第2話

「で? どうだったよ」

「いや…、僕あんなの初めてだったよ…」

「藤宮さんがオタク、ねえ…」


 藤宮さんの長話が終わってすぐ、僕は急いでその場を何とか切り抜けてカズにメッセージを送った。それはすぐに既読がつき、教室で話を聞こうというので、僕は急ぎ足で教室に戻り、事の顛末をカズに伝えた。カズは終始ニヤニヤしながら話を聞いていたが、藤宮さんがオタクだったと伝えると意外そうな表情を浮かべた。


「いや、でも良いことじゃないか? 藤宮さんの趣味を聞けたんだし、少なくとも嫌われては無いんだからセーフだろ」

「それは、そうなんだけど…」

「何か不満なのか?」

「あー…、なんか想像してた彼女とは違うというか何というか…」


 正直、彼女の語りは熱量がすごくて僕自身引いた。品行方正でお淑やかな彼女のイメージとは正反対なオタクっぷりに僕は多分人生で3番目くらいに驚いている。


「とにかくさ、好きなものは聞けたんだし、これからその…『BUSTERS!』だっけ?見ればいいじゃん」


 カズの提案は至極ごもっともである。藤宮さんと付き合いたいのなら、彼女の趣味を知るのが手っ取り早いだろう。その上で彼女と話せば会話も弾むかもしれないし、もしかしたら意気投合して仲良くなれるチャンスかも知れない。そう思った僕は家に帰ったら早速そのアニメを観ようと決心した。


「そうだね…。見てみるよ」

「しっかし驚いたなあ。まさか友達から始めようなんて…、ヘタレすぎるでしょ」

「仕方ないだろ。振られるわけにもいかないんだから」

「そうだけど…。ぷぷぷ…」


 カズは僕の告白がツボに入ったのか咽ながら笑っている。正直馬鹿にされている気がしてならない。そんなに僕の告白がひどかったのだろうか、と僕は静かに落ち込んだ。


「ま、とにかく友達から頑張れよ。少年」


 とにかく、勝負はこれからなのだ。それに、これ以上カズには馬鹿にされたくはない。そう思った僕は拳を握りしめ、何としてでも藤宮さんを振り向かせようと心に誓った。


 カズと別れた後、僕は家に帰宅すると急いで自分の部屋に荷物を置く。そして制服を着替えることもせず、早々にノートパソコンを開き『BUSTERS!』について調べてみた。

『BUSTERS!』は今から2年前に放送されたアクションアニメで、主人公の『海川うみかわ ダン』と彼を取り巻く闇の組織との戦いを描いた作品らしい。藤宮さんの言っていた『氷上 ジン』はダンのライバルで闇の組織の一員だったが、ダンとのバトルを通して意気投合し、ダンの味方となり共に戦うようになるようだ。

 取り敢えず見てみないことには始まらないと、僕は親のアカウントで動画コンテンツ『V-NEXT』にログインし、『BUSTERS!』が配信されてないかどうかを確認する。

『BUSTERS!』は配信されていて全話見放題だったが、どうやら『BUSTERS!』は全部で50話あり、全部見るのに時間がかかりそうだ。それにその続編と思わしき『BUSTERS!NEXT Battle』、『BUSTERS!LAST War』があり、それらもそれぞれ40話近く配信されている。

 こんなに見切れるだろうかと少し尻すぼみしてしまったが、とにかく藤宮さんのことを知るためには『BUSTERS!』の知識は必要不可欠だ。覚悟を決め、俺は『BUSTERS!』の1話から見始めた。


 30分経って、やっと1話を見終えた感想としては、正直面白かった。

 ダンは主人公らしい前向きな少年で、そのダンを支える幼馴染たちも中々個性的なキャラだ。そしてそんなダンを狙う敵の勢力に、恐れながらも立ち向かうダンは確かにカッコいい。だが、アクションアニメということもあり激しいバトルシーンは見るのに少し疲れる。残り49話をこの調子で見れるかどうか怪しいが、藤宮さんのためにここで折れるわけには行かない。

 僕は夕ご飯も寝ることも忘れて、とにかく『BUSTERS!』をひたすら見続けた。


 気がつけば雀の鳴き声が聞こえてきた。時計を慌ててみると朝の5時で、普段起きる7時まであと2時間しかない。つまり本日の睡眠時間は2時間しかない。しまった、と僕はノートパソコンをパタンと閉じた。

 取り敢えず『BUSTERS!』は10話まで見た。10話は藤宮さんが好きと言っていた『氷上 ジン』が登場した回で、確かに彼は見た目はイケメンでクールな2枚目という感じの少年だった。まだ10話までしか見てないのでジンがこれからどういう少年になっていくのかは分からないが、確かに女子が好きになるような要素はある。

 このまま次の回も見たいのだが、流石に眠気に抗うことは出来ず、僕はベッドにダイブして目を閉じる。そして、そのまま僕の意識はすぐに深い眠りの底についた。



 その後、結局2時間しか眠れなかった僕は、大きなあくびをかましながら学校へ向かう羽目となった。いつもの通学路をトボトボ歩いていると、後ろから俺を呼ぶカズの声が聞こえた。


「カツキ、おはよー」

「ああ…、おはよ」


 僕はいつものように素っ気なく返事をする。カズは僕の隣に並んで歩いていたが、僕の顔を見るとカズはギョッとしたような表情を浮かべた。


「うわ、隈酷いよ。どうしたのさ」

「あー…。『BUSTERS!』見てたから2時間しか寝てない」

「まじかよ…。授業中寝るんじゃねえの?」

「多分寝るわ。あー…、眠い」


 僕は何度もあくびをしながらカズと一緒に登校した。歩きながら寝れるくらいには眠気が襲ってきているが、カズと会話しているうちに眠気は弱まっていった。

 だが、授業中となると先生が一方的に喋るだけなので、眠気には打ち勝つことはできない。僕は船を漕ぐように体をカクカクと揺らしながら、眠気に抗い続けた。だが、とうとう僕は限界を迎え、口を大きく開けながらよだれを垂らして、死んだように眠ってしまい、睡魔に敗北を喫した。

 そんな僕を見ていたカズは笑いを堪えるのに必死だったらしく、授業が一段落し、昼休みになって僕の席に寄るとゲラゲラと笑い出した。


「お前ずっと授業中カクカクしてて、面白かったわ! 写真撮ってやりたかったわ」

「そんな写真誰が面白いんだよ」

「途中動き止まったと思ったらよだれ垂らしながら白目剥いてたもん! はー、おもろ!」

「やめてくれ…」


 馬鹿にされるのは結構だが、これ以上カズに醜態を晒されるのは勘弁してほしい。僕は鞄の中から財布を取り出し、逃げるように購買へと向かった。


 購買であんぱん1つと牛乳を買い、教室に戻ろうとすると、教室を出ようとする藤宮さんを見つけた。藤宮さんに近づくチャンスだと思った僕は、藤宮さんに話しかけた。


「あ、あの、藤宮さん」

「えーっと勝生くん、どうかした?」

「あの、『BUSTERS!』途中までだけど見たよ」


 そう言うと、彼女は目の色を変えて僕に迫ると、僕の肩に手を置き、力強く握り始めた。


「本当!? 嬉しいわ! 『BUSTERS!』見てくれるなんて。ジン様カッコ良かったでしょ! あのクールさの中に秘める燃える闘志はもう素晴らしいのよ! 途中までって言ってたけど何話まで見たの?」

「10話まで…」

「これからよ!ジン様の格好いいシーンが見れるのは! 必殺技発動シーンとか覚醒シーンとかもうね…絶対惚れるから。絶対最後まで見なきゃ損よ、損! というか必修科目なのよ。全人類見なきゃ駄目」


 話が長引きそうになる予感がしてどうしようかと迷っていると、カズが僕を面白可笑しそうな顔で見ていたのが彼女の背中越しに見えた。カズに口パクで助けを求めるが、ニヤニヤしながら僕を見るだけで、助けようともしなかった。

 彼女の議論がヒートアップし、僕の肩をゆさゆさと揺らし始める。何処から来ているのか分からないその熱量に終始圧倒されていると、後ろから女子の声が聞こえた。


「あー…ごめん! 市子ったらアニメの話すると止まんないんだから」

「でも、勝生くん『BUSTERS!』見てくれてるって」

「あんた一度話すと長いでしょ!? ほら、早く購買行こう。ごめんねー、市子の話付き合ってくれてありがとね」


 そう言うと、僕から藤宮さんを引き剥がしてくれた。そしてその女子は藤宮さんの手首をつかみ、ずんずんと藤宮さんを引っ張るように購買へと向かっていった。

 僕はその様子を苦笑いで見つめていると、カズが笑いながら僕に近づいた。


「ひゃー、良いもん見たわ」

「カズ、見てないで助けろよ」

「だって面白かったんだもん。あんな藤宮さん始めて見たわ」

「カズ…」


 俺はカズに呆れながらも席につき、あんぱんの封を開ける。カズは空いている椅子を僕の机の前に移動させて座り、お弁当を広げて食べ始めた。


「俺も観てみようかな、『BUSTERS!』」

「お前、興味なさそうじゃん」

「でも、藤宮さんがあんなになるんだぜ?面白そうじゃん」

「まあ、面白いけど…」

「帰ったら早速観るわ。後でリンク送っといて」


 僕はため息を一つつきながらあんぱんを頬張り、牛乳と一緒にぐいっと飲み込んだ。

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