望んで悪役になりました

「フローラ、貴女との婚約は破棄させてもらう。君を婚約者としておくには僕の心が許さないところもあるが、それ以前にミスリーへの悪行を見過ごすことができない」

「たしかに、私が殿下のことを好きになってしまったことは罪かもしれません! でも、あんまりですわ…!」

「ミスリー、自分を責めないで。人を愛することを咎めるなんてあってはならない」

「殿下……」


国立第一魔法学園の中庭にて、その騒ぎは始まった。

フローラと呼ばれる桃色の癖っ毛を肩まで伸ばした令嬢は、この国の第一王子であるハロルドと、彼が肩を抱くミスリーと呼ばれる令嬢に真っ向から非難されていた。

放課後の中庭は観衆も集まりやすい。ことさらに、その中心となるのが第一王子とその婚約者と現恋人といった修羅場なのだから、それはそれは話題性がある。

この騒動は、下手をすればフローラの首が飛ぶ。ハロルドの身分が、そこまでの緊張感を持たせていた。


ハロルドは整った切れ長の青い目を鋭くして、ミスリーを守るようにして立っている。

守られているミスリーは、ハーフアップにした美しい茶髪を揺らしてハロルドに泣きついていた。


公爵家の長女であるフローラは、第一王子の婚約者。けれども今彼女は、彼が恋する伯爵家の令嬢への仕打ちが原因で婚約者の場を破棄させられそうになっている。


観衆である同じ魔法学園の生徒たちは、すっかりミスリーの方に感情移入して様子を見守っていた。フローラへの睨みをきかせる女子生徒たち、面白がって嘲笑う男子生徒たち、そんな視線を一点に引き受け、フローラは心の中で盛大なため息をついていた。



———ああ、やっと、やっと……! この状況になってくれた!!



***



フローラは国一番の公爵家の長女で、垂れ目なのにきつい印象を受ける顔つきをした、事実性格が苛烈な少女であった。しかし次期王妃としての教育には熱心で、公爵家の長女として恥ずかしくない国一番のレディを目指し努力もしていた。あともう少し磨けばその地位に辿り着けたであろうフローラだったが、ある日階段の上でヒールを履いた足をくじき、転倒、1ヶ月の捻挫と怪我の療養期間の最中、患部から発せられた熱にうなされているときに思い出した。



この人生は二度目であり、かつ、フローラの中身は転生者であるということに。



今住んでいる世界とはだいぶ違う世界の記憶が混在し、三日ほど吐いた。

慣れた頃には考えすぎで頭痛になり、再び寝込んだ。


そして目が覚めた頃には転生者の人格とフローラの人格が融合したような性格になり、元あった苛烈さが緩和した。

周りの人間は事故のおかげだと言った。事実そうなので、フローラは押し黙った。


元の人格は、17歳である今のフローラと同じくらいの年齢の平凡な少女。両親は健在だったが貧乏だったので学生の頃から労働にも励んだ働き者であり、学はなくともよく気がつくタイプであった。

しかし事故によって転生。なぜかフローラの体に振り分けられ、とりあえず、前世の記憶を持ってのほほんと公爵家の長女としての人生を謳歌していた。


が、しかし、一度目の人生は17歳で幕を閉じている。


フローラは不自由なく生きていたはずだった。しかしある夜、愛憎の結果背後からナイフを突き立てられて死亡した。

そしてその犯人は……ミスリーであった。


それを思い出した二度目の人生を送っているフローラは、療養中、ミスリーと仲良くなることを徹底的に避けることを決意した。

既に魔法学園での生活は始まっているので、全く交流を持たないことはできなかったが、とにかく避けて避けて生活した。


そして今度はミスリーが死んだ。理由はわからない。


ミスリーの死亡を確認した瞬間、カチリという音がどこからともなく聞こえたかと思いきや、フローラはもう一度生まれた頃に戻っていた。

長い夢を見ていたのだろうかと赤ん坊ながら冷静に考えていたのを、今でも覚えている。しっくりこない結末にモヤモヤとした不快感を覚えて、それを回避するために意識した人生を送ろうとなんとなく考えて成長する。

そうして似たような人生をあと二回送って、合計五回のループを終えた頃に、ようやくこの世界は「特定の展開に辿り着かないと先に進めない物語の世界」なのだと気づいた。

気づいたというより、予測したのち結論に至った、と言う方が正しい。


そしてもう五回ほど、今度はいろんな切り口でループを抜け出せないかと実験をした。

ある時は最初から第一王子のハロルドと婚約しないように。

ある時は家から勘当されるほど暴れたり。

ある時はいろんな男と遊び歩いたり。

ある時は聖職者として身を捧げたり。

ある時は自分から関係者の殺人に及んだり。

結局は、公爵家ごと汚名を着せられて処罰されたり、悪評の末ゴミクズのように扱われたり、嫉妬に狂ったハロルドに激昂されたり、再びミスリーに愛憎を向けられて殺されたり、普通に大罪人として処されたり、どれもこれもうまくいかなかった。

この時点で170年経過している。


であればもう一度本来のフローラの性格に戻って生活してみることにした。本来のフローラとは、ややこしい話だが二度目の人生で事故を起こすまでのフローラである。

事細かに、いつどこでなにをした、までは思い出せないが、振る舞いはぼんやりと覚えていたのでそれに従って生きてみる。

するとその人生では、ハロルドとミスリーがほのかな恋に目覚めたようだった。

そう、現在の展開に似た関係性になった。

それに気づいた瞬間、フローラの中にふと「正解」という実感が湧き立ち、そこからは慎重に行動を重ねた。


しかしまたもや失敗。

二人が恋に落ちたのも束の間、その人生のフローラは気を緩めたおかげで優しくなってしまった。

結局ミスリーはハロルドよりもフローラへの執着が重くなり、ハロルドとの結婚を許せなくなったミスリーに命を奪われた。


なんでこの子は変な舵を切るとフローラにこれほどまでの愛憎を抱くことになるのか。

それだけは何度ループしても気づくことができなかったが、もはや「そういうものなのだ」と納得させた。


なので次はハロルドとミスリーが恋に落ちたあと、徹底的にミスリーに厳しくした。

案の定ミスリーとの関係は最悪になったが、今度は恋に溺れたハロルドによって殺されてしまった。それもダメなのか〜と思わず声を上げながら殺された。


こういった感じで微妙な調整をしていくうちに20回目のループをしていると、あまりのヒントのなさに気が狂いそうだったので(いやもう狂っているのかもしれないが)ひとまず正解を放棄して答えを探す旅に出た。もちろんあてはないのだが。

この世界には魔法が存在するので、もはや340年前となった前世の世界との差異に可能性をかけて探ることとした。


結果として、答えに近いものを発見するに至った。


この世界でもごく一握りの人間にしか出会えない、絶対の預言者が存在していた。今までの知識や何回かのループを重ねて預言者に辿り着くことができた。

驚いたのは、預言者はフローラとまみえて早々、「何百年と巡ってきたね」と、簡潔に言ったものだから、フローラは肝が冷えたのと同時に自分の存在を肯定されたような心地になって、ドバッと涙を溢れさせた。


ひとしきり泣いた後、本題に移れば、フローラには出会わなくてはならない人物がいるのだと預言者は言った。

その条件に肉薄しているが、まだ至っていない。そう言われて、希望が見えた。


「そもそもなんで私はこの世界に囚われているんですか?」

「過去や運命に関わることは断片的にしか見えないけれど、そうだね、これはなんだろう、盤上のゲームのような……呪いのような……」

「なんですかそれ。オカルトが原因ってことですか?」

「とにもかくにも、貴女が出会わなくてはならない人と出会ったときに解けるのが視える。もともと絡まって修復不可能な縁を持ってきてしまったんだねえ。それをここまで持ち直したのは相当頑張ったよ」

「そりゃ300年以上かかってますから」

「貴女はねえ、諦めて死んでも良かったんだよ。でもそうしないでここまできた。一線を超えてしまえばあとは解決するまで回るカルマの中だね。途中離脱は許されないからもうちょっと頑張りなさい」

「え、まって、それってつまり全然終わらせることができたってことですか?」

「最初の三回のうちは?」

「はやく……! はやく言ってくれれば!! ノーマルに転生して別の人間として生活してたのに〜!!」

思わず頭を掻きむしってテーブルに勢いよく伏せた。

預言者は笑った。

「まあまあ、魂というものは永い。一度くらい長く足掻くことがあったっていいじゃないか」

「長い短いの基準がわかりません」

「すべての人間は基本的にはすべて忘れて次に向かうからね」

なんでそんなことをこの人は知っているんだろう。掘り下げたい気持ちはあれど、今は答えに縋る思いが強かったので些事だと投げ捨てた。

「あの、それよりももっと詳細に、その出会わなくてはならない人物と、どうやったら出会えるか教えてもらえますか?」

フローラは入室した時よりもずっと顔色の良くなった明るい表情で問うた。

「そうだね、うーん。貴女に因果がある人物二人との関係性を、ちょうどいい感じの愛憎にとどめなさい」

「は……?」

「このバランスが崩れると、どちらかに殺されてしまう。大きく逸れれば第三者に屠られる。関係性の中に嘘があってもいけない。ほどよく、相手を思い、ほどよく、嫌われて距離を置きなさい」

「ほど、よく」


その人生は、預言者の言葉を考察することで17歳までの時を過ごした。


そうして至った結論は、言われた通り、程よく相手を思いつつも嫌われて距離を取ること。条件としてハロルドとミスリーは、ハロルドと自分に婚約関係がある中で恋に落ちてもらうこと。

ほどよく、の度合いを計りながらのループが始まった。


フローラはとにかく悪役を演じることにした。

ミスリーの立場に立ったときに、彼女にとって絶対的に嫌な人間として記憶に残る人物であること。

一回は本格的に意地悪をしてみたが、ダメで、それじゃあもう少しはっきりといじめてみたら、やっぱりだめで、そこで「嘘があってはいけない」という言葉を思い出した。

いじめて婚約破棄に行き着いたときに、私はやっていない、と主張しても、それは明確な嘘なのでその人生は死へと向かった。


ならば今回は最後に全面的に認めて罪を受け入れよう。と考えたが、そうしたら普通に糾弾されて失敗に終わった。

なのでいじめをやらずに二人と関係性を築いて行ったら、いつかの初期の人生のようにミスリーに愛憎を向けられて殺されてしまった。


つまりどうすればいいのか。

フローラが至った結論は、「自分は実際には行っていないがミスリーに悪意を向けていると確信させて婚約破棄のシーンにまでもっていくこと」であった。

ここで、実際の犯罪を企てては嘘につながるのでダメなのである。

あくまで、フローラは潔白でなければならない。しかし悪意を持っているとハロルドとミスリーに感じさせなければいけない。


これを実行するために、実に30回以上の人生を費やした。




そして今に至るのである。




「私が危害を加えたという証拠はあるのでしょうか?」

「この場の視線と、なによりもミスリーの証言がなによりの証拠だろう」

「いいえ、私はやっておりません。噂程度など、感情一つで悪意に振り切ることが容易なのです。それを証拠とされたら、冤罪が無限に出てきてしまいますわ」


ああ言えばこう言う、そんな応酬にハロルドは苛立ちを隠せずにいた。


「いいだろう。フローラ、貴女の悪事を見定めるため査問にかける。いいな?」


ハロルドの言葉に、つっかえていた何かがつるっと抜け落ちたような感覚を覚え、思わずフローラは爽快さに口角を上げた。


「? 何を笑っている!」

「あ、いえ、いいえ……ふふ、そんなことをしても何も出ませんよ」

「そんな強がりも今のうちだ。ともあれ、ここまでの醜聞を晒した以上、貴女との婚約はどう足掻いても終わりだ。これまでご苦労だったな」

「………」


嫌味たらしい言葉が、やけに染み渡り、思わず泣きそうになる。

そんな胸中を知らずに、周りの人は悔しがっていると勘違いしていい気味だと笑い、それはミスリーのふとした表情からも感じられた。

けれどもはや、フローラにはどうでもいいことだった。




「査問委員会のエヴァンです。規則にのっとって徹底的に調べますが、ご容赦くださいませ」


ああきっとこの人なんだろうな、とフローラは確信した。


エヴァンはフローラよりも4つ年上だが、若くして優秀な査問官としての資格を有しており、一部の界隈では有名人だった。

茶色の跳ねた髪を上手に遊ばせて、背が高くスタイルがいいので後ろ姿や雰囲気だけでも随分と格好良く見える。顔自体、美醜で言ったら美の方なのだろうが、とにかく彼のふとした表情がフローラの胸をときめかせるものだったので、顔面のレベルについてはフローラの主観では言及できなかった。最高だったので。

運命の人だからこんなに惹かれるのだろうか、と、我ながら浮かれた思考で、査問そっちのけでエヴァンを見つめる日々が始まった。


なぜここまで確信的なのかと言われると、すでにフローラが死ぬ予定日を半年も過ぎたからである。

となれば、出会うべき人に出会った、ということなのだろう。

その相手がエヴァンであればいいとフローラは思った。


見つめるうちに、エヴァンの公平な視点や誠実さに惚れ惚れした。フローラは第一王子相手に粗相を犯した悪人というのが現在の評判である。にもかかわらず、エヴァンは表面的にその差別を見せることもなく、どころか丁寧にフローラを扱ってくれるし尊重してくれる。

空気感と言えばいいのだろうか。もともとそれに惹かれていたのに、立場上孤独になっているフローラにとってエヴァンの存在は温かかった。是非とも、これを恋心と呼ばせてほしい。そしてこんな感情になるのだから、彼こそが運命の人であってほしいとも。



そしてラッキーなことに、フローラとエヴァンは調査を執り行ううちに、自然と仲良くなってしまった。

査問をかける側とかけられる側という立ち位置としては非常によくない関係性なのだが、取り調べてすぐにフローラは無罪であるということは結論づいていたので、彼らにとっては残りの査問期間は無意味だったから、仲を深める方向に舵きりしても咎める人はいなかったのだ。


無罪確定に至ったとき、フローラは提案した。


「本当に早々に切り上げてしまってよろしいのでしょうか? 一応期限ギリギリまで調べたほうが、無罪を表明しても角が立ちにくいのではありませんか?」

と。


当然、下心満載の提案だったわけだが、エヴァンの他の査問委員会は、第一王子からの依頼を遺恨なく終わらせるためにフローラの提案に即承諾した。


フローラの提案は建前だったので、すぐにフローラはエヴァンと仲良くなるためにあれやこれやと画策した。

そしてそれは見事にうまく行った。エヴァンもフローラが無罪と知ると、彼女の純粋な好意に惹かれていったのである。


フローラが頑張ったから成し得たのか、それとも運命だったからうまくいったのか。正解はわからないが、これが運命だったらいいのにとフローラは思った。

運命ならば、自分を何百年も翻弄してきた因果を断ち切るくらいの大きな絆と言えるのだから、それはなんて素敵なんだろうという価値観を抱いていたからだ。


査問期間が終わり、第一王子へ結果を提示することとなった前日、フローラはついにエヴァンに思いを告げた。


「どうしても、あなたと一生を添い遂げたい。そう思えるくらい、あなたを愛しています」


恋心は、生まれたての赤ん坊が感情を知った時と同じくらいに新鮮な気持ちだった。フローラはとにかく緊張した。言葉にしてそれが実現しなかったらと思うと怖くてたまらなかったが、運命であると信じてついに思いを告げた。


「……フローラ、それは、俺の台詞だよ」

「え……」

いっぱいいっぱいで俯いていた顔をあげると、その瞬間にエヴァンはフローラを抱きしめた。


「愛してる」


そう言われてたまらなくなって、フローラは一筋の涙をこぼした。

全てが報われた瞬間。そう実感した。


想いが通じ合った二人は、離れがたくなって結局夜通し会話をした。

フローラにとっては会えなかった数百年分の想いがある気がして、会話が尽きる予感はなかった。


そんな中でふと、エヴァンが提案をした。

「ところでコレなんだけど」

思い出したように鞄から、明日の提出用書類を持ち出す。

「明日じゃなくて別の日に公表するのはどうかな」

「別の日?」

「そう。これが公的なものとして世に出るのに、うってつけな日があるんだけど」

「………エヴァン、意地悪なことを考えているでしょう」

どこか誇らしげで、かつ余裕があって、けれど純粋無垢ではない、そんな微笑は、悔しいことにフローラの好みの表情の一つだった。

「うん。考えてる」

フローラもエヴァンの考えは予想できているが、正直気乗りがしなかった。

なぜならエヴァンと結ばれたことですべての感情がエヴァンに向かってしまっているから、自身の潔白などどうでもよくなっているのである。


そんなフローラの胸中を見透かしてか、エヴァンは続けた。


「喧嘩の相手が第一王子ってなると、フローラの醜聞ってはっきりいうと面倒臭いだろう?」

「…………たしかに?」

「それに何より、フローラを今も馬鹿にしている人がいるわけだ。第一王子と現婚約者含めてたくさんの人がね」

「それはそうね」

「………むかつかない?」


単純な思考回路であった。

フローラは呆気に取られたが、じわじわと、エヴァンの言う感情に支配されていくのを感じた。


「む、かつく……むかつくかも!」


エヴァンと出会うために、何度も何度も仲良くなったり憎み合ったり愛し合ったりを繰り返したハロルドとミスリーを思えば、苛立ちの感情に拍車がかかった。思わずフローラは笑顔になった。


「じゃあいっそ、二人の結婚式を最悪なものにしちゃおうか」


そんなフローラに、エヴァンも笑顔で返した。




と、いうことで、首都は第一王子と伯爵令嬢の恋愛結婚に浮かれるその日、フローラは誰よりも美しく真っ黒なドレスで自身を着飾って、誰よりもかっこいい(とフローラには見える)漆黒のタキシードを着たエヴァンを連れ立って大聖堂へと赴いた。

周囲は当然、堂々と現れたフローラにどよめいた。

醜聞騒ぎを起こしたフローラについて、実家である公爵家の人間も良い顔をしないので、参列していたフローラの両親は、ますます気まずそうに肩身を狭めていた。

その姿が面白くて、つい微笑みを浮かべてしまう。それが余計に周りの人間にとってフローラを不気味に見せた。

本人はこんなにも自由で清々しい気持ちでいるのに。


式が始まる直前といったところだった。

ハロルドはフローラが登場したことに当然怒りを持って現れる。白いタキシードに身を包んで主役然とした姿に、フローラはついつい興味がそそられてじっと見つめてしまう。

フローラのそんな視線を煩わしく思いながらも、どこか誇らしくもあり、ハロルドは鼻で笑った。

「今更謝りに来たと言うのか?」

「いいえ」

フローラの即答に拍子抜けする。

しかし隣にいるエヴァンを見て、「ああ」とハロルドは納得した様子を見せた。


「そうか、査問の結果が出たのか」

悪事を行ったと確信しているハロルドは、余裕の笑みでエヴァンに近づいた。

「さあ、証拠を渡してもらおうか」

すぐにでも確認して糾弾しようという思いで差し出した手に、書類は渡らず、ハロルドは怪訝な表情をした。

「おい、聞いているのか?」

「殿下、これは然るべき場所で公表させていただいてもよろしいですか?」

「…? ああ、なるほど。次期王妃についての事柄になるからな。確かに国民に聞かせたほうがいいか」


こんな内輪ではなく、もっとたくさんの人を巻き込んだほうがいい。

それはハロルドも、そしてフローラとエヴァンも、同じ気持ちだった。


式の期待感でざわめく大聖堂内部には国の重鎮が揃い、そして大聖堂を取り囲むようにして首都にいる国民がひしめきあっていた。

魔法によって拡張された音と、投影によって、発表の様子はそこにいるすべての人たちに行き渡るようになっている。

映像が映し出されたことと聖堂内の音声が聞こえてきた国民は、式が始まるのか?そのためのテストか?とワクワクした。


エヴァンが登壇する。フローラは舞台の袖で凛と立つ。

反対側にハロルドが控えて、エヴァンの発表を心待ちにしていた。


「式に先立ちまして、発表があります」


そう言えば、人々の関心はエヴァンの言葉に向いた。


「第一王子ハロルド殿下の婚姻をめぐる事件につきまして、皆様はある程度ご存じかと思いますので割愛します。我々査問委員会は、厳正な調査のもと、公爵令嬢であるフローラ嬢の身辺や過去の動向を調査しておりました」


ずいぶん時間がかかったな、つまりはそういうことか、やっと発表されるのか、気になっていたんだ。

口々に会話が聞こえ、ざわめきが増す。


「ここに結論を発表いたします」


査問委員会の信頼度は国家随一のものであり、人々はどんな罪状が出るのかと心待ちにして息を呑んだ。


「フローラ嬢に着せられた容疑は全て、事実無根であり、彼女は潔白をもって無罪となります」


「なっ………!?」


舞台袖のハロルドは絶句した。

人々のどよめきも一層大きくなる。

どよめきが収まるのも待たずに、エヴァンは詳細を述べ始めた。


「学園内で起きたとされていた犯罪は物的証拠もなく、どころか一部目撃例によれば自作自演の可能性があると出ています。詳細は明日以降に出る新聞にでも載せるので確認してくださいね。それからミスリー様にけしかけたという犯罪集団、こちらはそもそも収監時期とずれており、ミスリー様とハロルド様他噂を広めた方々からの証言と照らし合わせると大きな矛盾が生じてます。犯罪集団とフローラ嬢の関係性もありません。拷問にかけたので間違い無いです」


どよめきが大きいので、エヴァンはところどころ適当な物言いになりつつ述べていた。


「婚前交渉を発端とするハロルド殿下への侮辱行為も事実を検証するものはなく、どころか、新たに発覚した事実としましてはフローラ嬢が被害者であるという証拠が出ました」

つまり、ハロルドとミスリーが、婚約破棄を行う前にそういった行為を行なっていたということである。

まさかのゴシップに悲鳴に似た声があがった。


「ちょ、ちょっと、ねえどういうことよ」

ハロルドの控える舞台袖に、純白のウェディングドレスで着飾ったミスリーが慌ただしく現れる。

反対の舞台袖から二人を観察しているフローラは、胸のすく思いでいた。

二人とエヴァン越しに目が合う。怯えているような、恥ずかしがっているような、さまざまな感情に支配された、初めて向けられる視線にフローラは嬉しさすら感じる。


コツコツとヒールを響かせ、エヴァンのいる舞台の中心へと足を進めると、ざわめきは弱まり、人々の視線はフローラに向かった。

エヴァンの読み上げも一時中断し、フローラに拡声機となる魔道具を渡す。


「えーっと、この事件をきっかけに私を貶し、嘲笑って静観していた皆様」


人はこんなにもいるというのに、潮が引いたように静まり返っている。


「一人の人間を笑いものにし、そうさせた元凶の結婚を祝うために来た物好きな皆様は、どうか素敵な式をお楽しみくださいね」


とびきりの笑顔を浮かべて、フローラは言った。

そしてエヴァンの手を取って、軽やかに舞台から去っていった。


あとはどうなっても知らない。式は中止になるのだろうか、それとも査問委員会の内容を出鱈目だと言って強行するのか、自作自演と言われたミスリーに不信感を抱いたまま結婚生活を営むのか。

フローラにとってはもうどうでも良いこと。




「あとは文書の詳細を文字で発表するのよね?」

「そう。これに関しては、殿下が決めた発表方法だからね」

「インパクトを残せたから面白かったわ! 殿下と次期王妃様には、こんな機会をくれて感謝しなくちゃいけないわね」


どうでもいいことだけど、どこか達成感を覚えていた。

海を渡る船上の風がとても心地よい。

これからフローラとエヴァンは、エヴァンの生まれ故郷だという大陸に渡って生活する。


「あなたがこの世界にいるんだと知っていたら、全てを投げ出してあなたを探すために時間を費やしたのに」

「あはは、嬉しいこと言ってくれるね」

「本心よ」


もうすぐ、フローラは18歳になる。

少し伸びたフローラの桃色の髪の毛を撫で、エヴァンは微笑んだ。


「でも、この出来事が無かったら、そもそも出会うこともできなかったのかもしれないよ」


エヴァンはフローラの肩を抱きしめて、自分の方に寄せた。船体が少しだけ揺れて、もっと引っ付く形になる。

エヴァンの鼓動を近くに感じ、フローラは少し黙って考えていた。


「……うん」


エヴァンの言う通りだ、と思った。


「そのために私、頑張ったもの。あなたの言う通りだわ」


今となってみれば、数百年なんてどこにいったのやら。エヴァンの隣で感じる空気は全てが新鮮な心地がして、フローラは幸福で笑顔になるのだった。

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異世界恋愛短編集 巻鏡ほほろ @makiganehohoro

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