半減期加速器〜ハーフライフ・アクセラレイター〜

加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】

半減期加速器〜ハーフライフ・アクセラレイター〜

半減期加速器はんげんきかそくき

〜ハーフライフ・アクセラレイター/Half-life Accelerator〜


加賀倉 創作 著



🟥🟨🟩🟦🟪



——雷雨。


 薄暗い部屋の窓ガラス越しに見えるのは、滝のように降りしきる雨と、白い閃光。それ以外は黒い曇天で埋め尽くされていて、見ていても何の面白みもない。

 ゴホゴホと咳き込み、鼻水を垂らし、体を熱々にして、頭痛やら全身の関節痛、筋肉痛に悶え、ベッドで寝込むこと早三日。そろそろ快方に向かう頃だと思う。

 俺は羽生雷風はぶらいふう、科学者だ。専門は、微生物工学。自画自賛するようだが、優れた腕を持つ科学者であることには違いない。だが、まだ大した功績は残せていない、と言うのが世間からの評価だろう。学生時代、しのぎを削り合った仲間の科学者たちは皆、科学省や大企業の技術責任者になったりして、大成功を収めている。もはや俺の存在など、忘れ去っているかもしれないな。まぁ、彼らの科学者として優秀性はもちろん認める。だが……世の支配者どもがちらつかせる金や利権にホイホイとついて行った点は、声を大にして批判したい。支配者という奴らにおべっかするのは、科学者にとって小金稼ぎにはなるかもしれないが、己のしたいように科学をする、という崇高な目的を達成できるかどうかは、また別の話だ。大抵の科学者は、結局、出資者や業界で権力を持つ人間の言いなりになって、単に一般人よりも幾らかハイレベルな労働ロボットとして、研究に明け暮れるだけ。手柄は全て上に持っていかれる。自分の名は歴史に刻まれない。その一方で、ミスや責任などは押し付けられる。誰かに都合の悪い研究成果をあげてしまえば、文字通りことだってある。だから俺は、いつまでも陰気臭い自宅のラボで細々とやっているわけだ。

 そうだ、そもそも、なぜこう惨めに床に伏しているのかと言うと……細菌実験でちょいとやらかしたからだ。とある細菌を、誤って過増殖かぞうしょくさせてしまい、感染し、発症したのだ。通常、人間に害を及ぼすような菌ではないので、こんなにも辛い症状が出てしまったことには、俺自身も驚いている。正直、調子に乗り過ぎた。感覚値だが、分裂速度はやはり一〇〇〇倍速くらいがちょうどいい。ちなみに、その菌というのは、硫酸塩還元細菌りゅうさんえんかんげんさいきんの『デスルフォビブリオ』と言うやつだ。こいつは非常に面白い菌なんだ。


 面白い点その一、金属を食べる。デスルフォビブリオは、金属酸化細菌、と言うやつでもあり、金属からエネルギーを得て、生きることができるんだ。ただ、金属そのものを食べるってわけじゃなくて、金属から自由電子を奪ってそれをエネルギーにする、結果、金属はボロボロになっていく。そう表現するのが正しい。


 面白い点その二、硫酸で呼吸する。これは言葉のまんま、酸素の代わりに硫酸イオンを使って呼吸する、という意味だ。硫酸呼吸が行われる際は、化学反応で硫化水素が発生するから、近くにある金属は硫化して黒くなったりする。


 どうだい? デスルフォビブリオってのは、面白いだろう? なぜそんな菌を研究するのかって? ああ、それを聞いてしまうか。いや、それはむしろぜひ聞いてほしい点だ。科学者って言う人種は、自分の知識や考えをベラベラと語るのがとんでもなく好きだからなぁ。ひょっとすると俺も含め科学者たちは、科学と言うエサを食べて、エネルギーにしているのかも、しれないな。で、話を戻すが、俺がデスルフォビブリオの研究をする理由は、他でもない、俺の大嫌いな、だ!


 どうだ?


 驚いたか?


 そうだよなあ。


 実は今俺は、壮大な計画の真っ只中にいる。壮大と言っても、お察しの通り、メンバーは俺一人なんだけどな。その計画の内容は、最初から話すとかなり長くなるし、内容も大学学部レベルの物理・化学の話が盛りだくさんで、読書好きの皆様と言えどそこそこ骨が折れるだろうから、『御託を並べるのはやめて早くストーリーを進めてくれ!』と思った人がもしいたら、この加速器のボタン『●●●』を押してもらえば、いい塩梅のところに場面が飛ぶ(三つの黒丸のうち、どれでもいいぞ?)。どうぞ自由に利用してくれ。


【次の『●●●』の箇所まで飛ぶと、微生物工学者羽生雷風の壮大な計画の『まとめ』から読み進められます、と言う筆者加賀倉創作によるお節介的措置でございます】


 じゃあいくぞ。計画は、こうだ。


 で、いきなり質問なんだが……

Killeriumキラリウム』って言う元素、知ってるか? 

 うん、流石に知っているだろうな(そうでなくとも、そう言うことにしてほしい)。つい数年前に発見された新元素で、そのとんでもなく美しくキラリと虹色に煌めく見た目から、世界中の権力者や金の亡者どもが我先にと買い漁っている。その希少性と美しさで、今や黄金以上にもてはやされているが……あいつら、本当に金目のものが大好きなんだな。まぁ確かに俺も、キラリウムは見た目に美しい元素だと思うぜ? でも……キラリウムにはとんでもない訳あり元素なのを、知ってるか? 多分、今まさにキラリウムの宝玉が埋め込まれた指輪や首飾りを身に着けて調子に乗っている奴らも、そのほとんどが、について知らない。世の物理学者や宝石商の一部だけが知っている事実。それは……

 

 「キラリウムは放射性物質である」


 と言うことだ。

 いやぁ、無知ってのは、怖いねぇ。俺も工学を志していなければ、知らなかったかもしれない。最も、いずれにせよ俺はキラリウムを手にするような大層なご身分にはなっていないだろうけどな。で、「キラリウムは放射性物質である」と言ったが、実は、人体に大きな影響は及んでいない。ひょっとするとそれを聞いて、「なーんだ、つまらないなぁ」と思ったかもしれないが、話は、ここからだ。

 キラリウムの同位体比の大半を占める放射性同位体『Kiキラリウム314』の半減期は約七〇四〇年で、原爆にも使われるウランの放射性同位体『Uウラン235』の半減期は七億四〇〇万年であるから、単純計算で言うと、キラリウムはウランの千分の一のペースでしか崩壊しないと言うことになる。つまりは、キラリウムは放射性崩壊するとは言えど、比較的安全性は高いのである。


 おっと……


 ここで小難しい専門用語が出てきたな。話がわかるように補足しよう。

 一般に、世の全ての物質は『原子』によって構成されていると言われる。また、原子の種類のことを、水素や酸素と言った各種の『元素』と呼ぶ。そして、各元素にも種類があり、例えば水素の場合、水素、二重水素(質量数が二の水素)、三重水素(質量数が三の水素)の三種類が存在する。それら特定の元素の種類を『同位体』と呼ぶ。ちなみに同じ元素の中でも、その同位体によって、自然界に存在する割合が多かったり少なかったりする。水素では、普通の水素が九十九・九パーセント、二重水素が〇・〇一パーセント(三重水素は人工的に合成されるので言及不可)である。さらに同位体は、状態が安定しているものと、不安定なものとがある。前者が『安定同位体』、後者が『』と呼ばれる(以下、放射性同位体≒放射性物質とする)。これまた水素で言えば、通常の水素と二重水素は安定同位体、三重水素は放射性同位体となる。傾向としては、人工的に合成された元素は放射性同位体であることが多い。

 そして、放射性物質は、自身を別の物質に変えながら、放射線を出す(放射性同位体の種類によって放射線の種類もまた変わる)という性質がある。これを、『放射性崩壊』という(放射線を出す能力のことを放射能という。放射線、放射性、放射能、の三種の言葉は正確に使い分ける必要がある)。この崩壊プロセスにかかる時間というのは、何の物質からどの物質に崩壊するのか、によって、長短がある。そこで使う概念が、『半減期』だ。

 半減期とは、ある放射性物質のひとかたまりの『半分』が、放射性崩壊して別の物質に変わるのに要する時間のことを言う。これが、短ければ短いほど、より多くの回数、放射線を出すことになるので、タチが悪い、というわけだ(放射線の人体への影響は放射線の種類、受ける部位、などによっても変わるので注意)。

 放射性崩壊の一例を挙げておこう。放射線治療や植物の品種改良などに使われるコバルトの放射性同位体『Co60』からは、β−ベータマイナス崩壊(放射性崩壊の一種で、β線と言う放射線並びに半電子ニュートリノの放出を伴う)により崩壊生成物ニッケル(Ni60)が得られるが、その半減期は五・二七年である。


 ……話を戻そう。


 そこで俺は思いついた。

「キラリウムの半減期をもっと短くすることができれば、単位時間あたりの崩壊に伴う放射線の放出回数が増えるわけだ。ならば、この半減期を何らかの方法で短くすることができれば、キラリウムの放射能を高めることが可能ではないか! そして、キラリウムの放射能が極めて危険なレベルに高まった暁には!! 人を死に至らしめる、兵器が完成するのだ!!!」

 と。


 フフフ…………。


 では、どうやって半減期を短くするのか。

 ここで俺が注目したのが……


 『重力』だ。


 どうして『半減期』という時間の話をするのに、『重力』という一見関係の無さそうな言葉が出てくるのか、疑問に思うかもしれない。

 だが重力と時間ってのは、切っても切り離せない関係にあるんだ。

 俗に、『重力と時間に関する理論』と言われるがあるよな? そう、あれだ。


 『相対性理論』だ。


 アインシュタインの『相対性理論』には、その部分的な理論である『特殊』とより広範な『一般』があるが、後者の方を今からの説明に使う。

 一般相対性理論の話になるとよく上がる言葉として、『重力ポテンシャル』というものがある。重力ポテンシャルと言うのは、ここでは一旦、『物体が重力に逆らっている度合い』あるいは『空間における物体の居心地の悪さ』とでも思ってもらえればいい。一般相対性理論によると、重力ポテンシャルが高い(これは時計が重力源から遠ざかれば遠ざかるほど、と換言可能)と、時間経過度はくなり、一方で、重力ポテンシャルが低い(これは時計が重力源に近づけば近づくほど、と換言可能)と、時間経過は遅くなると証明されている。


 この度俺は、前者に注目した。


 時間を加速させる、半減期を短縮するために、つまり、重力ポテンシャルを極度に高める能力をに発現させるために、その細菌の生育環境を制御して、突然変異を促した。そのとある細菌というのが……


 前述の『デスルフォビブリオ』だ。


 ここまで長かったかもしれないが、この細菌に繋がるというわけだ。

 そして今度は、今も我が体内で繁殖しているであろう愛しのデスルフォビブリオを、どうやって重力ポテンシャルをコントロールできるほどのトンデモ細菌に突然変異させるか、の話になってくる。

 そこで俺が考案した方法が……


 『擬似微大重力環境実験ぎじびだいじゅうりょくかんきょうじっけん』だ。


 言葉通り、擬似的に重力をやや大きくした環境にする、という実験だ。

 手順は以下の通りだ。

 まず、デスルフォビブリオを、自由に圧力調整が可能な密閉容器に入れる。そしてほんの少し加圧。これで、デスルフォビブリオとしては、「いつもより体が重いなぁ」と思うわけだ。言い換えれば、このデスルフォビブリオにとっては不慣れな大きい圧力上昇を、「何だか重力が大きくなった?」または「いつもはおいら(デスルフォビブリオのこと)の体重一キログラム換算で九・八ニュートンの力しか受けないはずが今は十・一ニュートンくらいあるかも?」などと誤認させると言うことだ。もっと別な言い方をすれば、「おいらは地球の重力加速度九・八メートルつまり『1Gいちじー』よりも大きい重力加速度の、別な星に来てしまったのか? 適応しないと潰れちゃう!」となるわけだ。

 デスルフォビブリオを、そんな環境の中に、数分や数時間とは言わず、微大重力であることを除いては最適環境にすることで、数週間、数ヶ月、数年、飼育する。俺は、デスルフォビブリオは十中八九、細胞壁さいぼうへきをより強固にすると言う突然変異によって、微大重力に耐えうる体を獲得すると踏んでいた。しかし、俺の目当ては万が一の『大当たり』。その可能性に賭けていた。その大当たりというのは……


『重力ポテンシャル増大能力』だ。


 さっきの一般相対性理論に基づいて言い換えれば、『時間加速能力』としてもいいかもしれない。


 そんなものは、これまでに誰も実現したことはない。

 しかし、突然変異と言うものは、それはそれは神秘的で、時にとんでもない超能力のようなものにつながる場合がある……と、俺は信じてきた! 科学者としては、異端な考えかもしれないがな。


 そして! 


 それは! 


 ついに! 


 起こったのだ!


 デスルフォビブリオは、自身の重力ポテンシャルを劇的に増大させ、なんと、その細胞分裂による増殖速度が、一〇〇〇億倍にもなったのだ! デスルフォビブリオは通常、約二十分で二倍、四十分で四倍、一時間で八倍……二時間で六十四倍、二十四時間で一〇〇〇に掛けることの一〇〇〇倍、つまりは一〇〇〇億の二乗倍の数に分裂するのだが、実験で生まれた重力ポテンシャル増大能力を持つデスルフォビブリオは、二十四時間で一〇〇〇掛ける一〇〇〇に、さらに掛けることの一〇〇〇倍に増えたのだ! つまりつまり、一〇〇〇億の三乗倍!!! そしてただ増殖速度が上がっただけではないことは、すぐに証明できた。なぜならば、増殖速度は速くなったのに、実際のデスルフォビブリオの数の増加は、ほとんど同じだったからだ! つまりは、時間の経過の速度が一〇〇〇億倍速くなったから、寿命が来るのも、それに比例する、と言うことだ。だから、デスルフォビブリオの増殖速度と寿命の短縮は相殺して、菌が馬鹿みたいにウジャウジャ増え続けて、密閉容器から溢れてしまうようなことは決して起こらなかったわけだ。そしてこれは余談になるが、途中、偶々寿命の長い個体が急増した瞬間に、興味本意で密閉装置の蓋を開けてしまったのは、大失敗だった。おかげ様で、絶賛寝たきりの病人生活を強いられているのだからな。

 また、デスルフォビブリオの重力ポテンシャル増大能力は、各細胞の核からマイクロメートル大(一マイクロメートル『1μm』は一〇〇〇分の一ミリメートル『1/1000mm』)の半径にのみ及んでいると判明した。これは、一見範囲が狭くて、「そんなもの何になるのか?」と思いがちだ。しかしこれが、実はちょうど良い具合なんだよなぁ、フフフ。まぁ、その点には後で触れるとしよう。

 そしてそして! 忘れてはならないのが、こんなにも重力をあれこれ利用したのは、キラリウムの『半減期』を短縮するためだ。キラリウムの放射性同位体『Ki314』の半減期は、通常、七〇四〇億年と言う兵器としては使い物にならない値だったが、キラリウムを、デスルフォビブリオの時間加速能力の及ぶ範囲テリトリーに配置すれば、一〇〇〇億倍の速度、つまりは、キラリウムの半減期は、たったの七・〇四〇年になるのだ! これがどのくらい恐ろしいか、他の放射性同位体と比較してみようか。


 『リトビネンコ事件』を知ってるか?

 

 それは、ロシアが絡む暗殺事件だ。

 ロシア連邦保安庁『FSB』の元捜査官であり、かつソ連の諜報機関『KGB』の元諜報員だったリトビネンコ氏が、色々あってイギリスに亡命した際に事件は起こった。リトビネンコ氏は、何者かによって八十四番元素ポロニウムの放射性同位体『Poポロニウム210』を盛られそのに、急性放射性症候群(全身の細胞が大量の放射線曝露によってジワジワとガン化あるいは死滅していく)で死亡した。『Po210』が崩壊時に放つ放射線であるαアルファ線は、その他βベータ線、γガンマ線、X線など数ある放射線の中でも、エネルギーの大きさは最大を誇る。そしてその透過力(物質に対する貫通力と、その放射線がどれだけ遠くまで飛ぶかの指標)は小さいのだが、逆に言えば、一定の場所に留まり続けて悪さをし続ける厄介者でもある。だから、強力な毒として機能するわけだ。

 『Po210』の半減期は、百三十八日。バフのかかったキラリウムの七・〇四〇年よりも、さらに短い。ポロニウムもキラリウムも、その崩壊時に放出する放射線は、共に同じαアルファ線だ。それぞれから放出されるα線のエネルギー量の差を無視できるものとすると、単純計算で、キラリウムの毒性はポロニウムの約五から六パーセントはあると考えていいだろう。この数値は、三週間とは言わないまでも、支配者どものジワジワと命を削るには、十分な数値だ。俺の予想では、一粒のキラリウムの微粒子から放たれたα線の影響を、その周囲数十個の細胞が受けて中途半端に遺伝子変異が起きた結果、前癌ぜんがん細胞(癌化しかけの細胞)として蓄積されていく。次第にそれは癌そのものとなり、転移しながら全身をむしばんでいく。フフフ……目に浮かぶぞ、悶え苦しむ奴らの顔が!!

 ちなみに、キラリウムは新しく発見された元素である上に、半減期が著しく長大だから、崩壊した後どんな元素になるか、現時点では詳細は不明だ。よって、仮に簡易的なキラリウムの崩壊プロセスを示すのであれば、以下のようになる。


————————————————

 ※【】は原子番号を表す。

 ※見易さを重視しアラビア数字を使用。


←←【127】キラリウム(Ki314)

↓ 

↓——α崩壊によりヘリウム原子核(陽子2個と中性子2個)を放出

↓  質量数が4減る   

↓ 【126】 ポストポストキラリウム(Ppk310)※安定核種

↓       ↑

↓       ↑

↓       ↑——β−崩壊により中性子1つが陽子1つに変化

↓       ↑

↓       ↑

→→【125】ポストキラリウム(Pk310)

————————————————



 さっき、デスルフォビブリオの重力ポテンシャル増大能力(=時間加速能力)の及ぶ範囲は、各細胞の核からマイクロメートル大の半径にのみ及んでおり、これが『ちょうど良い具合』だと言った。もちろん能力の及ぶ範囲が広過ぎても、ありとあらゆるものを時間加速してしまって、世の中がめちゃくちゃになりかねないからこれでちょうど良い、という意味もある。しかし、その言葉の真意は、『キラリウムは人体に密着させて使われる』と言う点にある。と言うのも、美しい虹色の輝きを放つキラリウムは、指輪や首飾りにめ込まれて使われるわけだが、それらキラリウムの『フレーム』となるものの内部に微細な筒形の空洞を作って、デスルフォビブリオを混ぜ込んでしまえば、安定的に、ほぼゼロ距離で、α線を浴びせることができるのだ。その枠の素材は、アクセサリーにはよく使われる、シルバーを採用する。銀なら金持ちのアクセサリーの選択肢に往々にして入ってくるし、比較的柔らかい金属だから加工もしやすい。俺は生物工学のプロだ、いつもミクロの、いや時にはナノレベルの奴らを相手にしてるんだから、指輪やら首飾りやらの金属加工をしてのけるくらいの手先の器用さは持ち合わせている。銀に対しても時間加速が働いてはしまうが、いずれにせよ、宝石の枠によく使われる銀は、時間と共に硫化銀となって、黒ずんでくるものだ。支配者どもは、どうせものの良し悪しの見分けがつかない、目が節穴同然の奴らだろうから、多少黒ずむのが早かろうと、どうってことはない。こうして……


 『半減期短縮装置』が完s——


 当初はそう命名しようと思っていたのだが、何だかもったりとした印象で違和感があるので、別なものにしたい。そうだなぁ、やや言葉の間違いはあるが、こうしよう……



 『半減期加速器ハーフライフ・アクセラレイター』の完成だ!



 体調が戻ったら、俺は支配者ども御用達の宝飾店に忍び込んで、店内にあるキラリウムのアクセサリーの枠を、俺の自作のデスルフォビブリオの変異種入りのもの、つまりは『半減期加速器』とすり替える。

 あとは、ジワジワと、苦しむがいいさ。ファッファッファ!!!!

 お、改めて計画を振り返ってみたら……俄然やる気が出てきて、体調もなんだか……治ってきたかもしれない!!!! それに、窓の外も、いつの間にか、すっかり晴れているじゃないか! いい流れだ! それに、空には……


 大きな、七色の虹が架かっている。



***



●●●微生物工学者羽生雷風の壮大な計画の『まとめ』

①俺は、俺の大嫌いな、金と権力に溺れる支配者どもを抹殺したい。

②支配者どもは、黄金よりも美しく貴重だが極めて弱い放射能(放射線を出す能力)を持つ『キラリウム』という宝玉にご執心。

③放射線は、その種類や曝される時間にもよるが、人を死に至らしめる。

④キラリウムの放射能を高めることができれば、キラリウムを身につけて調子に乗る支配者どもを抹殺できる。

⑤そこで俺は『半減期加速器』なるものをとある細菌と重力の力を利用して開発した。

⑥半減期加速器を使えば、キラリウムを取り巻く時間の速度が超絶加速し、放射線が大量に放射される。

⑦半減期加速器は、キラリウムをめる枠となる指輪や首飾りに仕込んで、それを愚かな支配者どもが喜んで装着することで、放射線は彼らのみに効果を及ぼす。

⑧支配者どもは時間をかけてゆっくりと体を蝕まれ、そのうち全身に癌が転移して、死亡する。



***



 俺はついに、作戦を決行した。

 今、宝飾店の隅っこで、支配者どもを観察しているが……

 奴らは恐ろしい抹殺計画のことなんてちっとも知らずに、いつものように、キラリウムで全身を装飾している。愚かよのぉ。


「ああ、キラリウムの宝玉よ! なんと美しい石であるか。いつまでも見ていられる。この虹色の輝き、吸い込まれてしまいそうだ」

 腹の出た悪徳政治家が、指輪やら、ネックレスやら、腕輪やら、キラリウムの宝玉のついた大量のアクセサリーをじーっと見つめ、うっとりとしている。あんたはその美しい玉に、やられる運命なんだぞ?


「私のも見てちょうだぁい? この左手の薬指についた拳大こぶしだいの大宝玉! どこか異世界に繋がっているんじゃないかってくらいに、不思議な煌めきなのよぉ! おっと、重過ぎて、手首が腱鞘炎けんしょうえんになっちゃうわぁ!!」

 拳大だって?? いくらなんでも欲張りすぎだ。まぁ、あれも俺が細工したうちの一つだがな。まさか、本当にあんなものを買うやつがいたとは……予想を遥かに超えて来たな。あの大きさだと、放射線の量も桁違いだろうな。ちょっと同情するが、あいつの先は短い。

 俺は愚か過ぎるその支配者の一人に向けて、胸で十字架を切っておいた。


 宝飾店は今日も大盛況。

 金を持て余した、悪徳企業の経営者、利権や裏金まみれの政治家、賄賂でしか動かない権力者。皆、その全身には、頭が痛くなるほどの虹色の輝きを纏い、まるでカルト教団のようだ。


 引き続き、支配者どもの方に耳を傾けていると……


「あら、なんだかこの大宝玉、ついさっき買ったばかりなのに……濁っているというか……表面がざらざらしてるんじゃない!? ちょっとこれ、不良品じゃないの? ねぇ店主! この私に、バッタモン掴ませんじゃないわよッ!! 誰だと思ってるのよッ!!!!」

 言葉遣いと、その奢りっぷりは気になるが……

 確かに、キラリウムの様子が、いつもと違うようだった。いつもはツヤっとした見た目なのだが、今日はなんだか……爬虫類の皮膚のようにざらついている。


「ああ、私のもだ! 指輪も、ネックレスも、腕輪も、全部、まるでトカゲか、怪獣の皮膚のようだ!! 私の可愛いキラリウムよ、どうしたのだ!?!?」

 悪徳政治家は、ひどく困惑する。

 半減期加速器が、効き過ぎたのだろうか? 崩壊生成物が、キラリウムとは対照的に、全くもって美しくないものだった、ということだろうか?

 いや、それはどうやら違うようだ。

 と言うのも……


 店中のキラリウムが、その虹色の輝きを増し、目が眩むほどの光量となり……



「「「「「ぎゃおおおおオオオオォス!!!!」」」」」




 \\\ドラゴンが現れた///




 いわゆる西洋のドラゴンではなく、亜細亜アジアタイプのドラゴンだ。

 長くて、蛇だか大縄跳びだかのように、ニョロニョロと波打ち……


 宙を、浮いている。


 その鱗は相変わらず虹色だが、美しいという感じではなく、妖しい、禍々しい鈍い輝きを放っている。


 店からは全てのキラリウムの宝玉が消え去り、その代わりに、宝玉と同じ数だけ、大小様々の、虹色のニョロニョロドラゴンが、放し飼いになっている。


「「「「…………」」」」

 俺含め、場にいる全員が、驚きの声も上げられないまま、絶句している。


 ドラゴンたちは、示し合わせたように、一斉に飛び上がる。


\\\バゴーン!///


 天井が崩落するが……


 そんなことはもはや気にならない。


 俺は、キラリウムの宝玉なんかには微塵も魅力を感じなかったが、こっちのドラゴンの方には、見事に魅了されている。


 空高く昇っていくドラゴンたち。


 あっという間に、雲の上まで到達する。


 そこで……


 空は、突如として真っ黒に塗りつぶされる。


 なんだ? さっきまで太陽が出ていたのに。


 ドラゴンたちも、どこかへ行方をくらました。


 と、思いきや!!!!



 綺麗な……




『オーロラ』だ。



 

 滑らかなシルク製のカーテンが夜風にひらひらと舞うように、赤や、緑や、青や、紫の光の帯が、視界の全てを覆い尽くす。


 俺は、科学者をやってきて、心の底から……良かった、そう思えた。


 だがちょっと待てよ、まだ研究は終わっていない、キラリウム、お前の謎が……解けたかもしれないぞ!


 百二十七番元素のKilleriumキラリウム、一つ飛んで百二十五番元素……名付けよう、あのドラゴンたちは原子そのもの、Dragoniumドラゴニウムだ!! そして一つ戻って百二十六番元素、これは安定核種……Auroraniumオーロラニウムとでも言ったところか。

 

 そして、俺の脳内に、ずっと不明のままだったキラリウムの崩壊プロセスが浮かんだ。


————————————————

←←【127】キラリウム(Ki314)

↓ 

↓——α崩壊によりヘリウム原子核(陽子2個と中性子2個)を放出

↓  質量数が4減る   

↓ 【126】 オーロラニウム(A310)※安定核種

↓       ↑

↓       ↑

↓       ↑——β−崩壊により中性子1つが陽子1つに変化

↓       ↑

↓       ↑

→→【125】ドラゴニウム(Dr310)

————————————————



 そうか。


 数千億年に一度の大産卵。


 オーロラの正体は、放射能ドラゴン、お前たちだったんだな。


〈完〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

半減期加速器〜ハーフライフ・アクセラレイター〜 加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】 @sousakukagakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画