第三話『エクストラ・ステージ』

——決勝戦終了から数日後。


 リング上で遺伝子共鳴装置Mkマーク-65を使ってオットー・フェルトンを気絶させ、同時にパンチを叩き込み自らは優勝するという、ルイ・ジョーンズの目論見は見事に成功した。そしてクローン兵養成施設へと誘拐されたオットーは、遺伝子共鳴装置Mkマーク-66によって、半永久的にクローン兵として生きることを強いられていた。


 養成施設の中で生活する、大量のオットー・クローン兵。今は、この中にオリジナルのオットーも紛れ込んでいるというが、誰もオリジナルとクローンを区別できないだろう。


 そしてそこに……


 兄ニキータが駆けつけた!


「弟を誘拐したのは、どこのどいつだぁあああああ!!!!」

 バァンと、部屋の扉を勢いよく開けながらの、叫び声。

 その声の持ち主、つまりニキータは、クローン兵養成施設の中を、両目をかっぴらきながら見回している。

 目は、一人のひ弱そうな男一人のみを捉えた。


 テラノ博士だ。


「おい、動くな! 弟を! オットーに悪さしたのは貴様か!」

 ニキータは、テラノ博士に激しく駆け寄り、怒鳴りつける。

「ヒェッ! 私は依頼者からの命令通りに動いているだけなんです! 痛みつけても何にも出ませんよ? 見逃してください!」

 テラノ博士は崩れ込んで、手で頭を守るようにしながら、おびえている。

「そうか、雑魚なら、放っておこう」

「ああ、ご理解いただき助かります!!」

 そう言ってテラノ博士は、すたこらと、物陰に隠れた。

 すると、テラノ博士と入れ替わるようにして部屋の奥から……


 オットー・クローン軍団が、ゾロゾロと現れた!!


 同じ顔、背格好をした、筋肉ムキムキマッチョメンの兵隊だ。


「ああ、噂には聞いていたよ。前に弟が、人類最強の遺伝子を軍の研究機関に提供して一兆クレジットの報酬を得たって自慢してきたからな。まさか、こんなに大量のクローン兵が作られているとは……」


 立ちはだかる、オットーの壁。

 彼らは一人ずつ、礼儀良くも一歩前に出て、こう切り出す。


「自己紹介させてもらおう。俺がオリジナルのオットーだ!」

「いや、俺がオリジナルのオットーだ!」

「いやいや、俺がオリジナルのオットーだ!」

「違うぞ、俺がオリジナルのオットーだ!」

「ふざけるな、俺がオリジナルのオットーだ!」

「馬鹿言え、俺がオリジナルのオットーだ!」

「お前ら黙れ! 俺がオリジナルのオットーだ!」

「俺がオリジナルのオットーだ!」

「俺がオリジナルのオットーだ!」

「俺がオリジナルのオットーだ!」

「俺がオリジナルのオットーだ!」

 そして中には……

「俺は……オットーのだ!」

 と、ひねくれたことを言う個体もある。

 こいつは多分……同期に失敗しているのだろう。


 とにかく、こんな量の軍勢相手では、オリジナルとクローンの判別が、つくはずもない。なぜならば、遺伝子共鳴装置Mkマーク-66によって、オリジナルのオットーはクローン側に記憶を同期されてしまっているから、オリジナルのオットー本人を特定する情報を、誰も、引き出すことは叶わないし、またその結果、オリジナルのオットーは一種の洗脳状態に陥っているので、オットーの方から、自分が本物だ、とこちらに申し出ることができないからだ!! そして……


 オットー・クローンたちが、ニキータに次々と襲いかかる!


「腕が鳴るねぇ。忘れないでほしいが……俺は、ニキータ・フェルトンは、四年連続ボクシング世界チャンピオンだったオットー・フェルトンの、『アニキ』なんだぜ?? 舐めてもらっちゃあ、困るなぁ!!!!」


 ニキータは、オリジナルのオットーつまり弟と、そうではないと思われるクローンとを、野生の勘、あるいは兄としての勘で判別しているのだろうか、容赦なく、オットーの姿をした男たちを、バッタバッタとぎ倒していく。


 一体、また一体と、オットー・クローンたちが、山のように積み上げられていく。そしてついに………


 一人のオットーが残された。

 それは間違いなく、ニキータの実の弟、本物のオットーだろう。


「フッ。兄かなんだか知らないが、ひねり潰してくれるわ!」

 オットーらしき男はそう言って、ニキータ目掛けて走り出す。


「多分お前が我が弟なんだろうが……この様子だと、話しても通じなさそうだな。洗脳を解く方法は……」

「あ、ちょっとお兄さん? 遅ればせながら加勢を……」

 テラノ博士が、物陰からひょこっと顔を出して申し出た。

「なんだ科学者。言ってみろ」

「実は、そこのテーブルの上にある装置、、右側の一回り大きい方がオットー・クローンたちを操ってるんだよ!」

「おっ! あの装置か。わかった、助かるぜ!」

 不用心にも、テーブル上に放置されている、二つの丸っこい手のひら大のガジェット。右側にあるのが、目当ての、遺伝子共鳴装置Mkマーク-66だ。


 そんな間にも、最後のオットーは、ニキータに近づいていく。


 ニキータは装置を掴み取ると、

「オットー、今助けるからな。こんな忌々いまいましい装置……こうしてくれるわ!!!!」

 そう叫んで、片手の握力のみで、それを粉々に粉砕してしまった。


 走るオットーは、急に何かを思い出したかのように、立ち止まった。


「そこにいるのは、兄さん……なのか? 俺は今まで何を……」

 本物のオットーは、確かに正気を取り戻したようだ。

「オットー、お前はここ数日間、得体の知れない装置に操られていたのさ。だがたった今、それを破壊した。兄さんが、お前の兄、ニキータ・フェルトンがな!!」

 ニキータは、その勇敢な行動相応に格好つけて、決め台詞のように言い放った。

「そうか、兄さん……ありがとう!!」

「礼には及ばないぞ、弟よ!!」

 

 フェルトン兄弟は、熱い抱擁を交わした。


 が、落ち着いたオットーが周囲を見渡すと、

「って、何だこの山は!? 俺の死体が大量じゃないか!?!?」

 と、この部屋が自身のクローンでまみれていることに気がついた。

「大丈夫。急所は外してある。気絶しているだけさ。それに皆、人類最強のお前の体なんだ、そう簡単には死なないさ」

「あ! 今ふと思い出したが、さっき俺はなんとか一瞬、その装置とやらのパワーに打ち勝って、『俺はクローンだ』ってわざとふざけて見せたんだぜ? 兄さん、どうして気づいてくれなかったんだよぉ!」

「あぁ、そうだったのか。ごめん、気づかなかった。兄としたことが……」


 そんな兄弟水いらずのところに……


「フッ。兄弟愛というのは、凄いもんだな……」


 男の声。

 

 他でもない、ルイ・ジョーンズだ。


「「おいルイ、なぜここにいる!」」

 息の合った、兄弟の叫び。


「…………」

 ルイは返事しない。


「「わかったぞ! 黒幕はお前だな!!」」

 兄弟は、同じようにルイを指差す。


「まぁ、バレるよなぁ、そりゃ。白状するよ。オットー、お前がリングの上で気絶したのも、クローンと同期され洗脳されたのも、俺が、そこにいるテラノ博士に作らせた、装置のせいだ」

 ルイはそう言って、粉々になって床に散らばる装置の残骸と、隅にいるテラノ博士を交互に見る。

「ヒェーッ!! 私は悪くないんですゥ! だから……逃げますねーッ!」

 テラノ博士は、ちょこまかと、どこかへと消えていった。


「なるほど。オットーを連れ去ったバンのナンバープレートが偽装されていなかったから、素人臭いなとは思っていたんだ。案の定、ルイ、お前の仕業だったか。気絶したオットーを運んで行った救護班も、どうせお前が買収でもしたんだろうな……」

 ニキータは、頭では冷静なつもりだが、その両拳は、爪がり込みそうなほどに硬く握られている。


「そうか……事情は、だいたいわかった。なら改めて…………正々堂々、俺と勝負しろ!」

 オットーは、右の拳を胸の前にまっすぐと突き出してそう言った。彼の目には闘志の炎が宿っており、もはや遺伝子共鳴装置や試合の不正のことは頭になさそうだ。


「あ、そうだ。グローブなら、たくさんあるみたいだぞ?」

 ニキータが指差す方には、

 なぜか、グローブの山。

「はぁ、どうしてこんなところに?」

 オットーが、ひどく不思議そうに尋ねると、

 ルイが、

「この施設で、オットー、お前のクローンが戦闘訓練の時につけているんだ。あの時の試合のように青と赤ではなく、緑色だがな」

 と、ノリノリで答えた。


 こうして二人とも、緑のグローブを両手にはめ……


 対峙たいじした。


 するとニキータは、どこからともなく、手のひらサイズのストップウォッチのようなものを取り出して、

「俺が、時間を測る。三分間、一ラウンド制だ」

 と申し出る。


 \ピッ/

 と音がして、


 オットー・クローンの山を臨む、クローン軍養成施設の冷たい床の上で、決戦が始まった。


 オットーとルイは、

 焦ることなく、

 ガードも上げずに、

 互いに睨み合う。


 オットーに先に動きがあった。


 ふくらはぎと見紛うほどの両腕を上げて、

 その腕橈骨筋わんとうこつきんを盾とした。

 盤石なオットーの守り……


 おっとこれは、先日の決勝戦の第二ラウンドで見た光景だ。


 そこに、示し合わせたかのようにルイが飛び込む!


 ルイの、

 右フック。

 左フック。

 右フック。

 左フック。

 今回は全て、フルパワーである。


 全てガードで受けきるオットーには、効いていない。


 ここでオットーはやはり、反撃のニヤつき。


 オットーは、

 左脚をルイ側に出し、

 やや半身の姿勢、

 軽快なステップで、

 小刻みに、

 左右に触れ、

 ルイにじり寄っていく。


 ルイは前腕で守りを固める。

 

 オットーの攻撃!

 ジャブの連撃。

 右!左!右!左!右!左!右!左!右!


 ルイは冷静に受け切る。


 オットーの、

 牽制にしては強過ぎる速過ぎるジャブ大連撃! 

 右左右左右左右左右左右左右左右左右左右!!!!

 右左右左右左右左右左右左右左右左右左右!!!!

 

 胴に数発、左頬にも一発喰らいながらも、動じないルイ。 


 次にフックの往復ビンタ!

 左 右 左 右

 ルイの頭部が狙われている!

 そして往復フックの直後、

 強烈な右ストレート!

 

 ルイのガードがやや下がる。


「あと三十!」

 ニキータが、ラスト三十秒の鐘の代わりに、そう告げた。



【00:29:99】



 そしてオットー、

 またもやジャブアンドジャブアンドジャブ!

 左右! 左左! 右右!

 続いて立て続けの左右ストレートが、

 ボルトアクション式のライフルのように連続炸裂!

【00:28:98】 \パァン!/

【00:27:94】 \パァン!/

【00:26:97】 \パァン!/

【00:25:95】 \パァン!/

【00:24:97】 \パァン!/

【00:23:95】 \パァン!/

【00:22:97】 \パァン!/

【00:21:96】 \パァン!/

【00:20:96】 \パァン!/

【00:19:96】 \パァン!/

【00:18:96】 \パァン!/

【00:17:96】 \パァン!/

【00:16:96】 \パァン!/

【00:15:96】 \パァン!/

【00:14:96】 \パァン!/

【00:13:96】 \パァン!/


 これにはルイのガードも耐えきれず、

 〈〈〈〈 完 全 崩 壊 ! 〉〉〉〉


 最後はダメ押しに、

 オットーという名のロケットランチャーから、

 特大の噴進砲型右鉄拳ロケット弾の如き右ストレートが、

 ルイの顎をぶっ飛ばした!!!!

【00:11:87】

 だがやはりルイの足裏は床にベッタリとついたまま。

 オットーが強烈な右ストレートを放った後には左膝にほんのわずかだが体重がかかって隙ができる瞬間がある。

 そのオットーの癖を、ルイは熟知している。

 特大の噴進砲型右鉄拳ロケット弾の如き右ストレートからここまでの経過時間れいコンマれい一秒。

【00:11:86】

 ルイはここで、すかさず強烈な右フックを叩き込む!

【00:10:77】

 次に天にも届かんとする左アッパー!!

【00:09:99】

 オットーの顎が二つに割れてケツアゴになりそう! そのアッパーは一ラウンド制で体力の消耗が抑えられているせいか、あの時よりも遥かに大きな力がこもっているように見えた。

 珍しくオットーが怯む。

【00:08:88】

 もう一度、ケツの割れ目を四つにしてしまいそうな左アッパー!

【00:07:77】

 しかし……

 何とオットーは、

 ふらつきつつも、

 倒れなかった。

 動揺するルイ。

 腕がぶらりと垂れる。

 それは体力切れからではなく、

 精神的理由で、

 ガードが下がっているということだ。

【00:06:66】

 オットーの反撃のチャンスだ!

「ルイ、正直今のは効いたぜ? だから、お返しだ!」

 オットーはそう言って、

【00:04:44】

 後ろに引かれた右膝をバネのように弾ませ、

 緑色の右ストレートを、

 ミシン針のように、

 グサリ。

 と、ルイの顔面のど真ん中に突き刺した。

 圧力の一点集中による刹那の衝撃。

 ルイの仰け反った肉体は慣性の法則に従って、

 一歩、

【00:03:33】

 二歩と、

【00:02:22】

 後退あとずさりする。 

 それと同時に!!

 今度はオットーが!

 弾丸発射後の銃の如く妙に静かになったかと思えば、

 脱力して……

 オットーとルイの二人はまるで鏡写しの一人であるかのように、

 仰向けに、

【00:01:11】

 倒れた。

 

\ピピピッ/ \ピピピッ/ \ピピピッ/  

 ニキータは、手に持つ手のひらサイズのストップウォッチのがけたたましく鳴っているのを、


\ピッ♪/

 止めた。


 止め、た?


 いや……


 止めたのではない。


 始まったのだ。


 さっきの音は、『遺伝子共鳴装置Mkマーク-65』の起動開始の合図。

 

「うわああああああああああああ!」

 オットーの叫び声。


 もだえつつも、

 確実に目を開け、

 上体を起こした。


 彼は激痛のあまり、再び目覚めたのだ。


 一方でルイは、ぐったりとして、動く気配はない。

 

「弟よ。これで、よかったよな?」

 ニキータが、オットーに手を差し伸べる。


「ああ…………今のはちょいと体に応えたけどな」

 オットーは兄の手を握り、立ち上がる。

 グローブの膨らみのせいで、少し掴みにくそうだが、

 それは確かに固い、兄弟の絆の握手だ。

 ニキータはその左手でオットーの右のグローブを天めがけ掲げる。

 そして二人は共に、こう宣言した。


「「勝者、フェルトン兄弟!」」


〈完〉

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弟を探せ! 加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】 @sousakukagakura

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