EXIT

めいき~

ババアが少女に渡したもの

それは、小さな窓が一つの屋根裏で。

今日も、ボロボロの体を横たえていた獣人の少女が一人。


彼女の世界はとても狭く、生まれた時からこの屋根裏が居場所だったから。


親も兄弟も友達もいない、月光だけが帯の様に入ってくる窓で。

囚人がテレビをみて、思考力を失っていく様に。


今日という日を生きて、年を重ねていた。

中身なんて変わらずに、ただ毎日ゆっくり変わる星空を見ていた。


死ぬまで、変わらない毎日が来るのかなと。

雨が、天井を叩く音が煩く。日差しが入れば蒸しサウナの様な、小さなこの場所で。埃にまみれて、布団もなくかける布は一枚きり。



汚れたら、外で水を被る。

勿論、夏はいいが冬もだ。



夏は外に水を置いておけば、温まってお湯になり熱すぎて。

冬は凍って、水が一滴も落ちてこない。


何をしたらいいかも判らない、ただ貧困と孤独があるだけだ。

弱いものが叩かれて、憂さ晴らしの的になるだけ。


たった、それだけの事じゃないか。


少年の様な体形だって、ガリガリだって。

つける脂肪なんて、どこにもありはしない。



ずっと、ずっと同じ日を繰り返して。



燃えるような思いを抱く事もない、恐れる様な恐怖もありはしない。

今日という日が終わって、明日という日も終わって。


いつか、自分も終るだけ。


そう考えれば、自然と表情は消えていくもの。


家の下では、人間の家族が今日も笑顔でチキンを食べている。

昨日は、サラダ。その前は、シチューだった。


自分のご飯は、ずっと同じ黒いパン。

黒パンの様な硬いパンじゃない、ダメになった食パンは黒くなる。


廃棄された、それを今日も涙をこぼして食べるだけ。

下の家族には愛があり、仲間がいて。


美味しいモノを毎日食べているが、自分にはない。


彼女は思う、お前らに何が判るんだと。

クビになったから、転職だなと頭をかく父親。

それを、応援する少年。


母親も、父親もちゃんといる。

仕事だって探せばあるし、風呂も飯もある。


私にはないんだよ、そんなもの。


私は、獣人だからないんだ。

私より、恵まれた奴を探す方が難しいんだ。


私だって、他の獣人が屋根の無い所で寝てる事位は知っている。

かける布があるだけ、マシだという人もいるだろう。


それでも、笑い続けなければならない。

それでも、動き続けなければならない。


それが、お前らに判る訳が無い。


椅子に座って、ただ座して食事が出来るだけで私より上等。


私から見れば、ブラックにしか見えないさ。

世の中が、その全てがだ。


彼女の人生が変わったのは、手を差し伸べた人が居たからだ。

仮に、手を伸ばす人が居なかったなら。


きっと彼女の居場所は、まだ天井裏だったはず。


「眼が死んでねぇってのがすごいねぇ、他の連中は、ただ生きて死んでる奴らばっかりだ。己が世界で一番不幸だと、不幸自慢でもしてんのかい」


老婆は言った、笑止だと。


死んでないなら、立てるじゃないか。戦争行けば人が死に、働いたら心が死に。

死んでないなら、歩けるさね。足が変な方にねじ曲がって折れてる訳でもあるまいに。


「歩けない奴だけ死ねばいい、性別も歳も種族だって関係ない。私も似たようなもんだったから、アンタに道具をあげるよ。ただじゃないけど、便利な道具をね」


「その道具を使えば、私は変われますか?」


その返事に老婆は笑う、高笑いが響いた。


「変われないねぇ、変われる訳が無い。私があげるのは道具だ、変われるかどうかはアンタしだいさね。アンタが、変えようと思って変わるんだ。道具貰って中身まで変わったらそりゃ道具じゃないねぇ」


障害がありますって、息ができないとかなのかい?アルビノみたいに、日光の下にいるだけで血液が沸騰すんのかい?そんなわきゃないだろう。


そういう、どうしようもないのを除いては。甘ったれのしみったれじゃないか、そんなの。雇ってくれる場所がないなら自力で歩けばいんだよ。自力で歩く為に、学ぶんだよ。誰かの仕事を便利に片付ける為にやるんじゃない。学歴が、一生飯食わしてくれんのかい?


金や権力は食わしてくれるかもしれないが、学歴なんて名札以上の価値はないさね。私を見てごらんよ、技術も学問も修めちゃいるがみすぼらしいクソババアが一匹いるだけじゃないか。



「だから、アンタが変わりたいというのなら。自分の力で変わるんだ。いいね?」



ババアはそういうと、彼女を屋根裏から連れ出した。


「大人はみんな狡くて嘘つきで、クソみたいな連中さ。もちろんワシもだ。契約書見てみなよ、争う場所は都会だってさ。田舎に住んでたら争わせる気すらないじゃない。汚いだろう?そんなもんさ、足元みては搾取する連中ばっかりさ」


お嬢ちゃんになら判るはずだ、恋も、夢も、素敵な世界も。助け合う素晴らしい仲間だって世の中にはあるだろうさ。だけど、ワシらみたいなものはその世界をまるで天井裏の板一枚はさんで覗き込むのが精いっぱいってもんなのさ。


(そんな、チャンスがないものなんか履いて捨てる程いるんだよ)


ワシはね、もう先も後もないからこそ。誰かに全てを預けてから死ぬ、その誰かがアンタになっただけだ獣人の嬢ちゃん。ワシの拘りは渡すとこまで、渡しおわったらあとの事なんざ知らないね。ただ、人を憎み続けてきたから人にワシの道具を使わせるなんてまっぴらさ。


「マヌケに、取られるんじゃないよ。化けて出てやるからね」


それが、彼女の世界に太陽の光でも、月の光でも、星の光でもない。


希望の光が、降りて来た日の出来事。




(おしまい)

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