怖い話(短編集)

@hi-yon

【あなたは偶然を信じますか?】

 やあやあ、こんにちは、或いはこんばんは。

 今日は私の思い出を読みに来てくれてありがとう。

 早速だけど、思い出を読む前に一言だけ書いておくよ。


「人は幸運が続けば自分に運があると思い、不運が続けば自分は不運だと思う」


 この言葉の意味を考えながら、ゆっくり読んでいってくださいな。





 夏が終わり秋の季節になろうとしていた頃、私は地元にある商店街で長く続いている飲食店で働いていました。

 そこは数人のスタッフと私と社長で営業する小さな店です。

 常連客も多く「大地主の○○さんが亡くなって遺産相続で揉めている」とか「あのスーパーの店員は愛想がない」などの噂話がすぐに聞けるような場所でした。


 スタッフの中に「徳永あかね」というフリーターの女性がいて、整った顔立ち、愛嬌のある明るい性格、背が低くスタイルの良い彼女はお客さんに人気がありました。

 当時、私とお付き合いしていた「りさ」とも仲が良く、3人で食事をしたこともありました。

 りさの家は私の職場から歩いて10分ほどの場所です。

 家と職場の途中にある電車の高架下を抜けてすぐ右手に一軒家があります。その家の道路に面した窓にいる黒猫――いつも向かいにあるアパートをぼんやりと眺めているだけの――を見るのが私のささやかな楽しみでした。


 ある日、朝の準備中に徳永さんと社長がいつもと違う雰囲気で話しているのでどうしたのか尋ねました。

 徳永さんは持ち前の人当たりの良さで社長から店の電話対応を任されていて、しばらく前から国際電話で店の固定電話にいたずらを行う人がいたらしく、その番号を着信拒否にしたら次は非通知で無言電話をしてくるから非通知も着信拒否にしたいという内容でした。

 公衆電話から店に電話をかけると非通知になり、社長は携帯電話を持ってない人がいたら可哀想だと言うのです。

 私は意見を求められたので「今は固定電話とスマホが普及して公衆電話が少ないから、非通知は拒否してもいいのではないか」と言いました。

 社長もしぶしぶといった感じで納得してくれたものの、少し不満げな雰囲気が漂っていました。

 その日の午後、一人の男性客が徳永さんの身体に触れようとする痴漢未遂事件が起こりました。

 男性は触ろうとする意図はなく、誰かの手が徳永さんに触れようとしたのを防ごうとしたと言うのです。

 徳永さんは「よくありますから」と言い、あまり気にしていない様子でした。

 その日はりさと会う約束をしていましたが、私は心配だったので「徳永さんを途中まで送ってからそちらに行く」とりさに事情を説明して徳永さんと一緒に帰ることになりました。

 徳永さんの家は職場からりさの家に行く途中にある電車の高架下を通り抜ける所まで同じ道でした。

 彼女が「ここまでで大丈夫です」というので私はそのままりさの家に行くことにしました。

 別れ際、彼女が少し安心したような表情をしているように見えて、友人の彼氏とはいえ男に家の場所を知られるのが嫌だったのかなとその時の私は思いました。


 数日後、店が忙しかったため私は社長と残業していました。

 時間は午前1時過ぎ。

 2人とも作業に集中していたため時間が過ぎるのを忘れていました。

 社長がもうそろそろ帰ろうと言い、私も帰る準備をしました。

 片付けていると「ピッピッ!」という聞きなれた音が聞こえて、驚いた社長と私は慌てて音がした方に振り向きました。


「4分59秒」


 5分を計るタイマーが1秒だけ勝手に動いて止まっている事実に私は困惑しながら、社長の方を見て顔を見合わせました。

 社長がおもむろに歩いていき、タイマーを5分にセットしなおしました。

 なぜそんな事が起こったのかわからないまま私は帰る準備を再開しました。

 私よりも先に社長の帰る準備が終わり、先に裏口から帰りました。

 私か残った作業を素早く片付けている時、不意に電話が鳴りました。

 聞きなれた着信音はすぐに留守番電話サービスに切り替わり「ただいま留守にしております。ピーという発信音の後にご用件をどうぞ」というセリフがスピーカーから聞こえました。

 社長は要件を話してすぐに電話を切ってしまい、私は電話を取るのが間に合いませんでした。

 社長の要件を済ませた私は荷物を持って出ていこうとした時にまた電話が鳴りました。

 さっきと同じセリフが流れ、それに続いて社長の「何度もすまないけど、入口の自動ドアの電源も確認してくれ。じゃ、居たらよろしく」という声が聞こえてきました。

 私は今にも帰ろうとしていたところだったので、しぶしぶ自動ドアの電源を確認しようとしました。

 また電話がなりました。

 私は電話の近くまで来ていたので素早く受話器を取りました。

「社長、何回電話したら気が済むんですか! 要件は一度で終わらせてくれないと追加料金払ってもらいますよ!」

 私はいつもの調子で社長に冗談を言ったつもりでしたが返事がありません。

 どこか得体の知れない雰囲気を感じたものの、私は何か話さなければと思いました。

「社長? 冗談ですよ?」

 電話の相手から返事はなく、音も聞こえません。

 社長がスマホの誤操作で発信してしまったと思い、私は通話を切るために受話器を置きました。

 私が自動ドアを確認しようとそちらを向いた時、勝手に自動ドアが開きました。

 自動ドアが開いた先には誰も居ません。

 そこには暗闇が存在しているだけです。

 恐る恐る電源の確認に行こうとした瞬間、私は強烈な悪寒に襲われ鳥肌が立ちました。

 これはだめだ――恐怖を感じた私はすぐに自動ドアと反対にある裏口に向かって歩きました。

 なるべく平静を装いながら出口から出た私はすぐに鍵を閉めてリュックからスマホを取り出して時間を確認しました。


 午前2時1分。


 怖くなった私は歩きながらりさに連絡をとり、何が起こったのか話して泊めてもらうことになりました。

 足早に高架下まで歩いて行き、そこで足を止めました。

 そこがいつもより暗く感じ、誰かに見られているような気がしました。

 左手にあるアパートのエントランスの電球が点滅していて、いつもより薄暗かったのです。

 このタイミンでこんなことがあるのかと不審に思いながら通り過ぎようとすると、私が映っているエントランスのドアのガラス越しに水色のノースリーブのワンピースを着た女性がこちらを見ています。

 夜は肌寒いのに季節外れの服装に気を取られていた私は後ろから猫の鳴き声のような、あるいは何かを叩くような音で我に返りました。

 振り向くと一軒家の窓際にいる黒猫が私を見ていました。

 黒猫が何度も何度もガラスを引っ掻きながら叩く普段とは違う状況が怖くなって、私は走って彼女の家に向かいました。

 りさの家の玄関前に着いてインターホンを押すと、部屋の中から彼女が出てきて手に持っていた大量の塩を私に叩きつけました。

 私は戸惑いと塩の量が多いことにツッコミを入れたい思いにかられて、少しだけ気持ちが楽になったように感じました。


 次の日、私は昨日の出来事を社長と徳永さんに話しました。

 徳永さんは少し緊張した面持ちで、社長は気にしていない様子でした。

「入口の自動ドアの電源は切れていなかった。何かの誤作動で開いたんじゃないか?」

 社長は怪訝な顔で私を見ました。

「社長から店の電話に3回着信があったのでそれも確認しましょう」

 私は徳永さんに頼んで留守番電話の履歴を見てもらいました。

 徳永さんは不安そうな表情でしたが履歴を見た途端「えっ……」と声を上げました。

「社長からの着信は2件しかありませんが……」

 私と社長は困惑する徳永さんの横から固定電話を覗き込みました。

 そこには社長の着信が2件、その後に電話番号がない着信が1件ありました。

 国際電話と非通知は着信拒否にしてるので電話番号が表情されないことなんてありえません。

 私達3人は言葉が出ませんでした。

 結局、私は誰からの電話を取ってしまったのか分からずじまいでした。


 立て続けに奇妙な事が起こり不安になった私とりさと徳永さんは、神社でご祈祷をしてもらいました。

 その帰り道、徳永さんが過去に何度も痴漢の被害にあっていたことやプライベートで無言電話などの奇妙な事があったことを聞きました。

 あのアパートについては社長が常連客の不動産関係者に聞いたところ、遺産相続でしばらく前から取り壊しが決まっていたため誰も住んでいないこと、防犯対策で夜間は通路の明かりをつけていて電球は交換したばかりということ、そしてあの高架下には元々は踏切があって、そこで電車に飛び込む人が多かったことを知りました。


 神社に行ってからは特に奇妙なこともなく平穏な日々が戻ってきました。

 あの夜の猫の行動だけが気になっていましたが、「猫には私達に見えない存在が見えているのかもしれない」とりさが言っていて、私はそんな事あるのだろうかと不思議に思っていました。


 数日後の夕方、私とりさは買い物に行くためにあのアパートの前を通りました。

 私はエントランスのドアに映る私とりさの姿を見て何か引っかかるものがありました。

 りさは私の顔を見て不思議そうな表情をしていましたが、早く行こうと言わんばかりに腕を引っ張られて通り過ぎました。

 いつもの癖で反対側を見ると、一軒家の窓際にいる黒猫は私の方をじっと見ていました。


 私は買い物を終えて彼女の家に向かって歩いていました。

 りさは時間指定の荷物が届く時間になりそうだったので先に帰っていました。

 またアパートの前を通り過ぎた時、私は気がつきました。

 行きに感じた違和感がなんだったのか。


 エントランスのドアに私とりさが並んで映っていた姿が、私がワンピースの女性を見た時と同じように映っていたのです。

 あの夜、その女性はドア越しに見えていたのではなく、私の隣りにいた。

 その事を一軒家の黒猫は私に教えてくれていたのではないか。

 

 私が急いでりさに連絡しようとカバンからスマホを取り出した時、りさから「チャイム鳴らした? 誰もいないんだけど」とLINEで連絡が来ました。

 漠然とした不安と共に私のこめかみを一筋の汗が流れるのを感じます。

 その時に私の頭をよぎったのは今までの出来事です。


 徳永さんに奇妙なことが起こっていたことも、タイマーや自動ドアが勝手に動いたことも、電話番号のない着信があったことも、誰もいないはずの場所にワンピースの女性を見たことも……。


 私はなんとも言えない不安を感じていました。

 でも、何度もそんな事が起こるのか。

 全ては奇妙な事が偶然重なったことによる過度の不安なのではないか。

 私はそう思うことにして彼女の待つ家に向かって歩き出しました。


 最後に横目で見た一軒家の黒猫は彼女の家の方向を見ているような気がしました。





 ここまでが私が体験したお話。

 長々と書きましたが、ここまで読んでもらえて嬉しいです。

 毎年、夏になると「怖い体験をされたことはありますか?」と聞かれるのでこのお話をします。

 鉄板ネタというやつです。

 でも、この話を聞いた人達は数日以内に普段から愛用している物や身近にあった物が勝手に壊れたと私に言いに来るのです。

 不思議なことが起こるものですね。

 だから私はその人達にこう言うのです。


「それはあなたの身代わりになったのかもしれませんね。ところで、あなたは偶然を信じますか?」

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