発明家は輝いている、キラキラと

夜野十字

前編 発明家ちゃんは輝いている

「おはよう!」


 一人の少女が、元気な挨拶とともに教室へと足を踏み入れた。

 鎖骨まで伸びた茶色がかったストレートヘアーに、離れていてもわかるほどのはじけるような笑顔。トレードマークの黄色い髪飾りが耳元で小さく揺れていた。

 普段あまり周囲に関心を示さない俺でも、それが誰であるのかはひと目でわかった。


 少女に気がついたクラスメイトたちが、にわかに騒がしくなった。


「あ! おはよー発明家ちゃん」

「発明家ちゃん! 今日は何を作ったの?」

「ちょっと待っててね、今出すから」

「うわぁぁ、何だろ。楽しみ!」


「発明家ちゃん」と呼ばれた少女は、 集まってきたクラスメイトたちの間を縫うようにして自席に向かうと、荷物を机の上に置いた。そうしてごそごそと鞄の中を漁ると、一つのひし形の板のようなものを取り出した。


「……これは、何?」

「フッフッフッ、これはね……『紙飛行機を上手く折る補助機』だよっ!」

「お、おぉ……」


 少女は自信気な表情を浮かべて、例の発明品を掲げる。対してクラスメイトたちは不思議そうな表情を浮かべて、何やらもの言いたげな雰囲気を醸し出していた。


 やがて一人の少女が、場の雰囲気を断ち切り、発明家ちゃんに話しかけた。


「えと、それで発明家ちゃん、その道具はどうやって使うの?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 発明家ちゃんは質問を受け、キラキラと笑顔を浮かべた。そのまま流れるように鞄から折り紙を取り出し、半分に折り目をつける。


「この道具は、こうして折り紙の中心に当てながら折り紙を折ると、紙飛行機に最適な角度で紙を折ることができるのです」

「おぉ〜!」


 今度こそ、クラスメイトの間から感心の声が漏れる。


「すごいなぁ、発明家ちゃんは。こんなの誰も思いつかないよ」

「いやいや、そんなことないよ。世の中にはもっとすごい発送をする人もいるし、もしかしたらこの道具も、既に誰かが作ってるかもしれないよ」

「それでも俺たちにとっては立派な『発明品』だよ! 胸張りなよ!」

「そう言ってもらえると嬉しいなぁ、ありがと」


 クラスメイトたちは口々に発明家ちゃんを称賛しながら、『紙飛行機を上手く折る補助機』で遊んでいた。嬉しそうに発明家ちゃんが体を揺らすたびに、黄色い髪飾りがひらひらと揺れているのが見えた。

 集団の中心には発明家ちゃんがいて、周りでクラスメイトたちが楽しんでいる構図。

 輪の中で輝いている発明家ちゃんと、俺とでは天と地ほどの差があった。


 ……でも、んだよな。


 昨日聞いた、発明家ちゃんの言葉が思い出される。わいわいと楽しそうにはしゃぐクラスメイトたちを遠巻きに眺めながら、俺は発明家ちゃんとの間に起こった出来事を思い返していた。


 ◇


 放課後。部活もなく暇を持て余していたとき、気の向くままに屋上に向かった。どうせ誰もいないだろうから、屋上から夕焼けでも望んでみようか。なんてノスタルジックな気持ちになったのだった。


 屋上に続く階段を、カンカンと踏み鳴らしながら登る。無骨な鉄階段は夕日に照らされ、まるで錆びついたかのような色味をしていた。


 まさに哀愁漂う雰囲気、というものだった。


 俺は感傷に浸りながら、屋上へと足を踏み入れた。屋上は思っていた通り人影はなくて、夕焼けを建物に遮られることなく眺めることができた。


 屋上の程よいところに座り込み、夕日を一身に浴びる。なんだかドラマチックな状況に、自然と口角が緩む。


「……いいなぁ」


 思わずポツリと本音がこぼれ出る。

 と、そのとき。俺の足元に、何やら白い物体がふわりと舞い降りてきた。

 なんだろう、と思い視線を下にやると、そこには、真っ白な折り紙で作られた紙飛行機があった。


 どうして紙飛行機が飛んできたんだ? と疑問に思ったのとほぼ同時に、背後から「あ! ごめん」と声をかけられる。


 振り返ると、屋上に設置された倉庫の上に、一人の少女が座っているのが見えた。少女は人懐っこい笑みを浮かべ、こちらに向かって大きく手を振っている。少女の髪には、見覚えのある黄色い髪飾りがついていた。


 もしかして、と思い俺は声を張り上げた。


「……発明家ちゃん?」

「あ、わかった? そうだよ」


 少女――発明家ちゃんは、倉庫の上から降りてくると、微笑みながらこちらに駆け寄ってきた。

 俺は足元にある紙飛行機を拾い上げると、発明家ちゃんに手渡した。


「藤田くんだよね、ありがとう」

「俺のこと知ってたんだね」

「もちろんだよ。クラスメイトなんだから」


 発明家ちゃんは平然とそう言ってのけると、眩しいくらいの笑顔を向けてきた。天然でここまで明るい人を、俺は発明家ちゃん以外に知らなかった。


 対して俺は「ありがと」と返すことしかできなくて、愛想などどこにもなかった。


 俺はつくづく、発明家ちゃんとの違いを実感した。

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