後編 誰だって輝くことができる

 場にうっすらと気まずい空気が流れる。俺はどうにか状況を打開したくて、でも発明家ちゃんのことを眺めることしか思い浮かばなかった。


 発明家ちゃんは俺が渡した紙飛行機をまじまじと観察すると、何やらぼそぼそと呟いている。「もうちょっと先端を鋭くしようかな」「浅く折りすぎたかな」「角度を急にするべきか」

などなど。当人にしかわからない独り言が聞こえてくる。


 発明家ちゃんはこちらには目もくれなかった。


「……発明家ちゃんは、何やってるの」


 己を鼓舞し、一言話しかける。発明家ちゃんはようやく視線をこちらに向けた。


「ん? 発明だよ」


 さも当然であるかのような口調で言うと、発明家ちゃんは不思議そうに小首をかしげた。発明家ちゃんの名に違わぬ存在だな、と改めて思い知る。

 ひとまず話題を見つけることができた俺は、さらに質問を投げかけた。


「ちなみに、何を作っているの」

「あぁ……それは、明日のひ・み・つ」

「えぇ……」


 さっそく会話が途絶えてしまった。

 俺はいよいよどうしたものかと頭を抱えた。このまま去るという選択肢もあるにはあったが、そうは問屋がおろさない。ここで会った縁を無下にはできなかった。


 俺は発明に没頭している発明家ちゃんから視線をそらし、周りに目を向けた。先程から発明家ちゃんばかりで気に留めていなかったが、そこにはたくさんの紙飛行機が落ちていた。

 紙飛行機は白色の紙で折られており、大きさも汚れも、先程のものとほとんど同じ。どうやらこれらは発明家ちゃんが作ったものであろう、と想像するのは容易かった。。


 俺は思わず、発明家ちゃんの顔を見た。無邪気に”発明”を続けている彼女の、相応の苦労もあっただろうにそれを微塵を感じさせない彼女の、原動力は何なのだろうか?


 話題に困っていたことが大きいのだろう。ふと俺は心に浮かんだ疑問を、発明家ちゃん本人に問うてみようと思い至った。


「ねえ、どうして発明家ちゃんは、そんなに面白いものを生み出せるの?」


 俺の質問を受け、発明家ちゃんは一瞬ピタッとその動きを止める。だが、またすぐに手元の作業を開始した。

 そうして、なんでもないことのように、質問に答えた。


「楽しいと思ってるから。ただそれだけだよ」


 今度は俺が動きを止める番だった。ゆっくりと、発明家ちゃんの言ったことを咀嚼そしゃくする。

 楽しいから。普通に考えればそんな訳無いと一周しそうだが、言われてみればその通りなのかもしれないと、俺は妙に納得してしまっていた。だってそれほどまでに、発明をしている発明家ちゃんが楽しそうだったから。


 俺は返す言葉もなく、ただ発明家ちゃんを眺めていた。キラキラとした笑顔を浮かべている彼女は、文字通り子どものようで見ていて飽きなかった。


「よしっ、できた!」


 やがて発明家ちゃんは声を上げると、その手に持っていたものを高く掲げた。それはひし形の板のような形をしていて、何かはわからなかったけれど、ただ面白そうと思わせてくれるを兼ね備えていた。


 俺がまじまじと発明家ちゃんと彼女の発明を見ていると、急に発明家ちゃんはこちらに向き直り、コホンひとつ咳払いをした。どうやらずっと見ていたので、一言求められていると思ったようだった。

 夕日が発明家ちゃんを照らし、まるでスポットライトが当たっているかのような状態になる。


 このとき、俺の心に、さっきみたノスタルジックな景色よりもより強く、発明家ちゃんの言葉が刻まれたのだった。


「だからさ、藤田くんも、発明、してみたらいいんじゃないかな。楽しんだもんがちなんだから、ちょっとした暇つぶしにでもさ!」


 ニヒヒ、と笑う発明家ちゃんにつられて、笑みがこぼれる。

 沈みゆく夕日は信じられないほど明るくて、ずっと俺達を照らし続けていた――。



クラスメイトたちはまだ発明家ちゃんの話題で持ち切りで、まだまだ冷めそうになかった。その様子を横目に見ながら、俺は鞄の中を覗く。


 鞄の中には俺の”発明品”がひっそりと鳴りを潜めていた。


 俺はそうっと”発明品”を取り出すと、手に持ったまま席を立つ。クラスメイトたちをかき分けるようにして、発明家ちゃんのもとへと一直線に向かった。


 やがて俺の存在に気がついたクラスメイトたちから、好奇の声が上がる。


「なんだ? どうした藤田」

「あの手に持ってるの、何……?」

「え、もしかして……」


 すぐに発明家ちゃんも俺に気がつき、目を向けてきた。発明家ちゃんは俺が手にしている”発明品”を見届けると、ふっと頬をほころばせる。


 がやがやと一層ざわつくクラスメイトたちを意にも介さず、発明家ちゃんは俺に問いかけてきた。


「どうだった? 藤田くん。楽しかった?」

「ああ、最高に楽しかったよ」


 俺は手に乗る重みが嘘でないことを確認しながら、楽しみを噛み締めていた。自分がスポットライトを浴びているような錯覚に陥る。

 ああ、これが”発明”なんだな。


 俺は高まった気分もそのままに、意気揚々と、「これは――」と”発明品”の説明を始めた。


 皆して俺の話に耳を傾け、笑い、驚き、そして楽しそうにしている。


 今、発明家おれは輝いていた、キラキラと。発明家ちゃんと、同じように。

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発明家は輝いている、キラキラと 夜野十字@NIT所属 @hoshikuzu_writer

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