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@kakitai40

第1話

はあっと重いため息をつく。

練習ホールの客席に置いた楽器ケースにヴァイオリンを置き、

「まじで私、居ない方がいいな」

と奏は呟く。


夏休み中の今、奏の通う音楽高校は9月の演奏会に向けての集中練習中だった。

音符が酔うほどに敷き詰められたその楽譜には、もとの音符が読めないほど書き込みがされていた。

もちろん、奏が書き込んだ訳ではない。


オーケストラ(特にヴァイオリンの場合)は、客席から一番に見える側の席とその奥側の席がある。

お客さんから一番に見える席には演奏が上手い人を持ってくるのが常識だ。

奏は奥側の席。

そして、この楽譜に大量の書き込みをした奏の2つ上の先輩が奏の隣に座る。


その先輩についさっき

「ここ、音外れてたよ。あと、ここはもっと楽しんで…あ、あとそこの指使いは…」

と長らく指摘され、奏はこんな足引っ張るなら居ない方がいいなと呟いたのだ。


先に言っておくが、奏は別に下手なわけではない。

音楽高校のはしくれではあっても、小学一年生のときからヴァイオリンを初め、積み上げてきたものがしっかりある。

ただ、幼少期の練習頻度が2週間に1回程度であったということや、小6になってからようやく努力し始めたということは、小さい頃からやってて当たり前である(という屁理屈を押しつけてくる)音楽の世界で生きていく奏にとっては辛い現実なのである。

1人で弾くには十分の実力でも、誰かと一緒に調和できる音程で、なおかつ楽しんでというのは芋虫に縄跳びを跳ばせるのと同じようなことだと奏は思っている。


ここまで読んだ読者諸君は奏が音楽のことが好きではないのでは、と思ったことだろう。

もちろんそんなことはない。

しかし、それは真の音楽好きを、いや秀才を隣にして言えることではなかった。

奏は例の先輩のことをふと考える。


先輩は狂っているのかと思われるほど(これは褒め言葉である)音楽が大好きだ。少々キザな言葉をつかえば愛している、とも言えるだろう。

音楽高校に通っているなら当たり前ではと思ったあなたは、君は先輩の次の行動を聞いてもそう思っていられるだろうか?


①昼休みはご飯を食べずに学校にある練習室で練習している。


②朝は6時から来て1人で練習している。


③なんとヴァイオリンのレッスンで1度も怒られていないらしい。(本人に確認済み)

つまり、毎回完璧に弾いているということ。


④コンクールや演奏会の、奏者がもっとも緊張する局面でなんともまあ楽しそうな笑顔でノリノリに演奏する。


⑤そしてそのコンクールで全国2位をとる。


そう、先輩はとてつもなく音楽が好きな秀才なのだ。

人並み外れた努力ができる。だからこそ、奏はこの先輩が大の苦手であった。


テンションが高く、努力家で、とてつもなくヴァイオリンが上手い。

趣味は読書という、奏との共通点もあったものの、それ以外が日本とブラジル並みにかけ離れているため、全然馴染めずにいた。

そんな先輩に弾けてないところを指摘され、心臓と胃にきゅうっとくるあの感じは読書諸君にも分かっていただけるだろうか。


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