第43話 必要なことを備えましょう
『こういうことをまだそれほど知らない相手に言うのは失礼であることを承知のうえなんですが――もしかしてあなたとんでもない馬鹿では?』
電話口でいきなりそう言ってくるロイドである。なんと失礼なことを言うのだろう。ただちょっとギャングに入り込みたいから脇の甘くて手ごろな感じのとかいない? と言っただけだというのに。こういう冗談を抜かすのは馬鹿であるが、わたしは冗談でこんなことを言っているのではない。本気でそれをやろうと思っている。であれば馬鹿であるはずがない。自分がどこまでできるかくらい弁えたうえでそう言っているのだから。
「わたしが馬鹿かどうかんでどうでもいいわ。できるかできないかで答えてちょうだい。わたしが求めているのはそれだけよ。余計な話をして煙に巻こうとするのはやめてくれる?」
『そんなつもりじゃないんですけどね。そのうちなにかしら無茶を言ってくるだろうなと思ってはいましたけど、まさかこんなに早いうえに内容も予想だにしていなかったので。驚いているのですよ。本当になにを言ったのか理解しています?』
「理解せずにものをいうほど耄碌した覚えはないわね。これでも記憶力はいいほうなの」
『記憶力とかそういう問題じゃない気がしますが――いや、そんなことはどうでもいいですね。それなりの立場の人間の情報をあなたに提供するのは可能ですよ。それなりの立場にいれば、どういう形であれ情報を知られてしまうのは当然ですから。僕としてもそれを流したところでなにかあるわけではないですし。ただですね――』
そこで一度息を吐いて――
『なんというか、あなたのような若い女の子がギャングに入り込みたいとか言い出したら年長者としてそれを止めるのが当然では?』
「ギャングなのに?」
『ギャングだからですよ。こんなもん、ならずに済むならそれに越したことはないんです。別にそこまでいい思いができるわけでもないですからね。そもそもどうしてそんなことを?』
「必要だからに決まってるじゃない」
『……この間の件ですか?』
「そ。話が早くて助かるわね。実情を探るにはそれが手っ取り早いし」
『確かにそうですけど――入り込んだのがバレたらどうするつもりなんです?』
「決まってるじゃない。全滅させるわ」
『……どうやって?』
「拳で」
こちらがそう答えると、正気ですか? と言いたげなため息が電話口の向こうから聞こえてきた。こちらの返答があまりにも斜め上だったのかもしれない。甘いなぁロイドくん。想定が砂糖みたいに激甘……。
『あなたのことを馬鹿と言ったのを訂正させていただきます。馬鹿ではなくて狂人ですねあなた。それも僕が知っている人間の中でもダントツで。なんていうか、軽い気持ちで関わったのを少し後悔してますよ』
「当人に向かって関わったことを後悔しているとか言うなんてひどいじゃない。せっかくあなたにもいい思いさせてあげようと思っているのに」
わたしは交渉事で自分だけ得をしようと考えるような独善的で浅はかな人間ではないのだ。こういうことは互いに利益があってはじめて成り立つものであると言われて育ってきたのである。そもそも、自分だけ得するつもりだったら、こういう風に話をする必要性などない。
『あなたにいい思いをさせてもらうのは正直あとが怖いですねぇ。なにを要求されることやら』
「ギャングからそういう風に言われるのは誇っていいのかしら」
『さあどうでしょう。一般的には褒め言葉ではない気がしますが』
「まあとにかく、できるのならさっさとやってちょうだい。それとも報酬のことが気になってる? ちゃんと払うわよ。これでも金払いはいいほうだから」
『……いまの話だと希望があまりにもざっくりしすぎているので、何人かよさそうなのを候補に挙げるので、少し時間をくれませんか?』
「すぐよこせとは言わないわ。でも、できるだけ早くやってくれるとありがたいけれど。あと、この間の情報は上に言ってる?」
『例のオーロラの売人とヤタガラスの構成員が関わっているかもしれないというアレですか? かなり取扱いに困る情報なのでいまのところ僕のところで止めていますけれど。それがどうかしましたか?』
「その情報を広めてほしいのだけど。どういう風に広めるかは任せるわ。希望を言うと、できるだけ嘘っぽく煽情的にわかりやすくやってくれるとなおいいわね。こっちに関しては追加で報酬を支払うわ」
『……なにが狙いで?』
「こういう情報が流れれば、なにかしらそいつが動きを見せるんじゃないかと思って。見え見えの罠だから、はまってくれるかはわからないけれど。別にわたしはこれが広まったところでやり得だから、特に困らないし」
こちらの言葉を聞いて、押し黙るロイド。電話口の向こうからどことなく剣呑な空気が流れてくる。
この情報を流すのは、ロイドが所属するギャングにとっても面倒になりかねない情報だ。最悪の場合、ロイドたちも含めて収集がつかない事態になりかねない。慎重になるのは当然だろう。だからこそ、ロイドはこちらからこの話を聞いても止めていたのだ。さすが、高学歴だけあって頭が回る。カーリアはいい人間を紹介してくれたものだ。実にいいね。理解が早くて実に助かる。
『それを流すというのは、僕らにも大きな損害がでかねないことを理解してますか?』
「ええ。二十二区のギャングたちの大規模な抗争になるかもね。でも、それってわたしにはそこまで関係ないわ。自分に火の粉がかかりそうだったら払うし。守る必要のある人間は守ればいいだけだもの。あなたたちの組織がどうなったところで、わたしの目的を達するのに支障は生じないし」
『……そこまではっきり言われると、怒る気もなくしますね』
毒気を抜かれた様子でロイドはそう返してくる。
『でもまあ、その通りなのでこちらとしてはなんとも言えませんね。僕らが燃えようがなんだろうが、あなたの懐も心も痛むことはないでしょう。本当に女子高生なんですかあなた? その可愛らしい外見の下に化物が潜んでいたりしません?』
「そんなことあるわけないじゃない。どこにでもいるちょっとかわいくて育ちがいいだけの普通の女子高生よ」
化物扱いされるのははなはだ遺憾である。化物というのはオーロラを売っているヤツのようのを言うのだ。
『あなたが普通かどうかは別として――いいでしょう。それをお受けいたします。その代わり報酬は弾んでいただけるとよろしいのですが』
「構わないわ。それなりにあなたにも危ない思いをさせることになるし。でも、いいのかしら? もしかしたら本当に燃えることになるかもだけど」
『構いませんよ。僕は組織が滅茶苦茶になるよりも、あなたと敵対するのを避けるのが賢明であると判断しただけです。あなたと敵対したらまず助からないでしょうが、組織が滅茶苦茶になっても生き残るくらいならできますから』
「あら、高い評価をしてくれるなんて嬉しいわね」
『ですが、そういう話、僕以外にはしないほうがいいですよ。ギャングという連中は思っている以上に帰属意識が高いものですから』
「相手は選んでるから安心して。あなたなら大丈夫だと思ったから話をしただけだもの」
『……ホント、洒落になりませんね』
ロイドは電話口の向こうで天井を仰いでいるように思えた。
『それじゃあ、後日何人かよさそうな相手を選んであなたに送らせていただきます。情報を広めるのは、そちらが済んでからでもよろしいですか? 話を広めるのも、それなりに準備が必要になりますので』
「構わないわ。情報と一緒に報酬の振り込み先も送ってちょうだい。バレないように送金するから」
『ええ。了解いたしました。それではまた』
そんな言葉が聞こえたのち通話が切れる。
さて、これで次にやることの目途が立った。これで向こうがどのくらい動いてくれるかはわからないが、なにかしら反応はあるだろう。なかったらなかったで別に困るものでもない。
となると、この情報は大元であるマービンにはちゃんと伝えておくべきであろう。場合によってはしばらく避難できる場所を提供する必要もあるかもしれない。
とにかく、こちらのできることをやっていこうじゃないか。なるようになるだろ。大抵のことは拳で解決できますし。最後の最後にものをいうのはいつだって暴力なのだ。暴力最高。
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忌み殺しの最狂令嬢 ‐おかしな最強効率厨お嬢様の都市浄化殲滅大作戦‐ あかさや @aksyaksy8870
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