後編

 敵は、先程の一体ではなかったのだ。

 ゴールドフリッツから距離を取ったセンチューは、触手をうねうねと佐藤さんに向けながらも、気力をすぐに吸い取ろうとしていない。

 明らかに、こちらに向けての威嚇行動。ゴールドフリッツの背筋が凍った。

《彼女を離せ!》

 センチューは人語を話さず、コミュニケーションを取れるほどの知能はないと思っていた。しかし、その認識を改めなければいけない。

 威嚇を兼ねてガンを手に取るも、引き金はどうしても引けなかった。

(佐藤さんに当たってしまう……!)

 芋と油の加護が作り出す超パワーは正しく強力。だが、その力は暴力的な数値のカロリーにも等しい。うっかり力を行使した瞬間、佐藤さんの身に危険が及ぶ。

(どうする、どうするゴールドフリッツ!)

 ガンを握る黄金の鎧の中で、じっとりと汗が滲む。

 そのとき。

「ディップ砲ーーーッ!!」

 突然の女の怒声、続いて耳をつんざく「ドボシュウゥゥ〜〜〜!」という発射音が、ゴールドフリッツの思考を止めた。

 ベチャ! と派手な粘着質な音がしたと思った瞬間、センチューと佐藤さんが真っ赤に染まった。一瞬、自分が引き金を引いたのかと息が止まったが「なにこれ?! べたべたするっ! ケチャップ!?」という佐藤さんの叫びで我に返る。

「オーホホホッ! どうよ、特製ディップ砲の威力は!」

 甲高く、テンションの高い女の声。しかし、ゴールドフリッツ=カインには聞き馴染みのあるものであった。

《姉さん!?》

 ゴールドフリッツの背後から現れたのは、小柄な体に巨大なロケットランチャーを肩に載せて引きずる白衣姿の女性――覚目ひとみである。

《ちょっ、あの赤いの、なんなんですかあれ!》

「なにって、対センチュー用剥離剤だよ。あと戦闘中は姉さん呼び禁止。スーパーアルティメットハイパーパーフェクトひとみ博士とお呼びなさい!」

《だからってランチャーの銃口をこっちに向けないでください! あと呼び名長っ!》

 カインの姉であるひとみは、天才科学者。なにを隠そう、ゴールドフリッツスーツを開発したのは二十四歳の彼女である。

「っと、愚弟をいじるのはこれまでだ。おおーいそこの可憐なお嬢さん! そのケチャップはセンチューの動きを止める作用がある! 今のうちに逃げてくれ!」

 アレって、結局ケチャップなのかよ。そんな一人ツッコミをしている間に、ひとみの呼びかけにに気づいた佐藤さんが「よっしゃ!」と叫びセンチューを振り切って脱出するのが見えた。

(わあっ、なんて素敵なんだ!)

 こんなピンチなのに彼女はたくましくて、戦闘中だというのにときめいてしまう。

 対してセンチューは、まるで水分の奪われたなめくじのように体をふるふると震わせ弱体化している。やることは派手でめちゃくちゃだが、姉の技術は確かだ。

「今よ、ゴールドフリッツ、やっちゃいなさい!」

《はい、姉さん!》

「だから姉さんじゃないって! スーパーアルティメット以下略よ!」

 慌てるひとみをかばうように躍り出たゴールドフリッツは、シューストリング・ガンの銃身とグリップを変形させ、黄金のビームソードを手にする。

 細身の剣は黄金の輝きをまとい、温度を上昇させる。高温の油で、一気に芋の水分を蒸発させ、短時間でカリッと仕上げるシューストリングの名のごとく。

 

《ストリング・フルーレ!!》

 

 フェンシングの『突き』の姿勢にも似た、素早く重たい突進。

 超パワーによって繰り出される、無数の軌道ホーミングミサイルは黄金。それはあたかも、ポテトケース満杯まで詰められる揚げたてフライドポテトのように、心を踊らせ、満たす輝き。または、カロリーの暴力。


 どぉぉぉん!! という轟音と共に、センチューの体が爆発四散。

 広場には、揚げたてポテトのかぐわしい香りだけが漂っていた……。


:::


「――ってことがあったんですが、ゴールドフリッツさんが現れて倒してくれたんです!」

 センチューの襲撃からしばらく経って。

 仕切り直しとばかりに揚げたてポテトを頬張る佐藤さんは、珍しく店を離れずに、センチュー襲撃時のことをカインに語っていた。

「それはすごいですね。僕なんか、腰を抜かして動けなかったのに」

 あははは……とキッチンカーの中で、フライヤーの手入れをするカインは苦笑いする。すると、佐藤さんは「大丈夫ですよぉ」とカラカラ笑った。

「センチューを見ちゃったら、動けなくなるのはわかります。ほら、ジャガイモシストセンチュウみたいにウネウネしてますしね、苦手な人は苦手ですよ」

「そうでしょうね……」

 センチューの命名由来である農作物害虫(※検索は注意してほしい)を例に上げ、佐藤さんはカインをフォローしてくれた。

 そう、カインは己がゴールドフリッツであることを隠している。これが、カインの大きなもう一つの悩みである。

 実のところ「変身を見られたら呪いがかかって死ぬ」なんてことはないのだが、ようは私設自警団(覚目家はインカ帝国の古い血筋を持つ資産家であり、鎧の開発費用はそこから出ている)であるため、警察やら行政やら突っ込みを入れられたらなかなかに厄介である。

 故に、覚目カインとしては「センチューに対して非力な一般市民」であり続ける必要があった。

「でも、やっぱ情けないなって思って……佐藤さんはすごいです」

「ん、私はフライドポテトを食べる時間を邪魔されたくなかっただけで。でも、私は信じてましたもん」

「信じてた?」

 佐藤さんは、ポテトを一本つまんで眺める。こんがり黄金色に揚がったポテトを見て、うっとりと微笑む。

「ゴールドフリッツさんが、必ず助けてくれるって」

「――!」

 カインの顔に、熱が集まる。

(うわ、っ、佐藤さんが、僕を信じて……っ! で、でも――)

 信じてくれているのはあくまでゴールドフリッツであって、覚目カインではないのだが、中の人であるカインは穏やかでいられない。

「ど、どうしてそこまで、彼のことを信じられるんですか? たしかに、彼はセンチューを倒してくれて、頼りになる存在ですけど、正体は謎ですし……少し、得体のしれない部分があるかと」

 ゴールドフリッツは、賛否両論の存在。正体不明、未知の力を操るという面で言えば、センチューと変わらない存在だと危惧する意見もなくはない。それなのに彼女は――。

「だって、あのひとが現れたときは、お芋を揚げたいい香りがしますもん。あの香りを持ってる人に、悪い人はいません!!」

 ぐっと手を握り、気持ちが良いほどの断言。キラキラキラ〜、と音が聞こえそうなほど目を輝かせる姿に、反論できる人間はいないだろう。

「……本当に、佐藤さんはお芋が好きなんですね……!?」

 そう、彼女の世界は芋なのだ。だからこそ、真っすぐで素直で魅力的……だが、中の人であるカインに気づいてもらえるのは、まだまだ先。

 彼の恋心は、まだまだ品種改良が必要なようであった。

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黄金の戦士 ゴールドフリッツ 服部匠 @mata2gozyodanwo

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