黄金の戦士 ゴールドフリッツ
服部匠
前編
季節は春。東海地方にある地方都市・
その一角、自由にキッチンカーが出店できるスペースに『おいしいフライドポテト専門店・アゲアゲポテト』の登りが立っている。
「フライドポテト二つください」
ふらりと立ち寄った親子が車内に声を掛ける。すると、天然パーマの髪をバンダナでまとめた一人の青年がカウンターから顔を出した。
「かしこまりました!」
と、愛想のいい笑顔を親子に向けると、慣れた手付きでフライヤーに手をかける。
「揚げたてを提供しておりますので、少々お待ちいただいてもよいですか?」
ジュワっと揚げ物特有の音が響き、次いでふんわりと香りが漂う。できあがったフライドポテトを渡し、客が去ると、店員は一息をついた。
キッチンカーの店主である青年――
「ん〜っ、やっぱりフライドポテトは揚げたてが一番!」
柔らかすぎず、焦げ過ぎず、油の切り方と塩のバランスも申し分ない。ひとくち食べれば至福の味だ。
何度も試作して作り上げた、自慢のフライドポテトの店を出して半年。最初は閑古鳥だったが、地道な接客や、苦手なSNSでの宣伝をする努力が実ったのか、だんだんと訪れる客数が増えた。
先程の親子も、手近なベンチに腰掛けて揚げたてポテトを頬張っている。声は聞こえないが、顔には笑顔が浮かんでいるのが見えて、カインは内心だけでガッツポーズをした。
(うん、揚げた芋は、良い)
自画自賛だとわかっていても、やはり心は躍るものだ。しばし感動に浸っていると「こんにちは」と声がかかった。半年間ですっかり耳に馴染んでしまった声に、カインの胸が期待に高鳴る。
「あの、フライドポテトを一つください」
控えめだけれど、鈴の鳴るような可憐な声。うっかりぼんやりしそうになるが、なけなしの理性が「かしこまりました!」ときちんと接客を始めてくれた。
カウンターの前には、ベレー帽を被ったショートカットの女性が一人。彼女は、開店以来足繁く通ってくれる常連さんだ。
「いいお天気なので、アゲアゲポテトさんのフライドポテトが食べたくて来ました!」
ニコニコと嬉しそうに言われると、カインの胸がどうにもときめく。
「あああありがとうございますしょしょ少々お待ち下さい!」
(いやいや、彼女はフライドポテトが好きなだけ。うちのポテトが大好きなだけ!)
心の中だけで念仏のように唱えながら、揚げる準備に取り掛かるのだった。
彼女は近所に住む佐藤さん。会社員の彼女は、休みの日にフライドポテトの店を巡るのが趣味だ。
彼女のフライドポテトへの情熱は生半可ではない。ただ巡って食べ歩くだけではなく、お店で使う芋の種類まで細かく記録し、ブログに載せているのだ。
お芋界隈では有名で、SNSでは時折バズることもあり――なにを隠そう、カインの店が軌道に乗り始めたのも、彼女が紹介記事を書いたのがきっかけだった。
ブログへの掲載許可をきっかけに、失礼にならない程度の雑談を交わすまでになったのはよかったが、それがどうにもいけない方向に転がりそうなのが最近である。
『芋の種類と揚げ方、切り方の違いで味わいが違うんです。素敵ですよね、お芋って!』
フライドポテトを頬張る、とても幸せそうな彼女の顔を思い出す。
心の底から芋ライフを楽しむ彼女の真っ直ぐさは眩しい。興味深い。そんな姿を、カインはずっと眺めていたくなるのだ。
パチパチと膨れ上がる油の泡を見つめながら、カインはぼーっと考える。
客としての興味なのか、それとも個人的な慕情か。近頃のカインの悩みの一つだった。
そしてもう一つの悩みは――。
「きゃぁぁあ!」
突如、女性の悲鳴が響く。ハッとして外を覗き見ると、そこには白く禍々しい怪人が先程の親子連れに襲いかかっていた。
「センチューだっ!」
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
体から白く伸びる触手が生理的嫌悪感を呼び起こす、二本足の怪人――センチュー。突如この世界に現れた害獣である。
ウネウネと伸びる細い触手で、人間の気力を奪ってしまう恐ろしい存在だ。
すでにヤツの毒牙にかかったのか、周りには地面に倒れている人がたくさんいた。ポテトと佐藤さんにかまけて気づいていなかったカインは「しまった」と小声でつぶやく。
「佐藤さん、逃げ――」
目の前の佐藤さんを逃がそうと声をかけるも、先程まで彼女が居た場所には誰もいない。急いでキッチンカーから出たカインの耳に、張り上げる声が響いた。
「子どもに手を出さないでっ! 襲うなら私にしなさい、センチュー!!」
「佐藤さんっ!?」
親子連れの目の前に躍り出て、大手を広げているのはなんと佐藤さんではないか!
一見勇ましいが、足はガクガクと震えている。今すぐ飛び出して助けたいが、センチューの前に人間は非力。今はただの人間であるカインが飛び出ていっても、共倒れするのがオチだ。
彼らに対抗できるのは、芋と油の加護を受けた超戦士だけなのだから。
(早く変身しないと)
カインはキッチンカーの後ろに隠れ、フルシャカチェンジャーと呼ばれるポテトケース(フライドポテトを入れる紙製の箱だ)に似た小型機械を取り出した。
「フルシャカチェンジ!」
フルシャカチェンジャーを左右上下に振り、エネルギーを充填!
頭上に飛び出した棒状の強化パーツが変形しながら巨大化し、光をまといながらカインの体に降りてくる。まばゆい光が爆発するように弾けると、ビュンと飛び上がった。
そして、センチューと佐藤さんの間に着地し、まばゆい光の中から現れたのは――黄金の鎧を纏った仮面の男。
「ゴールドフリッツさん!」
佐藤さんから喜びと安堵に満ちた声が上がる。
覚目カインが変身した、仮面の男「超戦士ゴールドフリッツ」は、手のひらから黄金に光る銃――超パワーにより作り出さえたシューストリング・ガン――を出現させ、センチューの前で構えた。
センチューが「ギチチチ……」と甲高い鳴き声を出し、ゴールドフリッツめがけて襲いかかる。ゴールドフリッツは素早くガンを構え、黄金のビームを発射。シューストリングの名の通り、細長く鋭いビームがセンチューの足元を威嚇するように地面を穿つ。
ふらつくセンチューが体勢を立て直す前を狙い、ゴールドフリッツは人間とは思えぬスピードで近づきパンチを繰り出す。
三日月型のウエッジカットを思わせる重めのパンチはセンチューには大ダメージ。後退するセンチューの体にシューストリング・ガンのビームをお見舞いすると、黄金色に包まれて爆発四散した。
「ありがとうございます! ゴールドフリッツさんのおかげで助かりました」
親子を守るように隅に隠れていた佐藤さんが、様子を伺いながらゴールドフリッツに声をかけてきた。
「こちらの親子連れさんも無事です!」
《それはよかった》
仮面に搭載されたボイスチェンジャーで声を変えてはいるものの、正体を隠しているカインは控えめな答えになる。
《襲われた人たちのエナジーを回復させなければ》
ゴールドフリッツは腰に搭載された銀色の筒状機械――調味料缶に似た――を手に取ると、シャカシャカと天に向かって振る。
《恵みの塩よ》
超戦士ゴールドフリッツの持つ超パワーは、なにも戦いだけの力ではない。
恵みの塩は、センチューによって失われた気力を回復できるのだ。
空中に広がった恵みの塩が、雪のように降り注ぐ。すると、意識を失った人々がゆっくりと起き上がりはじめる。
ゴールドフリッツは一息つき、後ろを振り返った。その瞬間――。
「きゃぁぁぁ!」
すぐ隣にいたはずの佐藤さんが、いない。
振り向くと、ギチチチチ……とあの気色悪い鳴き声を鳴らしながら、触手で佐藤さんを拘束するセンチューの姿があった。
《佐藤さん!》
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