体育館

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体育館


怖い話 体育館




 これはある小学校での体育館にまつわる話です。その小学校にこの春初めて担任を受け持った女性教諭、木村がいました。彼女は初めて担任を受け持ったことをとても嬉しく思い、これまでよりもいっそう教務に励むことを決意しました。

木村が受け持ったクラスは2年2組。このクラスの子供たちは、みんな活気がよく休み時間には外で遊んだり友達話したりしているなど、見ていてとても微笑ましい姿を見せてくれます。


 ある休み時間、授業が終わり生徒が各々遊ぶ準備をしている中、窓側の後ろから2番目の席で絵を描いている少女がいました。その少女は、いつも一人で机に向かって絵をかいているのです。友達と話すこともなければ教室の外に行くこともありません。木村は学校になじめているか心配になり声を掛けました。

「ねえ由比崎さん何をしているの?」

 その少女の名前は由比崎ひなといいます。彼女は絵を描くことに集中しているのか鉛筆を止めることなく答えました。

「チューリップ描いてるの。」

 絵を見るとA4用紙に大きく立派な赤いチューリップの絵が描いてあります。

「へ―そうなんだ。すごく上手に描けてるね!どこに咲いてたのかな?」

「家に咲いてあったの。とてもかわいかったから描いてるんだよ」

 この会話の間も鉛筆を動かす手は止まりません。木村は気になっていることを尋ねてみました。

「由比崎さんは学校たのしい?」

 その時由比崎の手が止まりました。少し考える間があってから答えました。

「うん・・楽しい・・・」

 彼女の顔は俯いたままです。

「そう・・・楽しいのならいいのだけれど。もし何か相談事があったら先生いつでも聞いてあげるから、遠慮なく言ってね」

 由比崎は俯いたまま首を小さく振り頷きました。木村はこれからも彼女に気を賭けてあげようと思いました。



 その日も授業の終わりに由比崎は一人で絵を描いていたので、木村は彼女に話しかけることにしました。

「今日は何の絵を描いているの?」

 すると今回は絵を描いている手を止めて顔を上げてくれました。

「今日はね、たんぽぽ。体育館のそばで咲いていたの。」

 A4用紙には大きく黄色いタンポポの絵が描かれていました

「あらそうなの。今日も上手にかけているわね」

 ところがその絵の中に気になるものがありました。それは小さく描かれた少女と思われる顔です。

「由比崎さんこの顔は誰なのかしら?」

 髪の右下に申し訳程度の大きさでポニーテールの少女の顔が描いてありました。

「この子はこのたんぽぽを見つけたときに近くにいた子だよ。私の絵も描いてって言われたから描いてあげたの。」

「そんなことがあったのね。その子と遊んで楽しかった?」

「うーん・・・楽しかったと思う。あまり誰かと遊んだことがないからよくわからないけど、一人で絵を描いてるより楽しかった!」

 そういう彼女の顔はとてもうれしそうで、私は嬉しくなりました。

「よかったわね。そのことはお友達になれたのかしら?」

「うん!なれたよ。また今度遊ぼうねっていってたから」

 彼女は大きく頷いて答えてくれました。木村はとりあえず彼女が楽しそうにしている姿を見れて安心しました。

「じゃあもしよかったらその子と遊んだお話を聞かせてくれるかしら」

「うん。いいよ」

 それから由比崎の遊んだ時の話が始まりました。



 あるときの放課後、体育館の傍の生垣で由比崎は一人でいました。それにきづいた木村が声を掛けます。

「由比崎さん」

「あっ、先生―!」

 彼女は笑顔で迎えてくれました。

「今日は一人で描いているの?」

「うんん。今日もゆうこちゃんと一緒だよ。」

 由比崎の友達の名前はゆうこ。木村はそのゆうこがどこにいるのかあたりを見渡しましたが、見当たりませんでした。

「由比崎さん、そのゆうこちゃんはどこにいるのかしら。見当たらないのだけれども。」

 木村は再度周りを見渡しましたがやはり見つけられません。

「えっ、ここにいる・・・あれ?さっきまでいたんだけどなあ。どこにいちゃったんだろ」

 彼女も木村と同様いやそれ以上に首を左右に大きく振り、周りを見渡しましたがいないとわかったからなのか、下を向いて俯いてしまいました。

「由比崎さん、さっきまで一緒にいたの?」

「うん。いたんだけど先に帰っちゃたのかな。まあいいや。」

 彼女の答えは以外にもあっけらかんとしたものでした。そしてそのまま絵を描き始めましたが、その鉛筆の動く速度は次第に遅くなりやがて止まりました。

「なんでいなくなっちゃったんだろう・・・・・。またあえるかな・・」

 やはり悲しかったのでしょう。彼女の声は震えて今にも泣きだしそうでした。木村はそんな由比崎の姿を見て悲しくなり慰めの言葉を言いました。

「きっとまた遊べるよ・・・。たぶん何か理由があるのよ。だから次会った時聞いていみたらどうかな?」

「うん、そうだね。そうしてみる・・・」

 少し嗚咽が混じった小さな声で答えてくれました。私は彼女が落ち着いたのを見て帰ることにしました。



 次の日も同様に由比崎は昨日と同じ場所である体育館の生垣で絵を描いました。するとそこへポニーテールの少女がどこからともなく現れました。

「ねえ今日も絵を描いているの?一緒に遊ぼうよ」

「いいよ。けど昨日なんで帰っちゃったのか教えてほしいな」

 由比崎は手を止めてゆうこをみて話しました。

「あたしね先生が嫌いなの。先生が来るのがわかったからここから離れちゃった。それにずっと外にいるの苦しいし・・・」

「?・・そうなんだ」

 由比崎は理由の意味があまりわからず戸惑いましたが、ゆうこと遊ぶことにしました。

「それじゃあ何して遊ぶ?」

「かくれんぼしようよ」

 ゆうこは提案します。

「うん、いいよ。じゃあどっちが鬼をやるか決めよっか」

「私が鬼やるからひなちゃんは隠れていいよ」

 そういうとゆうこは後ろを向き目に手をあてて数を数え始めました。

「どうして?ジャンケンか何かで決めようよ」

 ひなはゆうこになぜ鬼を引き受けたのか問いましたがゆうこは数を数える声を止めません。そのため由比崎は急いで隠れ場所を探しに行きました。あちこち走り回っていると駐車場までやってきました。そこで大きそうな車を見つけたのでその車の下に隠れることにしました。

「もーいーかい」

 数を数え終わったゆうこの声がはっきり聞こえました。

「もーいーよ」

 由比崎はおなかに力を入れて大きな声で答えました。その瞬間、両足を誰かに強く掴まれました。

「ひゃっっ!!」

 由比崎は声が出たか出ていないかわからないような掠れた声で叫びました。体を曲げて足元を見るとそこには満面の笑みで両足を掴むゆうこの姿があった。

「みーつけた」

「なんだゆうこちゃんか。びっくりしたよー・・」

 いきなり掴まれたことには驚きましたが、それがゆうこであるとわかって安心したのか大きなため息をつきました。

「こんなに早く見つけられるなんてゆうこちゃんすごいね」

「すごいでしょ」

 そういうとゆうこは嬉しそうにもう一度笑いました。ゆうこは掴んだ手を放して車の下から出ました。ひなもそれにつれて下から出ました。

「どう、苦しかった?」

「え!?」

 由比崎はどういう意味か分からず返答に困りました。

「それはどういうこと?」

「ねえもう一回しない?」

 ゆうこは由比崎の質問がまるで聞こえていないように、もう一回を提案しました。由比崎はゆうこの発言が気になりましたが、それよりも次のかくれんぼをしたいと思い気にせず遊ぶことにしました。

「うん、いいよ。早く終わっちゃたし。次はどっちが鬼をするの?」

「私がやるよ」

 ゆうこは言下に答えました。ひなは少し狼狽えましたがわかったと告げました。そして先ほどと同じように急に数を数え始めました。由比崎はまた慌てて場所を探しにあちこち走り回りました。そこで体育館の入り口が少し空いていることに気が付きました。次に隠れるところを体育館の中に決めたのか入り口に近づきました。そして中に入ろうとしたときです。

「由比崎さん!」

「!」

 由比崎は突然自分の名前を呼ばれて思わず振り返りました。振り返るとそこには木村がいました。


「由比崎さん放課後に体育館に入ってはいけませんよ。そもそも開いていないはずですが……あれ?」

 と言いながら木村は少し開いている体育館の扉を見ます。

「放課後になると閉まってるはずなんだけど、最後に使った人が鍵をかけ忘れたのかしら?どちらにしろ放課後に入ることは駄目なので、次から気をつけてくださいね」

「はい……」

 由比崎は怒られたのが怖かったのか目には涙が浮かべています。木村は由比崎のことを怖がらせてしまったことに少し狼狽えました。

「・・・じゃあ先生体育館の鍵持ってくるから職員室に戻るね」

 そう言って木村は踵を返して後ろ髪をひかれる思いで職員室に戻っていきました。ひなは両手で自分の服をぎゅっと強く握り、動かずにいるようでした。



 数分後木村が戻ってきて体育館の鍵を閉めようと扉に近づきました。

「あれ……?」

 どういうことでしょう。さっきまで開いていた扉が閉まっているのです。鍵は木村が今持ってきたので誰にも閉めることは出来ないはずなのです。木村は不思議に思い由比崎に扉のことを尋ねました。

「由比崎さん、この扉なんで閉まったかわかる?」

 由比崎はずっと扉を背に立つように立っていたため扉の開閉事情には気が付きません。由比崎も振り返って閉まっていることに不思議に思いつつも、さっき怒られたことが尾を引いているのか黙ったまま首を横に振りました。

「そう……」

 木村は訝しみつつもあまり気に留めませんでした。それよりも怖がらせてしまったのを申し訳なく思い、少しでも落ち着かせようと少し話してみることにしました。

「由比崎はどうして体育館の中に入ろうとしたの?」

「……」

 由比崎は聞かれても黙ったまま俯いています。

「・・・先生もう怒ってないから教えて欲しいな。またあのお友達と遊んでいたのかしら。」

 由比崎は俯いたままこくりと頷きました。木村はその友達を探そうと周りを見渡しました。しかしそのお友達は見つかりませんでした。

「そのお友達、ゆうこちゃんだっけ?ゆうこちゃんはどうしたの?」

 由比崎は顔を少しあげ木村と同じように周りを見渡します。そしてゆうこちゃんがいなくなったことに気がついたのか少し目を開き、あれっ?と声を漏らしました

「さっきまでいたんだよ。ほんとだよ」

 由比崎は木村に伝わるようしっかり目を見て言いました。木村はわかったと頷きました。

「ゆうこちゃんとは何をしていたの?」

「かくれんぼ!」

 よほど楽しかったのかひなは大きな声で答えました。

「あのね、ゆうこちゃんすごいんだよ。すっごく上手なのあたしを見つけるの。あたしがもーいーよって言った途端すぐに見つかっちゃって、思わず叫んじゃった。」

 そういう由比崎はとても楽しそうで木村は嬉しくなりました。由比崎はもう笑顔を取り戻しいつもの調子です。木村は安心してもう少ししたら帰ろうとそう考えていたときでした。

「あれ?」

 ずっと気が付かなかったのですが、由比崎の足をよく見ると痣のような少し色の変わってる部分があるのを見つけました。

「由比崎さんその足の痣みたいなのってどうしたの?怪我でもしたの?」

 木村は心配になり由比崎に近づき、足を見ようとしゃがみました。由比崎も木村に言われて気がついたのか、自分の足を見ると少し驚いたように口を少し開けました。足の痣をみていみるとどうにもアキレス腱側の方が痣がひどいとわかり少し顔をずらして見てみました。

「えっ?」

 木村は思わず声を出ましてしまいた。痣の形が余りにも異様だったのです。それはどう見ても手形でした。これは自分で怪我をしたからと言って付くような痣ではありません。

「この痣はどうしたの?」

 木村は痣の形のことは触れずに聞きました。

「ん――・・。かくれんぼしててみつかるときに両足を掴まれたの。多分その時についたと思う」

 由比崎は確証がないのか中空を見上げながら答えました。

「そう………」

 木村は由比崎の言っていることに不可解さを覚えました。小さな少女が足に痣ができるほど強く握れるだろうか。かといって由比崎が嘘をついているとも思えません。ゆうこはいったい何者なのか。その疑問が木村の頭をよぎります。

「由比崎さん、ゆうこちゃんって何組かわかる?」

「んーーーそういえば知らないや」

「次会ったら聞いてくれないかな。先生もゆうこちゃんと話してみたいし」

「うんわかった」

 由比崎は大きく返事をしました。



 1週間程度がった日の放課後です。由比崎は教室で絵を描いていました。木村は教室に残っている由比崎に話しかけました。

「由比崎さん足の痣はもう治ったの?」

 由比崎は自分の足を一瞥して答えました。

「うん、もう次の日には治ってたよ」

 木村はゆうこについて尋ねてみました。

「今日はゆうこちゃんと遊ばないの?」

「うーんそれが会いに来てくれるときと会いに来てくれないときがあって、今日は来てくれないの」

 由比崎は絵を描く手を止めて木村の顔をみて寂しそうに話しました。

「あ、そうだ!ゆうこちゃんね3組って言ってたよ。先生前ゆうこちゃんのクラス知りたいって言ってたよね」

 由比崎は嬉しそうに教えてくれました。

「ありがとう。それじゃあ先生もいつかゆうこちゃんと会ってみようかな」

木村は折を見てゆうこに会ってみようと思いました。



 次の日由比崎は体育館の横の生け垣で絵を描いていました。するとゆうこが声をかけてきました。

「今日もかくれんぼして遊ぼ」

 由比崎は誘われたのが嬉しくなりうんと大きな声で頷きました。

「いいけどこの前はなんでいなくなったの?」

 由比崎はこの前かくれんぼで遊んだ時のことを聞きました。

「先生がきたからよ。あたし先生嫌い。だって助けてくれなかったもん」

 ゆうこは嫌な事を思い出したのか顔をしかめて言いました。由比崎は言っている意味が分からず黙ったまま首を傾げました。

「そんなことより速くかくれんぼしよ」

 ゆうこは笑顔になり話題を戻しました。

「わかった。今日は誰が鬼をやるの?」

「あたしがやるよ」

 またも言下に言われてひなは少しびっくりしました。そしてすぐに数を数え始めました。ひなは辺りを見渡しました。その光景に由比崎は少し怖くなりました。今回はいつも絵を描いていた場所を体育館を挟んで裏側にいきました。そこには低木が植わっています。由比崎は低木と体育館の子供一人がやっと通れる隙間に隠れることにしました。するともーいーかいとゆうこの声が聞こえました。由比崎はもーいーよの返しました。その刹那、

「みーつけた」

 由比崎が顔を上げるとそこにはゆうこの顔がありました。鼻と鼻がひっつくぐらいの距離です。

「わっ!!!………びっくりした」

「どう?すごいでしょ。ひなちゃんのことなんてすぐ見つけられるんだから」

 ゆうこは見つけられたのが嬉しいのかにっこり笑っています。由比崎はどうしてこんなに速く見つけられるのかがわかりませんでしたが、ゆうこの凄さが上回ってあまり気になりませんでした。

「ひなちゃん、苦しかった?」

 またです。この前も同じ質問をしてきました。由比崎は今回も意味が分からず困惑しました。

「ゆうこちゃん、どういうこと?」

「じゃあもっかいしよっか!」

 ゆうこは由比崎の質問を無視して提案します。由比崎はなんだか怖くなりました。しかしかくれんぼは楽しいのでもう少しやろうかなと思い、受け入れました。

「・・・うんいいよ。じゃあ私隠れるね」

 由比崎はいつもの傾向で隠れる側を宣言しました。

「うん!」

 ゆうこは笑顔で答え、数を数え始めました。由比崎は隠れる場所は求めて走りました。すると体育館が開いているのが見えました。この前先生に入ったら駄目だと注意されて入ることを諦めようと思いました。しかしゆうこに勝ちたい思いが強まり、体育館の中だったら勝てるんじゃないかと思いました。しっかり周りを見て誰もいないことを確認しました。扉をゆっくり開けてすぐに入ります。そして音が鳴らないようそっと閉めました。

「ふう……。これで大丈夫」

 由比崎は見つからなかったことに安心しました。体育館の中は外と違ってひんやりしています。少し肌寒いのか由比崎は両腕をさすります。靴を脱いで靴下の状態で体育館に上がりました。隠れ場所を探そうと歩き回るとトイレがあったのでそこに入りました。奥に進んでいくと個室があったのでそこに入り鍵をかけました。これで見つからないぞと由比崎は思いクスリと笑いました。するとゆうこのもーいーかいと聞こえました。由比崎はもーいーよと応えようとしました。しかしいくら見つからないと思っていても声を出したらバレてしまうかもしれないと思い、ここは何も言わずに隠れていようと思い返事をしませんでした。すると体育館にあるモルタル部分を歩くトタントタンと誰かが歩いてる音がしました。由比崎はびっくりしました。ここは放課後誰も入らないはずなのに誰かが歩いている。もしかしたら先生にはいるところを見られていて探しに来たのかもと思い、由比崎は怖くなりました。その足音はトイレに近づき入ってくるようでした。どうしようかと由比崎は考えましたがただ見つからないことを祈るしかありません。トタントタン。足音は次第に近づいてきて、由比崎が隠れている個室の前で止まります。来ないでと祈るばかり。するとどうしたことでしょう閉めていたはずの鍵が開いたではありませんか。ひなは目をつむり後ろを向いてしゃがみました。

「みーつけた」

 その声は聞き覚えのある声です。そうゆうこです。ひなは目を開けて振り返りました。

「なーんだゆうこちゃんか。よかったあ。先生かと思って怖かったよお」

 由比崎は安心してほっと息を吐きました。しかしここでなんで鍵を開けられたのかが気になりました。

「どうしてトイレの鍵開けられたの?」

「あたしがかくれんぼ強いからだよ。それより苦しかった?」

 また同じことを言われ由比崎は戸惑います。それよりどうやって鍵を開けたのかが気になります。考え始めると得も言えぬ恐怖感が由比崎の中で芽生え始めました。そういえばいつもすぐに見つけられる。まるで由比崎がどこにいるかわかるように。かくれんぼをするときも裕子はずっと鬼しか選ばず、何となくと変であると思いました。由比崎は無性に恐怖を感じ、ゆうこと二人きりでいる空間から逃げ出したくなりました。

「あっ、あたし今日早く帰らないと行けないんだった。……ごめんね」

 由比崎は目を泳がせながらゆうこを見ずに言いました。

「そうなんだあ………ふーーん。わかった。じゃあまた遊ぼうね。待ってるね。

 ゆうこは何か言いたげな雰囲気がありましたが、素直に由比崎の言葉に納得しました。

「う、うん………、じゃあまたね」

 由比崎は恐怖のためゆうこの傍を急いで通り過ぎて出ていきました。立ち去る直前由比崎は横目でゆうこの顔を見ました。そしたらどうでしょうゆうこは苦しいのか胸に手を当てて息を詰まらせているようでした。由比崎は心配になりましたが恐怖が勝り留まることはしませんでした。



 木村は職員室で2年3組の名簿を見ていました。するとどうでしょう。そこでゆうこという生徒を見つけられないのです。木村はどういうことだろうと悩んでいると、隣に座っている鈴木が話かけてきました。

「木村先生どうかしましたか?」

 鈴木はおっとりした声で聞きました。鈴木はこの学校で20年以上も勤務している男性教諭です。

「いえ、たいしたことじゃないんですけど。少し気になることがあって」

「ほう・・それはどんなことですか」

 木村は話すか少しためらいましたが、せっかく聞いてくれたこともあって話すことにしました。木村は由比崎がいつも遊んでいるというゆうこのこと、その裕子の名簿がないことを話しました。すると鈴木は少し顔を強張らせました。しかしすぐに元の顔に戻り笑って答えてくれました。

「おそらく学年が違うんでしょう。しかもクラスも本当にあっているのかさえ分からないですよね。ゆうこさんは間違いなくいると思いますよ。ええ間違いなく・・・」

 鈴木はゆうこはいると固く信じているようでした。

「そうですよね、どこかのクラスにはいますよね。また由比崎さんに聞いてみます。ありがとうございました」

 木村は鈴木に向かって頭を下げました。鈴木は笑顔で会釈してそれに答えました。



 翌日、由比崎は昨日のことが気になり放課後体育館の側で座っていました。昨日は恐怖を感じたせいでその場から逃げ出すことしか考えられませんでした、が落ち着いて考えたらゆうこに悪い事をしたと思い謝ろうと思ったのです。体育館で遊ぶときはいつも来てくれるので待つことにしました。

「ひなちゃん、あそぼ」

 いつのまにかゆうこちゃんが来ていました。

「あ、ゆうこちゃん。あの………昨日はごめんね。すぐ帰っちゃって」

 由比崎は恥ずかしいのか指遊びをしてもじもじしながら謝りました。

「ううん。全然いいよ。今日もかくれんぼしよ」

 ゆうこは本当に気にしていないようでした。由比崎は安心して昨日のお詫びも兼ねて全力で遊ぼうと思いました。

「わかったじゃあ隠れるね」

「うん」

 そしてゆうこ笑顔では数を数え始めました。由比崎はどこに隠れようかと考えましたが、一つ思い当たる場所がありました。それは体育館です。由比崎はなぜか今日もいつもは開いていない体育館が開いていると思ったのでそこに隠れようと体育館を目指しました。案の定扉は開いていて入る事ができました。靴を脱いで靴下で上がります。昨日トイレに隠れたとき、いつもより見つけられる時間が長かった事を思い出し、体育館のもっと見つけにくいところに隠れたら見つけられないのではないかと考えました。由比崎は体育館の中を見渡しながら歩くと体育倉庫を見つけました。近づいてみるとこの扉も開いていました。

「よしっ、ここに隠れよう」

 小さな声で言います。由比崎は体育倉庫をに入り音を立てないように扉を閉めました。どこがいいか倉庫の中を見渡します。中には跳び箱、ボールがたくさん詰まったボールカゴ、体操用マット、体育の時間に使う道具がいっぱいありました。そこでひなは隠れるのによさそうな場所を見つけました。そこはマットの中に隠れることです。マットの中に入れば体全体が覆われ見つからないと考えたのです。由比崎はマットに近づきマットの隙間に足を入れて中に入っていきました。少し重いと感じたが1枚分だったらなんとか大丈夫そう。これで体を全部隠すことができる。今回も由比崎はクスリと笑いました。しかしマットは以外にも重いためあまり心地良い場所ではなかったのです。

「もーいーかい」

 その時ゆうこの声が聞こえました。今回も由比崎は返事をせず隠れることに専念しました。トタントタン、するとやはり前回同様体育館を歩く音が聞こえ始めました。由比崎は体を力ませ縮こまりました。その音は由比崎のいる体育倉庫の前で止まりました。扉が開くと誰かが入って来た気配がありました。由比崎はゆうこが入ってきたと思いました。ですがこの前となんだか感じが違うのです。空気が急に重くなったように感じ凄い不安感が迫ってきました。ですが見つかるわけにいかないので出られません。見つからないように頑張ろうと思い直したその時です。側に立てかけてあったマットが由比崎が隠れているマットの上に倒れてきました。

 ドダダーーン

 由比崎のマットの上に4枚のマットが降ってきました。その重量はかなりのものです。その下にいる人のことを考えると苦しくなります。

「うっ……重いっ……はっ……どう…しよ…………息が……できない。ゆうこ………ちゃん………助けて………」

 ひな声にならない声を出しましたが、聞こえるはずもありません。ゆうこはその前で立ち尽くし満面の笑みで笑っていました。そしてその顔のまま言いました。

「やっと苦しそうだね」



 木村は由比崎が体育館に入っていくのを見ていました。この前注意したのにと思って今回も注意しに行こうと体育館に向かいました。すると、ひなに続いてポニーテールの少女が体育館に入っていくのをみました。

「もしかしてあれがゆうこちゃんかしら」

 木村は会えることが少し嬉しくなりましたが、それよりも先に注意しなければいけません。今回はもう少し厳しめに言うと思いました。体育館につくと中から物が落ちたような音が体育館全体に響き渡ったので、気になってそちらの方に行きました。そこは体育倉庫でしたがなにやら中に人の気配があるのに気が付きます。

「きっとあの二人だわ。ひなちゃん、ゆうこちゃん体育館は入ったら駄目ですよ」

 と言いながら体育倉庫の扉を開けようとしましたが、開けることができません。どういうことかと思い再度試してみますが同じ事でした。体育倉庫の鍵は通常開けっ放しにしてあるのです。

 うーーーー

 その時倉庫の中から口を手で押さえて思いっきり叫んだようなくぐもった声が聞こえました。

「どうしたの?大丈夫?調子でも悪いの?」

 先生は心配になり中の二人に呼びかけ必死に扉を開けようとします。その間にも中からうーうーと苦しそうな声が聞こえてきます。先生はどうしたらいいかわからず、叫びました。

「開けなさい!もしこれがいたずらなら先生凄く怒るわよ!今開けたら怒らないから」

 すると先生の言葉によるものか定かではありませんが、扉が勢いよく開きました。突然のことで先生は驚きましたが、狼狽えている暇はありません。すぐさま中を見渡すと声のするあたりがマットであることがわかりました。嫌な予感が頭をよぎりました。木村はすぐさまマットを上から順におろしていきました。そして2枚目をおろそうとしたときでした。

「おろしちゃ駄目だよ」

 先生の後ろから苦しそうでもありながら嬉しそうでもある声が聞こえました。先生は後ろを振り返るそこにはポニーテールの少女、ゆうこちゃんらしき少女がこちらを笑いながら見つめていました。

「あなたがゆうこちゃん?どうしてひなちゃんをたすけてあげないの?!」

 先生はゆうこちゃんの不気味な雰囲気に当惑させられながらもマットをおろしていきました。そして最後のマットをおろしました。

「せん、せい・・・しんどかったよ」

 由比崎はとても苦しかったようで体がぐったりしています。木村は由比崎をその場で寝かせました。その時です。

「おろしちゃ駄目だってば!」

 またもゆうこが叫びました。その瞬間先生の体は押し出され最後のマットの上に放り出されました。その瞬間今までおろしていたマットが空中から降ってきたのです。先生は降ってきたマットの下敷きになります。先程のひなと同じ状況になりました。

 うーーー

 木村もマットの中で叫びました。その声で意識がはっきりしたのか由比崎が起き上がりました。

「先生?えっなんで。せんせい、せんせーーー」

 由比崎は叫びました。木村がどうしてマットの下敷きになんているのかわからず困惑しています。木村はあまり力がなくそこから自力で出ることはできないようでした。

「どうしてこんな事をするの?!これゆうこちゃんがやってるんでしょ!はやく先生を助けてよ!」

 由比崎は直感的にわかっていたのかもしれません。これまでの不可思議な現象がゆうこの仕業であることを。ゆうこは責められてもずっと笑ったままでした。

「だってみんなが悪いんだもん」

「………いいから先生を助けてよーーー」

 由比崎はゆうこの言っている意味がわからずとにかく助けてと懇願しました。助けてと言う声は次第に震えていき、遂には泣き出してしまいました。

「はやくたすけてよーーー」

 由比崎はゆうこにしがみついたまま床にへたり込んでしまいました。その時もゆうこは笑ったままです。

「苦しいよね、苦しいよね」

 ゆうこはただただこの言葉を繰り返すだけで何もしようとしません。木村は自分で脱出しようと試みていましたがどうにもうまくいきません。木村はなんとか体を持ち上げ顎を突き出す形で口をマットの外に出すことができました。しかし依然肺が圧迫されているためうまく呼吸はできません。

「ひなちゃん・・他の人を・・・呼んできてちょうだい」

 木村は言葉を詰まらせながら由比崎に助けてくれる人を連れてくるよう言いました。

「うん!わかった!」

 由比崎は大きな声で返事をして立ち上がり、体育倉庫の扉を開けようとしました。しかしいつの間にか開かなくなっていました。由比崎はまたゆうこのもとへいって縋りつきます。

「ゆうこちゃん開けてよー」

 由比崎は泣きながらゆうこに頼みます。このときもゆうこは由比崎の声がまったく耳に入っていないのかずっと笑ったままです。

「苦しいよね、苦しいよね」

 木村は呼吸がしっかりできないなか無理やり体を動かします。やっとの思いで顔を外に出すことができました。木村はこの状況をどう乗り切ったらいいか考えますが、酸素が回らないのかうまく思考できません。木村はとりあえず目を開けその先に見えた倉庫の壁を見ました。するとそこには倉庫内の電気のスイッチの横に火災報知器がありました。始めは認識すらしていませんでしたが、そこを見つめながら解決策を思考するうちに何かをひらめきました。

「由比崎さん!あそこにある赤いボタンを押して!」

 木村は渾身の力を振り絞って叫びました。由比崎は木村が見ている方へ走っていきボタンに手をかけました。そこには{強く押す}という文字がかいてあります。

「じゃあ押すよ」

「ダメ―!!!!!!!」

 由比崎が押そうとするとゆうこはあらん限りの声をだして、それをやめるように言いました。しかしその時には由比崎はボタンを力強く押していました。それに伴い体育館全体にジリジリジリと大きな音が響き渡ります。するとどうでしょう、さっきまで開けることができなかった扉が開くようになりました。気がつくとゆうこの姿も見当たりません。そのことが気になりましたが、由比崎は木村を助けてもらおうと走って他の先生を呼びに行きました。



 あれから一ヶ月が過ぎました。木村はあのあと火災報知器によって駆けつけてきた先生達よって助けられました。そのときには意識はありましたが念の為病院に行くことになりました。災報知器ということで消防が来る羽目となりましたが、あまり大きな問題にされず、学校生活は以前のまま何も変わることなく送られています。木村はマットに挟まれた本当の理由をほかの先生達には話しませんでした。何かのはずみでマットが倒れてきて挟まったという無理矢理な理由で納得させてもらいました。ひなはあれから体育館の側で絵を描いたりしていますが、ゆうこが現れたことはないそうです。それは木村があの出来事から毎日体育館に献花をしているからなのでしょうか。

 後日、木村は退院して次の出勤の時に鈴木から話しかけられました。

「木村先生ちょっといいですか。今回の事故についてなのですが・・・」

 鈴木は言うのを躊躇っているのかどこか弱々しく話します。

「・・・もしかしてゆうこちゃんのことですか?」

 木村は鈴木の言いたいことを察して話を促します。

「ええ、そのことです。そのゆうこという子供に心当たりがあるので先生には話しておいた方がいいと思いまして。私はここに勤めてかれこれ20年になりますが、その間に1人の少女が死亡するという大きな事件がありました」

「えっ!!そんなことがあったんですか」

 木村は目を見開きとても驚きました。まさかそんな大きな事件がこの自分が勤めている学校で起きたことがあるなど、とても信じられませんでした。

「そうなんです。この事故はいまから10年ほど前に起こりました」

 鈴木の話は以下の通りです。ある日の放課後、2年生の生徒が男女5人集まって学校内でかくれんぼをして遊びました。そのうちの女生徒1人は体育館に隠れるため体育館に入りました。この事故が起こるまでは体育館は開いていたそうです。そして女生徒は体育倉庫にあるマットの間に隠れたそうです。その際何らかの振動があったのでしょう。その振動によって立てかけてあったマットが倒れます。少女にはどうすることもできません。おそらく始めのうちは力を振り絞って大きな声を出しますが、何分声はマットにより籠るため遠くには聞こえません。一緒に遊んでいた残りの4人はいつまでたっても出てこない友達を心配し、先生を呼びに行き一緒に探がしました。そして少女を見つけることができたのは隠れてから1時間が経った頃でした。その時には既に体は冷たくなっていたそうです。その時の女生徒の名前は深川ゆうこ。クラスは2年3組でした。

 木村は鈴木の話を聞いている間自分がマットに挟まっていた時の感覚を思い出しました。その感覚は大人にとっても恐怖になりうるものでした。

「そんなことがあったんですね・・・。では私たちが見たゆうこちゃんはその少女だと、そうおっしゃりたいのですね」

 鈴木はええ、と相槌を打ちました。

「そしてねえ、その事故が起きた後から放課後に体育館に入る生徒がちらほら出てきたんですよ。放課後には鍵を閉めているはずなのにおかしいなあって先生達の間で話題になったりしましたよ」

 鈴木は過去のことを思い出しうんうんと頷きました。

「しかしねえこれまでこのような事故になったことはなかったんですよ。体育館に入った生徒に聞いてみても、特に怖い思いをした人はいなかったように思います。だからこの前木村先生がゆうこちゃんの名前を出したとき、いつものことだなと思って今回も何もないだろうと楽観していたんです。本当に申し訳ない限りですが・・・」

 そういう鈴木は肩を丸め少し落ち込んでいるように見えました。

「いえいえ、誰が悪いというわけではないと思います。なのでそんなに謝らないでください。この話をして下さっただけで今回のことを納得することができたのですから、こちらがお礼を言いたいぐらいです」

 そういい木村は軽く頭を下げました。鈴木はばつが悪そうな顔をしましたが、姿勢をもどして顔を上げました。木村はこの話を聞いてから体育館に献花するようにしました。そして由比崎さんに聞いてみるとそれからゆうこには会っていないというのです。

「由比崎さん今日は何の絵を描いているの?」

 木村は久しぶりに体育館の生垣で絵を描いている由比崎に話しかけました。

「この赤い花だよ。きれいでしょ。」

 そう言って手に持っている赤い花を見せてくれました。

「ほんとだ。とてもきれいだね」

 木村は由比崎の周辺を見渡して赤い花を探しました。

「由比崎さん、この赤い花はどこで見つけたの?この辺りにはないようだけど」

 由比崎は絵を描く手を止めて木村の方を見て答えました。

「ゆうこちゃんからもらったんだよ」




終わり

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