第3話

 その日の放課後、僕はいつものように帰宅し、自分の部屋に戻ると再びノートパソコンを立ち上げる。『V-NEXT』にログインすると『BUSTERS!』のページを開いた。

 …そういえば、今日の昼休みにカズがリンク送ってと言っていたのを思い出し、俺はスマホを鞄から取り出してカズにメッセージでリンクを共有すると、既読はすぐについた。

『あざす。観てみるわ』とカズから簡単なメッセージが返ってきた。普段から適当なカズのことだ。どうせ観ないだろうと思い、メッセージを確認してそのままスマホの電源を切る。

 取り敢えず昨日は第10話まで観たので、その続きから観ようと再生ボタンを押して『BUSTERS!』を見始めた。

 昨日のペースだと恐らく1日10話が限界だろう。全話観るとしたら、今日を入れてあと4日はかかるかもしれない。だが10話分見たら僕の睡眠時間は約2時間になってしまう。すぐに全話見終えたいのだが、睡眠時間が足りなくなるのは御免だ。今日みたいにカズに寝顔をこれ以上馬鹿にされるのはもう懲り懲りだ。そう思った僕は今日は5話分だけ観ようと決心し、『BUSTERS!』を見続けた。


 翌朝、いつものように登校し、学校の玄関に着くと、カズが丁度下駄箱から靴を取り出しているのを見かけた。


「よ、おはよ」

「おはよ、カツキ」

「見たぜ。『BUSTERS!』」

「まじか」


 あの適当なカズが『BUSTERS!』を観るなんて予想してなかった俺は少し驚いた。そんな俺をよそにカズは話を進める。


「取り敢えず15話分見たけど、確かに面白いわ。藤宮さんもハマるわけだ」


 驚くことにカズは15話分を一気見していた。10話見るのにもかなりの時間がかかったのに、この男もしかして今日寝ていないのではないかと疑った。


「15話一気に見たの?」

「まあ、倍速でな」


 その手があったかと僕は愕然とした。確かに倍速で見れば1日に15話分、いや20話は観れる。昨日の時点で気がついていればとほんの少しだけ悔やんだ。その時、後ろから女子2人分の声が聞こえた。振り返ると、藤宮さんとその友人と思わしき女子が登校してきた。


「おはよう勝生くん」

「あ、昨日の男子。おはよ」

「お、おはよう…」


 藤宮さんはにっこりと笑顔を振りまくと、下駄箱に手をかけた。

 そのまま藤宮さんが下駄箱を開けると、その中に1枚の白い封筒が入っているのが見えた。藤宮さんは不思議そうな表情でその封筒を取り出し、名前が書いていないか表裏を確認する。しかし名前はおろか文字すら書かれていなかった。


「またラブレター? 男子もよく飽きないよね」


 藤宮さんの友人の女子が、その様子を見て呆れていた。藤宮さんは中身を確認することはせず、その封筒を鞄にそっとしまった。


「あれ、市子。中身確認しないの?」

「今日日直だから、早く行かないと…」

「そっか。先行ってていいよ」

「ごめんね」


 藤宮さんは慌てて靴を履き替え、廊下を走り去っていった。その様子を見ていた俺たちに、藤宮さんの友人の女子が話しかけてきた。


「市子、ああやってよく手紙をもらうのよ。今月で9回目。なのに彼氏を作ろうともしない。勿体ないと思わない?」

「確かに勿体ないな。恋愛に興味ないとか?」


 カズがそう言うと、藤宮さんの友人は呆れながら「そうなのよ」と頷いた。


「あの子、2次元にしか興味ないのよ」

「2次元…」

「あ、アニメね。ほら昨日市子が言ってた『BUSTERS!』ってアニメのキャラ」

「えーっと、氷上ジン…だっけ?」


 僕がそう言うと、藤宮さんの友人は「よく知ってるね」と驚くような表情を浮かべた。藤宮さんの友人曰く、藤宮さんは普段から『BUSTERS!』の話しかしないから、自身も詳しくなってしまったという。聞かされ続ければ嫌でも知ってしまうと、彼女は呆れながらため息をついた。


「それにしても驚いたわ。『BUSTERS!』見てる男子がいたなんて」

「あー…、藤宮さんの話聞いて興味が出てきたというか、何というか…」

「あの藤宮さんがあんなに熱狂するアニメ、俺らも観てみたくなったんだよ」


 僕とカズが目を合わせながらそう言うと、藤宮さんの友人は苦笑いしていた。


「まあ、たまにでいいからさ、市子の長話付き合ってやってよ。…あ、そういえば自己紹介まだだったね。私は愛宕あたご 芽依めい。隣のクラスだからあんまり付き合い無いかもしれないけど、よろしく」


「よろしく。俺は佐々木ささき かず、こっちは俺のダチの東道とうどう 勝生かつき


 カズはぐいっと僕の肩を掴むと、僕に親指を突き立てて食い気味に自己紹介をし始めた。何だか今のカズは積極的だ。普段ならこんな風に自己紹介するはずがない。何故だろうと不思議に思っていると、カズはこっそり僕に耳打ちをした。


「藤宮さんの友人と仲良くなれるチャンスなんだぞ。仲良くなれば、藤宮さんのアレヤコレヤ聞けるかもしれないだろ?」


 そう言うと、カズはすぐにスマホをポケットから取り出して愛宕さんの連絡先を交換した。その間わずか20秒。早すぎるだろと僕が呆れていると、「お前も交換するんだ」と僕のスマホを鞄から勝手に取り出して連絡先を交換していた。


「それじゃ、何かあったら連絡するわ」

「おっけー。よろしくね」


 そうして俺たちは愛宕さんと別れ、二人並んで廊下を歩きながら適当な雑談をしていた。その途中、カズは「そういえば」と何かを思い出したようにスマホを取り出し始めた。


「さっき藤宮さんラブレター貰ってただろ? 告白現場、観に行こうぜ」

「は? なんで?」

「敵情視察」


 そう言うと、早速何やらメッセージに文字を打ち込んでいた。僕はカズのスマホ画面を覗き込むと、どうやら愛宕さんにメッセージを送っていたようだった。返信はすぐに返ってきて、スポッという効果音と共にメッセージが表示される。そこには、『おっけー。任せといて!』と書かれていた。


「ちょっ…、何してんの」

「愛宕さんにラブレターの内容を聞いてもらうんだ。どこで誰に会うのか、情報を仕入れる」

「お前なあ…」


 僕は何だか後ろめたい気持ちになったが、カズも愛宕さんも乗り気のようだ。取り敢えず、僕たちは愛宕さんからの連絡を待つことにして、教室へと向かっていった。



 ◆

 愛宕さんからの返信は思った以上に早く、一限目が終わった後にカズのスマホに連絡が来たらしい。カズはウキウキしながら僕のところにやってきて、スマホのメッセージ画面を僕に見せた。


「放課後、2-4の教室に呼び出されたって」

「お前、本当に行くの?」

「『BUSTERS!』を観ることも大事だけど、敵情視察も立派な作戦だぜ? 藤宮さんについて何かわかるかもしれない」

「それは、そうだけども…」

「じゃあ決まりな。放課後残ろうぜ」


 僕は結局半ば強引に作戦を決行することになってしまった。人の告白現場を覗き見るなんてあまりしたくはないが、乗り気なカズを止めるのには骨が折れそうなので、仕方なく放課後教室に残ることにした。


 そして訪れた放課後、クラスメイトが下校していく中、藤宮さんも席を立ち教室を出ていった。


「藤宮さん、もう2-4に向かったのかな?」

「いや、まだだろ。まだ教室には人が残っているはずだ。取り敢えず彼女を尾行して待とう」

「尾行って…。僕たち完全にストーカーだよ」

「ストーカーっぽくならなければいい」

「お前、日本語って知ってるか…」


 僕は呆れながら藤宮さんの後を追った。藤宮さんは俺たちに気づくことなく、渡り廊下をひたすら歩いていく。どこに向かうのかと、俺たちはこそこそ隠れながら藤宮さんの後を追うと、藤宮さんは図書室に入っていった。


「図書室…、か」

「時間空いてるんだし、暇つぶしに勉強でもするんじゃない?」

「まあ、藤宮さん頭良いしね」


 藤宮さんは学年トップの成績をいつも叩き出す。だから彼女なら待ち時間に勉強するだろう、と容易に想像がついた。だが、もしこのまま何も考えずに図書室に突入し、藤宮さんに見つかってしまっては勉強の邪魔になるどころか、もしかしたら作戦自体がバレてしまうかもしれない。

 僕たちは仕方なく図書室の前で待機することにし、藤宮さんが出てくるまで待とうと話していると、前から愛宕さんがやってきた。


「あれ、カズくんに勝生くん。何してるの?」


 これは非常にまずい。愛宕さんに見つかってしまった。もし愛宕さんに作戦がバレてしまったら、間違いなく藤宮さんに作戦が筒抜けになってしまう。それは避けなくてはならない。僕とカズは目配せして、ここはなんとか穏便に事を済ませようと、無難に接した。


「あー、人を待っていて…」

「もしかして市子でしょ。分かってるよ。告白現場、見に行くつもりでしょ? カズくんがメッセージでラブレターのこと聞いてたし」


 愛宕さんに完全に作戦がバレてしまっている。

 僕たちは何とか取り繕おうと、しどろもどろしていると、愛宕さんは腕を組み、何やら不気味な笑いを浮かべた。


「私もついて行くわ、告白現場」


 突然の彼女の申し出に、俺たちは驚きを隠せなかった。


「私も見に行くつもりだったの。折角だし3人で見に行きましょ! 市子が普段どんな風に相手を振っているのかも興味あるし」


 僕とカズは顔を見合わせる。もしここで愛宕さんの申し出を断れば、藤宮さんにこの作戦をバラされる恐れもある。それは何としてでも避けたいところだ。それに愛宕さんと僕たちの利害は一致している。ここで協力を受けない手はないだろう。僕とカズは目配せしてアイコンタクトを取る。表情からして恐らくカズも同じことを考えているようだ。僕たちは互いに頷き、愛宕さんの申し出を受けることにした。


「分かった。一緒に行こう」

「ありがと」


 そうして僕たち3人は藤宮さんが図書室から出てくるまで、しばらくの間待機した。

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