第5話

 翌日、待ち合わせ場所の校門前に着くと、すでにカズと愛宕さんの2人が待っていた。カズと愛宕さんは僕を見つけると「おーい!」と声を上げて手を振ってくれた。


「遅いぞ」

「遅刻はしてないだろ?」

「待ち合わせで女の子を待たせるなんて、男失格だろ?」

「う…。それはそうですが…」


 渋い顔をした僕を見かねて、愛宕さんは笑いながら僕の肩をぽんと叩いた。


「まあ時間内に来たんだし、いいじゃない?」

「愛宕さんって意外と時間にルーズ?」

「時間内に来てくれれば許す」

「時間内に来なかったら?」

「もちろん鉄拳制裁よ?」


 笑顔でパチンと拳を手のひらにぶつける愛宕さんに、僕とカズは背筋が若干凍った。愛宕さんは怒らせてはならない人間だと僕とカズは即座に理解した。

 そうして藤宮さんを待っていると、黒い1台のリムジンが走ってくるのが見えた。リムジンはウィンカーを出して歩道脇に止まる。そしてリムジンのドアが開き、中から藤宮さんが現れた。


「みんな、お待たせ」


 藤宮さんは白いワンピースの裾をひらひらとさせながら、笑顔で迎えてくれた。黒い艷やかな髪に白いワンピースが映えていて、あまりの彼女の愛らしさに僕はうっとりとしていた。そんな僕を脇目に、カズは藤宮さんに話しかける。


「それにしても、立派なリムジンだな」

「両親が出かけてて、これしか用意出来なかったのだけど…」

「いや、十分すぎるよ」

「じゃあ、早速私の家に向かいましょう」


 彼女はそう言うと、僕たちをリムジンに乗せた。リムジンの中は思った以上に広く、席に座るとソファのようにふかふかだった。そして、目の前の豪華なテーブルの上にはドリンクが乗っている。まるで部屋みたいだと僕たちは驚いた。


「オレンジジュースでいいかしら?」

「あ、ありがとう」


 藤宮さんはテーブルの引き出しからグラスを人数分取り出し、机においてあった瓶のコルクを専用の道具で外す。そして、僕たちのグラスにオレンジジュースを注ぎ込んだ。

 僕たちはお礼を言って、ジュースを一口飲む。普段飲んでいるオレンジジュースとは違い、すごく濃厚なオレンジの味が口の中に広がった。


「美味しい…!」

「ふふっ。良かった。今日のためにイタリアから最高級のものを取り寄せたの」

「わざわざ取り寄せたの!?」

「ええ。気に入ってもらえてよかった」


 わざわざ海外から取り寄せたオレンジジュースはさぞお高いんだろうなと内心思った僕は、一口も無駄には出来ないと、オレンジジュースを残さず味わった。


 ◆

 僕たちが雑談に興じているうちに、いつの間にかリムジンは目的地に辿り着いたようで、運転手が「到着いたしました」と声をかけてくれた。

 リムジンから降りると、目の前には立派な豪邸がそびえ立っていた。僕の家よりも20倍はあるであろう大きな屋敷に、僕は感嘆の声を漏らす。カズも愛宕さんも驚いているようだ。


「さあ、中に案内するわね」


 そう言って歩き出した藤宮さんの後を追う。見えてきた玄関の扉はまるでゲームに出てくるような立派な扉だった。その扉が開くと、レッドカーペットが敷かれてある玄関のそばで、メイドさんたちが出迎えてくれた。


「おかえりなさい、市子様」

「ええ。これからレクリエーションルームに行くから、お菓子の用意をお願い」

「かしこまりました」


 藤宮さんの指示を受けたメイドさんたちは、お菓子の用意のためにその場を離れた。


「さあ、レクリエーションルームへ行きましょう」

「凄いな…、メイドさんなんてメイド喫茶でしか見たことないよ」

「お前、メイド喫茶行ったのかよ」

「まあ、一回だけ」


 へへんと鼻を鳴らすカズをよそに、僕たちは靴を脱ぎ揃えて藤宮さんの後に付いて行った。

 藤宮さんに案内され、長い螺旋階段の先にあったレクリエーションルームに入る。部屋はとても広く、そこには白く大きなソファーと映画館並みに大きいスクリーン、そしてダイニングキッチンまで完備されていた。


「俺、ここに一生住みたい」

「カズ、僕もだ…」

「そう言ってもらえて嬉しいわ。さ、早速鑑賞会を始めましょう」


 そう言った藤宮さんの手には、既に『BUSTERS!』のDVD BOXがあった。


「見て、このパッケージイラスト! ジン様の笑顔が最高なの。ジン様は作品の中では4回しか笑わないのだけど、そんなレアな笑顔をこのパッケージで見放題なのよ!」


 ジン様の笑顔について熱弁する藤宮さんに、僕たち3人は置いてけぼりだった。そんな僕たちにお構いなしに、藤宮さんは目を輝かせながら語りつづけたので、愛宕さんはとうとう痺れを切らした。


「あー…。市子、ジン様の笑顔が素敵なのはわかったから、早く『BUSTERS!』観たいなあ?」

「あら、ごめんなさい。準備するわね」


 そう言うと、藤宮さんはDVDを取り出して機械にセットする。そして部屋の明かりを暗くすると、スクリーンに『BUSTERS!』が映り始めた。


「勝生くんたちは15話まで観たんだよね?」

「うん、そうだよ」

「なら16話から再生するわね」


 藤宮さんがリモコンを操作し、スクリーンにオープニングが流れ始めた。


「このオープニングが凄く良くてね! 一瞬しか登場しないんだけど、ダンを睨むジン様は凄くかっこいいの! ほら、ここ」


 そう言うと、藤宮さんはオープニングを一時停止する。スクリーンにはドアップのジン様が映っている。


「きゃー! 今日も美しいわジン様! 勝生くんたちもそう思うでしょ? ここが一番好きなの。このシーンだけでフォアグラ3つはいけるわ!」

「フォアグラ3つ…」


 お金持ちらしい言い回しに僕とカズは苦笑いしかできなかった。


「ちょっと市子。一回一回止めてたら全話見れないじゃない」

「あ、そっか」

「とりあえずノンストップで観よう?」

「それもそうね!」


 藤宮さんのフォローをする愛宕さんに心の中で感謝しながら、僕たちはノンストップで『BUSTERS!』を観始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2次元にしか興味ない彼女を振り向かせる方法 さくらい @ittoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ