第43話 盗賊団


盗賊団に襲われた場所は見通しの悪い岩山の間。積荷を狙い隠れて待ち構えていたのだろう。盗賊たちは十人以上はいるだろうか。武装し隊商を取り囲んでいる。


出発前にイスハークが盗賊団の出没が多発していると懸念を示していた。案の定こうして襲撃されたわけだが、一応ここが王都へ向かうルートの中では一番安全な道らしいので致し方ない。


「ひっ、ひいぃ!!」

「積荷を守れ!!」


ジェハールが荷台を降りると、隊商の若手達が盗賊退治に応戦していた。こうした危険も伴う旅だからか、腕の経つ人間が用心棒として所属しているらしい。剣を片手に必死に積荷を守らんとしているが、いかんせん数が多い。


その戦いの様子を天幕の隙間から覗き見る。一人の初老の隊員に盗賊が迫る。瞬時に駆け寄ったジェハールが、カキンッと盗賊の剣を短剣で弾いた。


「​あっ。ジェ、ジェハールどの……!」

「下がってていーよ。俺がやる」


チャキ、とジェハールが短剣を構える。魔法は使わないのだろうか。彼がこうして剣を構えているところは初めて見たかもしれない。


ジェハールはくるりと器用に指で柄を回すと、先程剣を弾いた盗賊の左胸を刺した。


盗賊の心臓を一突きしたジェハールは素早く短剣を引き抜き、ピッ振って血を落とす。盗賊はその場に倒れた。あまりにも一瞬の出来事に、頭が追いつかない。


「……え」

「これはこれは、見事な手際ですね」

「し、死んだの?あの人」


目の前で人が死んだ。それも仲間のジェハールが絶命させた。その事実に動揺が隠せない。


「心臓を刺されれば生きてはいないでしょう」

「……そ、……そう、だよね」


ルクリエディルタは冷静に戦況を見ていた。しかしすぐに私の顔色に気づいたのか、その表情を曇らせる。


「!姫様、お顔色が」

「だ、大丈夫。……ごめん、びっくり、しちゃって」


ジェハールは次々と盗賊をなぎ倒していく。身体強化を使っているのか、岩場を蹴り高く飛び上がる様子が見えた。軽々と身体を翻し、盗賊達を翻弄している。よく見ると"天賦の魔法"も使っていた。相手の影を踏むことで動きを止めることが出来るらしく、静止させた上で紐状の影を絡ませ足の自由を奪い、ほぼ一撃で急所を突いている。


「あんなに、一瞬で」


人の命が消えていくなんて。死を目の当たりにするのは辛いのに、あまりにも鮮やかな動きに何故か目が離せなかった。


「……ッ」


ジェハールの手により、たった数分で方が付いてしまった。気づくと十人程いた盗賊達は、みな絶命し血に伏していた。あちこちに血溜まりが広がっている。


しん、とその異様な光景に静寂が満ちる。


「強い」と、呟いた誰かの声を皮切りに、わっ!と隊商の皆の歓声が上がった。怪我人は出たが死者はなく、大事な商品も馬も無事だった。イスハークがジェハールに駆け寄り何度もお礼を言う姿が見える。危機の過ぎ去った安堵に涙を流す者もいた。


ただ、その様子を見ても彼らと同じように喜ぶことが私には出来なかった。


ジェハールの行動は正しい。警察なんてものもいないし、捕縛したところで連れていけやしない。この場で生かすメリットもないのだろう。隊商を守りつつ盗賊片付けるというのは、イコール盗賊団を殺すこと。犯罪者とはいえ何も命を奪うことはないのに。などと、一瞬頭に思い浮かびはしても口出しする権利はない。


「姫様」

「ごめ、……ちょっと、吐きそう」


理屈は頭では解るが、人が人を殺す瞬間を初めて見たのだ。冷や汗と動悸が止まらなくなって、嘔気に思わず口元を押えた。呼吸が乱れ震える私の手を、ルクリエディルタが握った。


「​あ゛~、疲れた。全部片付けたから話の続き​───お嬢さん?」


盗賊を見事退治し荷台に戻ってきたジェハールは、私の様子を見てピタと動きを止める。きっと、今の自分は酷い顔色をしていると思う。


「……お、つかれさま、ジェハ」


たった一人で隊商を守ったジェハールを労わんと、そう振り絞って言葉を吐く。ジェハールは目を丸くし固まり、すっと私の前に屈みこんだ。


「ごめん」

「え」

「ごめん。恐がらせた」


あ~と唸りながらジェハールが手のひらで自身の顔を覆う。そして、ごめんと再度呟いて顔をゆっくり上げた。


「……アンタのそういうの、考えてなかった。その反応じゃ、こういうの初めて見たろ」

「……う、ん」

「しかも殺ったの俺って……悪い、恐かったらしばらく近づかねぇから」

「え。いやあの、私、びっくりした、だけで」


ジェハールが恐いとかじゃない。と言うと、彼は眉を下げた。罪悪感のありありと滲み出た表情に、こちらが申し訳なくなってくる。やらなきゃやられる。自衛しなきゃ殺されてしまう。その状況で、盗賊を殺して始末したのは賞賛されるべき事なのに。


「……ジェハは守ってくれたんだから、謝らないで」


私の前世の感覚があまりにも平和ボケしていて、目の前の殺人に震えてしまっただけなのだ。その殺人だって、この場では正当防衛にすぎない。人が殺されたことはショックだ。それをしたのがジェハールだということも。


ここは前世とは違う世界だけど、国や地域によって治安が違うのなんて前世でも同じである。身近じゃ無かっただけで、こういう事も起こり得るのだときちんと認識しなければならない。


「驚いたし、人が死んだのが、恐くなかったって言ったら嘘なんだけど、でも、慣れるように頑張るから」

「いや、慣れなくていいけど。人殺しなんて必要ねぇならするもんじゃねぇし」

「……それもそっか」


段々と呼吸が整ってきた気がする。ジェハールの私を見る心配の目が少し和らいだ。顔色も大分戻ったのだろう。いつのまにかルクリエディルタも私の手を離していた。


「つーかアンタ前にアフマド燃やしてたからそういうの大丈夫だと思って油断してた」と言われ「誰だっけ」と返しながら思い出す。ジェハールとアルバラグで初めて会った日に絡んできた連中の一人である。確かに大火傷を負わせてしまったけど、殺すつもりなんてさらさらなかった。なるほど、あの場面を見ていたからそういうのに耐性があると思われたのか。


ふと、ジェハールと出会った瞬間を思い出す。


初対面と今とでは、彼との関係も大分変化があった。まだ接し方は手探りだけど、互いに信頼のようなものが芽生えている気がする。


「​───ジェハ。ありがとね、守ってくれて」


話を中断されたことへのブチ切れ出陣だったけど、結果として彼一人でトラブルを解決してしまった。深々と頭を下げると、彼は一瞬戸惑いの表情を浮かべ、ゆるりと口角を上げた。


「……どーいたしまして。一応昨日からアンタの正式な従者だしな」

「そうだった。私、昨日自衛しろって言われたのにできなかったや」

「俺とか毛玉で対応出来る時はしなくていいだろ。アンタが主だし、女だしガキだし、世間知らずだし」


めちゃくちゃに言われてるが全て事実なので何も言い返せない。ぐぅ、と眉を寄せるだけに終わった。私の苦々しい顔を見て、ジェハールはクッと愉快そうに笑う。顔が良いので笑顔が大変麗しい。


「ま、今後もお守りしますよ。お嬢さん?」


そんでそういうキザな台詞が似合うのずるいですね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月の箱庭より愛をこめて~異世界魔法見聞録~この世界が乙女ゲームだなんて聞いてません! 燈太 @ttoota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画