第4話
数十分後、図書室のドアがガラガラと音を立てて開き、藤宮さんが中から出てきた。
僕たちは壁に隠れてこっそりとその様子を確認し、藤宮さんが2年4組の教室に向かうのを隠れながらコソコソと付いて行った。
そして藤宮さんが2年4組の教室のドアを開けると、すぐに扉を閉めた。僕たちは急いで教室の前に立つと、閉まったドアに耳を当てて中の様子を聞こうとした。
「待っていたよ、市子さん」
「あの…、私に何か御用ですか?」
僕たちは会話に集中し聞き耳を立てる。一人はやはり男の声、恐らくラブレターの主だろう。2人きりの教室だから会話も丸聞こえだ。僕たち3人は黙ってその様子を伺った。
「市子さん。僕と付き合ってもらえないかな?」
「お断りします」
あっさりと断った藤宮さんに愛宕さんとカズは苦笑いを浮かべていた。
「うわ…。市子ったらバッサリ言うわね」
「間髪入れずにストレート浴びせるとは。噂通りだな」
「そう言うと思ったよ。恋愛に興味ないんだってね?」
「はい、そうです」
「そしたら一度付き合ってみるっていうのはどうかな? お試し感覚なら恋愛に興味なくとも関係ないだろう?」
男は簡単に引こうとはせず、藤宮さんに迫っている。だが、藤宮さんは頑なに申し出を受けようとはしなかった。
「結構です。お試しだろうとあなたに興味はありません」
「市子、もうちょっと言い方をさ…」
「そうかい。なら、僕から逃れられないようにするよ」
そう言うとガタンと壁に何かを打ち付けたような大きな音がした。僕からは中の様子を見ることはできないが、何か嫌な予感がした。愛宕さんもカズも嫌な雰囲気を感じとったのか、2人共眉をひそめている。
「やめてください」
「僕を意識してくれれば良いんだろ?」
「ふざけないでください」
「ふざけてなんかないさ。僕だけを見て」
「やめて…!」
これ以上は不味いことになりそうだと瞬間的に感じ取った僕は、無意識に教室のドアを勢いよく開けた。
そこには、手首を掴まれて男に押さえ込まれている藤宮さんが、突然現れた僕たちに驚いたような表情で立っていた。男も藤宮さん同様驚いていたが、乱入した僕たちのことが不満だったのか、怒ったように睨みつけた。
「お前ら、何しに来た」
「藤宮さんが困ってんだろ。離せ!」
僕がそう言うと、男は藤宮さんから手を離し、僕に近づいてきた。そして僕の目の前に立つと僕の胸ぐらをぐっと掴んで引き寄せた。僕は負けじとその男を睨みつける。
「は…、お前らも告白しに来たタマか? 残念だけど彼女は僕の運命の人だ。邪魔者は帰れ」
「帰るものか。藤宮さんが困ってるんだ。見過ごすことはできない。それにいいんですか? このことを先生に報告しても」
僕が反論すると、男は「このクソガキが」と吐き捨てて僕の胸から手を離す。そして逃げるようにその場を立ち去っていった。
その場をやり過ごせてホッとしていると、愛宕さんは藤宮さんに駆け寄っていった。
「ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、何かヤバそうな雰囲気だったから…。怪我はない?」
「うん。助かった…」
藤宮さんは緊張が解かれたのかその場にへたり込んでしまった。すると、藤宮さんはふるふると肩を震わせるとポロポロと大きな瞳から涙を垂らしていた。
「本当に、ありがとう…。怖かった…」
見かねた愛宕さんは「大丈夫だから」と言って藤宮さんを抱き締めた。藤宮さんは愛宕さんの胸で静かに泣いていた。僕とカズは黙ってその様子を見守っていた。
◆
しばらくして藤宮さんは落ち着いたのか、愛宕さんに「もう大丈夫」と愛宕さんの胸から離れた。そして僕とカズに向かって頭を下げた。
「本当にごめんなさい。みんなを巻き込んで」
「頭下げなくていいよ」
「そうそう。俺たち特別なことはしてないし」
僕とカズは頭を下げる彼女を宥めたが、それでも彼女は頭を下げ続けた。その様子を見て僕は困ってしまった。するとカズが藤宮さんの元に近づくとしゃがみ込んで藤宮さんと目線を合わせる。
「あー…そういえば、藤宮さんって『BUSTERS!』好きなんだろ?」
「う、うん…」
「ならさ、今度一緒に鑑賞会しようぜ」
「え…?」
「俺たち、今『BUSTERS!』の15話までしか見てなくて、これから『BUSTERS!』の続きを一緒に見ようかって鑑賞会を計画してたんだよ。だからさ、もしよかったら一緒に見ない?」
一緒にアニメを見るなんてそんな計画をした覚えはないが、カズか何とか藤宮さんを慰めようと精一杯だったのは僕と愛宕さんにも伝わっていた。だから、嘘混じりのフォローに僕も愛宕さんも乗っかることにした。
「そうそう。市子の言ってたジン様の活躍見てみたいなー!」
「僕もまだ途中までしか見てないけど、ジン様凄くかっこよかったよ。『地獄の業火で塵となれ!』ってセリフからの必殺技には凄く痺れたし!」
僕たちがそう言うと、藤宮さんは目を輝かせながら嬉しそうに話に乗ってくれた。
「本当!? ジン様の魅力に気づいてくれるなんて…! でも、ジン様の魅力はそれだけじゃないのよ。その後の活躍早くみんなに観てほしいわ。ジン様の圧巻の王者感はもう誰にも負けないんだから!特に第22話の活躍は早くみんなに観てもらいたいの。主人公ダンのピンチに颯爽と現るジン様はまさに白馬の王子様そのもの。惚れない女はいないわ!」
藤宮さんの話はとどまる事を知らず、徐々にヒートアップしていく。さっきまでの嫌な雰囲気は消え、いつもの藤宮さんに戻ったようで僕たち3人は安心したが、彼女の話は終わりが見えず、僕たち3人は苦笑しながらも藤宮さんの話に延々と付き合っていた。
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