2次元にしか興味ない彼女を振り向かせる方法

さくらい

第1話

 唐突だが、僕には好きな人がいる。


 その人は僕と同じクラスのマドンナ、藤宮ふじみや 市子いちこだ。

 藤宮さんは可愛い。さらさらなストレートロングの黒髪を靡かせ、大きくくっきりとした二重の瞳、可愛らしい小さな鼻、そしてぷっくりとして柔らかそうな唇を持つ、誰がどう見たって美少女なのだ。

 その見た目に加えて成績優秀、学年首位の彼女は同級生からだけでなく、先生方からも愛されている。いわば満場一致のマドンナなのだ。


 そんな彼女だが、彼氏を作らないことでも有名だ。

 彼女に告白した人は、噂によれば100人以上いるらしい。流石に人数は盛りすぎだと思うが、告白した翌日には「〇〇くん、藤宮市子に振られたらしい」とすぐ噂になり、僕はその噂を耳にタコができるくらいには聞いている。だから恐らく、告白し敢え無く撃沈した人は、相当いるだろう。

 そんな先輩後輩関係なく告白される彼女だが、返り討ちにあった先輩曰く、彼女は恋愛に興味ないという。丁重に断られたと泣きながら嘆いた先輩は、その後何回かめげずにアタックしたそうだが、残念ながら付き合うことは叶わなかった。

 そんな彼女を好きになってしまった僕が告白したところで、きっと振られてしまい、心が折られることは目に見えている。この恋はそのくらい絶望的なのだ。でも、僕は何としてでも彼女と付き合いたい。付き合って甘酸っぱい恋愛をしたい。手を繋いでテーマパークでデートだってしてみたいし、艷やかな唇にキスしてみたい。

 そう思った僕は、放課後に相談があると言って、誰もいない教室に親友を呼び出した。


「…ということなんだけど、どうすればいいと思う?」

「いや、俺に聞いたって分からんわ」


 俺の目の前に気だるそうに座っていたカズが、頬杖をつきながら興味なさそうに答えた。

 カズは俺の数少ない友人だ。陰キャである僕はクラスに馴染めず誰にも話しかけることのできないコミュ障だった。そんな俺を見かねて話しかけてきたのがこの男、佐々木ささき かずだった。

 カズは明るく気さくという訳ではないが、曰く「俺と同じ波長を感じた」そうで、実際話してみると案外気が合った。カズはサッカーが好きらしく、僕もサッカー中継を見ることが多いから、選手の話や戦績の話、そしてリーグ優勝のチーム予想なんかを議論し合っているうちに不思議と意気投合し、親友というポジションにいる。


「告白したって振られるだけだろ? でも付き合いたいんだよ…」

「その情熱が何処から来てんのか分からんけど、当たって砕けてくれば?」

「砕けたら意味が無い!」

「って言われてもなあ…。恋愛経験ゼロの俺に恋愛のノウハウを聞かれたって分かるわけないだろ?」

「う…、おっしゃる通りですが…」


 確かに俺たちには恋愛経験はない。残念ながら、恋愛レベル0の俺たちには、美少女の藤宮さんを落とすのは不可能なことなのかもしれない。だが、僕は諦めきれなかった。藤宮さんと出会って僕は初めて恋愛というものを知れた。一目見た瞬間、背中に稲妻が走るように、ビビッときたのだ。僕はこの少女に会うために生きてきたのかもしれないという感情すら芽生えた。刹那、僕の運命の人だと思った。だから僕は、何としてでもこの少女を手に入れたいと思ったのだ。


「あっ、良いこと思いついたぜ?」


 カズは口角を上げ、ニヤニヤと何かを企んでいた。僕はその顔を見て何か嫌な予感がしたが、カズはそんな僕にお構いなくフフッっと静かに笑っていた。


「なんかいいアイデア思いついたのか…?」

「任せとけよ。明日を楽しみにしとけ」


 そう言い残し、カズは立ち上がってカバンを取った。そして、塾があるからと小走りでその場を立ち去った。

 カズの作戦はどんなものなのか何も知らされなかった俺は不安になりつつも、カズなら大丈夫だろうと期待し、今日は帰ることにした。


 僕は誰もいなくなった教室を後にし、夕日の入る廊下を一人歩いていた。

 すると、前からプリントを抱えた女子が歩いてくるのが見えた。夕日に輝く黒い髪、愛らしいその顔に、その女子が藤宮さんだと気付くのに時間はかからなかった。

 今日も藤宮さんは綺麗だとうっとりしていると、藤宮さんは足を止め、僕の方を怪訝そうな顔でじっと見た。


「あの…、何か私に用ですか?」


 初めて藤宮さんから声をかけられた僕は驚きのあまり声が上手く出せず、あ…、う…と声にならない声を上げていた。そんな僕を見て、藤宮さんは心配そうな表情を浮かべた。


「もしかして、具合が悪い…とか?」

「いえ…! そ、そそそうじゃないんです!」


 僕は緊張のあまり舌が噛みちぎれそうになりながら何とか言葉を発することができたが、噛み噛みになる僕自身に恥ずかしさを感じてしまった。


「すす、すみません! 失礼します!」


 僕は慌てて廊下を走り去った。藤宮さんから話しかけられたことの喜びと緊張と、挙動不審な僕を見られたという恥ずかしさが一気に込み上げてきて、何とも不思議な気分になった。走り去る僕を不思議そうな瞳で見つめる藤宮さんに気が付かないまま、僕はひたすら廊下を駆けていった。


 次の朝、僕が下駄箱から靴を履き替えていると、今まで話したこともない僕のクラスメイトから声がかかった。一体何事かと思い彼を疑った。


「おはよう。勝生かつきくん、やるねえ」

「えっと…、何が?」


 全く話についていけずポカンとしていると、そのクラスメイトはそんな僕の肩に手をぽんと置き、衝撃的な言葉を口にした。


「聞いたよ。藤宮さんにラブレター渡したんでしょ? 噂になってるよ」


「は?」


 藤宮さんにラブレター、しかも僕が渡した。僕は全く身に覚えのない出来事に、驚きのあまり声が出なかった。一体どうなっているんだ。ラブレターなんか渡した覚えはない。そんな事実無根な噂、一体誰が流したのだろうか。

 僕はすぐに噂の真相を確かめるべく、靴のかかとを潰しながら、教室まで猛スピードで走った。息を切らしながら走っていると、前からカズが歩いてくるのが見えたので、カズに話しかけ、真相を確かめてみることにした。


「カズ!」

「おー、早いな」

「早いなー…じゃなくて! 何か俺が藤宮さんにラブレターを渡したって噂になったんだけど!」


「あ、それ俺が流した」


「は!?」


 噂の犯人はすぐに現れた。だが、僕の名前で勝手にラブレターを書いた挙げ句、藤宮さんの下駄箱に入れてしまったと自供し、俺は驚きのあまり目をぎょっと見開いた。


「まさか、それって…」

「そう、昨日思いついた作戦だよ。放課後に体育館裏で会うことになってっから。あとはお前次第だ」


 そう言うと、カズは僕の肩に手を置き、頑張れよと言い残して笑顔で立ち去っていった。


「おい…、どうすればいいんだよ…!」


 急に訪れる告白という名の絶体絶命のピンチに、僕は一体これからどうなってしまうのだろうか。僕は人生最大の不安を抱え、その場でしゃがみ込んでしまった。



 悶々と思い悩むうちに、運命の放課後が来てしまった。

 放課後のチャイムが残酷に鳴り響き、僕はチャイムを聞きたくなくて耳を塞いだ。

 藤宮さんに何て言えばいいのだろうか。素直に友達のイタズラでした、なんて言ってしまったものならば、罰ゲームのターゲットにされたと誤解されて、藤宮さんに嫌われてしまうだろう。それは何としてでも避けたいところだ。

 だが、ここで男を見せて「好きです」と告白しようものならば、敢え無く撃沈する可能性は100%、いや120%だろう。先輩たちが撃沈していった歴史がそれを証明している。

 しかし、僕は彼女を何としてでも振り向かせなくてはならない。彼女に自分の気持ちを響かせる方法は果たしてあるのだろうか。

 僕は耳から手を外し、頭を抱えた。どうすればいいのだろうかと思案していると、後ろからカズが笑いながら話しかけてきた。


「放課後だぞ、早く体育館裏行けよ」

「笑うな…。お前のせいでこうなったんだぞ…」

「藤宮さんを待たせる気か? 人を待たせるような男は振られるぞ?」


 そう言って僕をからかうカズをきっと僕は一生許しはしないだろう。だが、ここでずっとうずくまって藤宮さんを待たせるわけにはいかないのは確かだ。僕は仕方なく席を立ち、重い足取りで体育館裏へ向かった。


「グッドラック!」


 カズはこっちの気も知らないで呑気にエールを送った。


 グッドラックもくそもあるもんかと少しイラッとしながら、教室を出る。

 ヨボヨボなお爺さんのようなゆっくりと重い足取りで廊下を歩くと、見知らぬ生徒たちの視線を感じた。


「あいつだ、次の犠牲者」

「藤宮さんに告白するなんて、なんて無謀な」


 どうやらクラスを超えて学校中に噂が流れているようだ。冷たい視線が僕に降り注いでくるのを感じてしまい、一刻も早く立ち去りたい。だが、これから体育館裏という地獄の戦場へ向かわなくてはならないという緊張感で足が思うように前に進まない。僕の命日はきっと今日だろう。そんな予感がして僕は重たいため息をつきながら体育館裏を目指してノロノロと歩いた。


 何とか下駄箱の前まで歩き、靴を取り出して上靴を脱ぐ。何てこともない普通の動作なのに、それだけでも気が参ってしまう。その時、後ろから声がした。


「市子、また体育館裏に行くの?」


「うん…。呼び出しがあって」


 藤宮さんの声がする。その声に僕は体が石のように固まってしまい、動けなってしまった。


「また告白かな? 今月何回目よ」

「8回目」

「断るんだったら行かなくてもいいのに」

「それは相手に失礼でしょう? 待っててくれてるかもしれないのに…」


 今の僕に勝ち目はない。そう確信付けるような会話に、僕は悲しくなってしまい、固まった体を気合で動かして急いでその場を離れた。

 僕が告白したところで勝ち目はない。一体なんて言えばいいのか。僕は彼女を振り向かせられないのか。あんな会話を耳にしてしまったら、もう告白なんてできない。ならばもう、世間話をして誤魔化すしかない。世間話をして、少しでも藤宮さんの好きなものとか色々聞き出すしか、僕には残されていない。

 覚悟が決まった僕は、一歩ずつ確かな足取りで体育館裏へと向かった。


 体育館裏に着き、僕は体育館の外壁にもたれ掛かる。ため息を付きしばらく待っていると、ザッザッと砂利を踏みしめる足音が響いた。

 音のする方を向くと、藤宮さんが歩いてくるのが見えた。砂利の音がするたびに僕の心臓が飛び出しそうになるのを我慢しながら、僕は、深呼吸をして何とか心を落ち着かせようと努力した。


「あれ、あなたは昨日の…」

「あ…、どうも…」


 何とか声は出せている。昨日のように声が掠れて出ないというヘマは犯さなくて済んだようで、取り敢えず僕は、一安心した。


「昨日は大丈夫だった? 具合悪そうに見えたから…」

「ああ、えっと…、大丈夫…」

「そっか。良かった」


 藤宮さんは安心したかの様に優しい笑みを浮かべた。その笑みは、まるで聖母マリアのような温かさを感じられる素敵な微笑みだった。

 取り敢えず第一関門は突破した。このまま世間話を続けようとしたが、話は残酷にもすり替わる。


「ところで、今日呼び出したのって…」

「あ、あの…、その…」


 覚悟は決まったはずなのに、しどろもどろになってしまう。上手く世間話で繋げなければ。だが、僕は藤宮さんの好きなものとか趣味とかそういった類いの話は全く知らない。どう切り出せば良いのか分からず困っている僕を見かねて、藤宮さんは話を続けた。


「同じクラスなのに、あんまり話したことないよね」

「そ、そうだね…」

「部活とか何やってるの?」

「帰宅部…」

「そっかー。私も帰宅部だよ。運動とか苦手で…」

「そうなんだね…」


 藤宮さんが話を振ってくれるが、上手く話が続かない。沈黙が流れ、気まずい雰囲気が流れる。世間話で繋ぐのにも限界がある。ならば、もうはっきり言ってしまったほうがいいのではないだろうか。そうだ、僕は覚悟を決めた男だ。一度覚悟を決めたのなら筋を通す。それが男のポリシーだと信じて。


「あの…!」

「ん?」


「僕と…、友達になってくれませんか!?」


 僕は思い切って彼女に伝える。彼女は呆気にとられたような表情を浮かべていた。


「僕、藤宮さんのこと、もっと知りたいんです。その、藤宮さんが何が好きなのかも知らないし、もっと話したいので!」


 そう言うと、彼女は唇を噛み締めて笑いを堪えていた。そんな彼女を見て今度は僕が呆気にとられた。次第に彼女の肩がわなわなと震えだし、ついには口を開けて大きく笑っていた。


「はは…! 初めて言われたよ! 告白かとてっきり…!」

「あー…、えっと、ごめん?」


「いいよ、友達になろう」


 彼女は手を差し出した。そんな彼女の手を握り握手を交わす。初めて触った彼女の手は白くて細くて、そして何より温かった。


「私、アニメが好きなんだ」

「アニメ…?」


 意外すぎる彼女の趣味に俺は素直に驚いた。品行方正な彼女でもアニメを見るのかと意外に思った。だが、驚いてる俺をよそに彼女は話を続ける。


「そう。『BUSTERS《バスターズ》!』ってアニメが好きなの。それに出てくる『氷上ひかみ ジン』っていうキャラがすごい好きなの。ジン様は私の推しよ。ジン様はとっても格好良くてクールで口数少ないけど、一つ一つの言葉に重みがあってね…!あ、ジン様は主人公のライバルなんだけど、第10話で初登場したときは痺れたのよ。何てったって金持ちの御曹司だから戦闘機で学校に通学するの!もうその時点でかっこいいんだけど…」


 彼女はほぼノンブレスでキャラの魅力を語りだした。彼女の声からすごく興奮しているのが伝わってくるが、話の内容が一切分からない僕は口を開けてポカンとしていた。そんな僕をさらに置いていくかのように藤宮さんはキャラの魅力を語り続けている。


「第15話で主人公と初めてバトルした時のセリフもすっごく良くて! 『地獄の業火で塵となれ!』って…! もうね…、こっちが塵になったわ! 塵の気持ちになれたのは初めてなのよ!その時の目つきが最高でまるで狼みたいな鋭い眼光で主人公を睨みつけるの。私も睨みつけられたいわ…!あの眼差しに刺されて死ねるなら本望よ!」


 まさか、彼女がこんなにもアニメのオタクだったなんて知らなかった。正直に言うが、今の僕の彼女の理想像は崩れている。高嶺の花だった彼女がまさか、こんなオタクだったなんて。アニメに懸ける情熱は十分すぎるくらい伝わってきたが、藤宮さんの話は止まることを知らなかった。


「それでね! 主人公との決着はつかなかったんだけど、その時から主人公に執着するようになるの! 私も執着されたいわ…! ジン様の執着心は凄まじくて二回目に戦った時なんか主人公に『もっと燃えろ、もっと激しく、もっと熱く!』って言って笑ってるのよ! クールで表情の乏しいジン様が笑うの! 分かる!?」


 そして、僕は終わらない彼女の話に、永遠のような長い時間を感じたのだった。

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