。その瞬間、鏡がひび割れ、砕け散った。彼は恐怖に駆られ、家から逃げ出そうとした。


廊下を駆け抜け、階段を駆け下り、玄関にたどり着く。しかし、扉は開かない。彼が振り返ると、再びあの影が現れた。影はゆっくりと彼に近づき、彼の足元から黒い霧が立ち上り、彼の体を包み込んだ。


次の日、その家に行った友人たちは、家の中で青年の姿を探したが、彼の痕跡はどこにも見つからなかった。ただ一つ、割れた鏡の前に、彼の靴だけが静かに置かれていた。そして、友人たちが家を後にしようとしたとき、鏡の破片に映った影が、彼らをじっと見つめていることに気づいた。


それ以来、その家には誰も近づかなくなった。そして、今でも、家の中に足を踏み入れた者は、二度と戻ってこないと言われている。影が住む家、その影が何を求めているのか、誰も知ることはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

影の住む家 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画