⭐︎Future(ツチノコで分岐する未来と自分会議)
1
「失礼するぜ」
ガチャリと鍵を回す音がして、見知らぬ男が部屋に入ってきたものだから、俺はすっかり慌ててしまい、カップ麺に注ごうとしたお湯を足にかける。飛び上がって叫んだ。
「熱い!!誰!?」
三十代だろうか、汚れた服を着た不潔な男は、指で鍵をクルクル回すと、笑みを浮かべた。口角に、無精髭が目立つ。
「俺は、お前だよ。十年後の未来からきたお前だ」
「信じられるわけないだろ」
こんな未来なんて、信じたくもなかった。男は素知らぬ顔で、口笛を吹く。
「そうだな。お前の初恋は、中二。隣の席の愛ちゃんだ。違うか?」
誰も知らない秘密なのに。固まる俺に、な?と目配せし、十年後の俺は話を続ける。
「今から、お前は人生を左右する
逃してなければ、今頃、俺は…」
十年後の俺が、言葉を詰まらせる。
「その
十年後の俺は、どっかりとソファに座ると、ボサボサの髪をかきあげ、鋭く俺を見つめた。
「ツチノコさ。
アレを捕まえていれば、俺は大金持ちだった」
2
検索したところ、ツチノコは、日本生息の未確認動物(UMA)であり、目撃情報によれば胴が太い蛇に似た姿だという。
「これで、本当にそんな大金が?」
半信半疑で尋ねる。懸賞金も一応あるが百万円程度だ。
「懸賞金は正直さほどだ。
だが、それ以上に、マスメディアやSNSで知名度が跳ね上がり、仕事とモテが大量に入る。
とにかく、今から2時間後、公園の叢にツチノコが現れる。絶対に捕まえろ!」
十年後の俺は言い放つと、「グラドル、金、グラドル」と繰り返した。
はあ、と溜め息をつき、落ち着いてもらおうと珈琲を淹れる。
窓の外に、人影が見えた。
3
「鍵がかかっていたので、窓から失礼するぜ!グハァ」
バリバリバリンという音とともに窓が割れ、見知らぬ男が部屋に入ってきたので、俺はまたしても慌てふためき、淹れたての珈琲を自分にぶちまけてしまう。
「熱い!!なんで律儀に鍵閉めたんだよ!誰!?」
十年後の俺が「す、すまん…不用心だし」とモゴモゴと真っ当な弁明をしている横で、謎の侵入者が名乗りを始める。
「俺は、二十年後の未来から来たお前さ。
愛ちゃんに好きな人がいるか尋ねて、『え?てか誰!?』と返されたときは悲しかったよな」
忘れていた黒歴史が掘り起こされ、コイツもまた、未来の俺であると認めざるを得ない。
「何が目的だ?」
二十年後の俺は、入院着をはだけ、痛々しい傷痕を見せると、ふぅ、とベッドに横になった。
「お前ら、ツチノコを捕るつもりだろ?やめとけ、後悔するぞ?
見ろ!俺の身体!!全部、ツチノコにやられたんだ!グハァ」
グハァと吐血しながら晒された上半身は、たしかに酷い有様であり、俺も十年後の俺も、「うわぁ…」と口に手を当てる。この身体で窓を割るべきじゃないだろ。
「ツチノコのやつ、めっちゃ跳ぶし、噛むし、なんか知らねえけど火を吐くしで、もう意味わかんねぇんだ。
絶対やめとけ!」
二十年後の俺の剣幕に押され、とりあえず落ち着いてもらおうと、白湯の準備をする。
十年後の俺は、「グラドル、瀕死、グラドル」と呟いており、心が揺れているようだった。
窓の外に、再び人影が見えた。
4
「鍵は開いてたけど、窓から失礼するZE!
愛ちゃんと先生がホテルから出てくるのを目撃した夜は、脳が壊れそうだったよNA?」
バンバラバラの音とともに、もう一枚の窓が割れ、陽気な男が入ってきたものだから、俺は多少は慌てたが、すでに慣れ始めていたこともあり、準備中の白湯は、俺ではなく、十年後の俺にぶち撒ける。十年後の俺が嘆いた。「熱い!!鍵はちゃんと開けたのに!」。
「記憶から消していたのにぃぃい!!誰!?いや、何年後の俺!?」
陽気な来訪者は、サングラスをカチャリと持ち上げると、太い指を俺に向けた。
「俺は、三十年後の未来から来たお前SA。窓はスマン」
三十年後の俺は、虹色に染めたアフロを揺らしてステップを刻む。すでに割れてる窓があるんだから、せめてそっちから入れよなあ。
「こんな
十年後の俺がボソリと溢す。俺も頷く。いや、十年後の俺な未来も嫌だわ。
俺たちの冷ややかな視線を気にする素振りも見せず、三十年後の俺は華麗なターンを決めた。
「とにかく。ツチノコ、捕まえに行けYO!」
「馬鹿か!?あんな危険生物!殺されるぞ?グハァ」
二十年後の俺が、ベッドに血を吐いた。勘弁してくれ。三十年後の俺はチッチッと人差し指を左右に振る。
「俺の身体を見ろYO!綺麗なもんだろ?」
二十年後の俺の悲惨な姿とはまるで違う。傷ひとつない。いや、正確には割れた窓ガラスによる傷があるのだが、異常な速度で塞がり、すでにほとんど回復している。
「俺も苦しんだSA。
でもな、傷口から混じったツチノコ成分が、俺の細胞と化学反応したんだYO。
このツチノコ細胞は、どんな傷もすぐ治す。
コイツを培養したものが世界中の病院で買われて、今や大金持ちで偉人ってワケだNE」
「マジかよ」
ポンと肩を叩かれ、振り向くと、二十年後の俺が笑顔で立っている。
「窓を直すためにも、ツチノコ細胞で稼がないとな。グハァ」
うるさいな。最初に窓を割ったのはお前だろ。
十年後の俺はどうかと思えば、「ツチノコグラビア細胞かぁ」と、すっかり夢見心地だ。
その彼の頭上に、光る円盤が現れた。
5
「ホッホッ、頭上から失礼致す。
"転送"ついでに窓は直しましたぞ」
謎の老人に突然踏みつけられた十年後の俺が悲鳴をあげているが、俺の視線は窓に向く。
たしかに、窓は元の状態へと直されていた。
「初の良い人だ。何年後の俺ですか?」
「ホッホッ、四十年後の未来から来た貴方じゃ。
念の為、愛ちゃんに送った恋文を、窓に転写しておきましたぞ」
見れば、虹色の激レア演出に輝く窓が、俺の痛ポエムをプロジェクションマッピングしている。
前言撤回。何が念の為だ。全然良い人じゃない。
「ホッホッ、とにかくツチノコは殺しなされ」
四十年後の俺の暴言に、他の俺が次々と反論する。「グラドルはどうすんだ!」「不死身だZO」「グラドルツチノコ細胞!」。いや、ほぼ十年後の俺だな。
「グラドルツチノコ細胞…。
あれこそが、世界崩壊の引き金だったんじゃ」
四十年後の俺が遠い目をして語り始めた。
「あの細胞はどんな傷も治すがな、脳は違う。
歳をとるにつれ、みな、徐々に人間の意識をツチノコに乗っ取られてな。
世界中が、人を襲い、喰らう、不死身のツチノコ人間で溢れるようになったのじゃ!」
二十年後の俺が震え上がる。
「世界を救え!ツチノコを殺すんじゃ」
6
結局、未来の俺たちは激しく言い争ったあとに、まず、ツチノコ捕獲派が部屋を飛び出し、続けて、それを止めようとツチノコ殺害派も飛び出した。
俺は、ようやく一人になった部屋で珈琲を啜り、考える。
彼らは、未来を
未来と過去が互いに影響する、
因果を悪戯に弄び、自らの尾を食べ尽くしたウロボロスがツチノコになる、そんな妄想が膨らむ。
ふと、何かが飛び跳ねていることに気づく。
どこから侵入したのか、ツチノコがいた。
脳内で、未来の俺たちが喧嘩を始める。
誰が正しいのだろう。或いは、他の未来もあるのだろうか。
いずれにせよ、今、俺は未来の分岐点に立っている。ツチノコの上で、分岐した未来が八岐大蛇のように浮かび、揺らめいた。
さて、どうしよう。
二度寝と白昼夢 真狩海斗 @nejimaga
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