第42話 最大戦力の入れどころ
さて、部下もとい仲間たちに命じた手前、わたしもやるべきことをやらなければ示しがつかないというものだ。
学校のことに関しては、仲間たちに任せておけばいいだろう。なにかあれば手を出すべきであるが、少なくとも現時点では必要ない。いつでも動けるようにしておく必要はあるが、ただ構えていても無駄である。余力は大事だし必要であるが、無駄である必要はない。
わたしが動くのであれば、あの子たちにできないことをするのがいいだろう。ふんぞり返っているのは性に合わない。最大戦力はわたしであるし、それを遊ばせておくのは非効率的だ。
となると、わたしがするべきなのは――
「ねえアベル。どうやったらギャングに入れると思う?」
『いや、知らねーよ。そんなもん俺に訊かされても困るんだが』
「それもそうね。あなたに訊いたわたしが馬鹿だったわ。ごめんなさい。配慮ができなくて」
『そこはかとなく俺のことを馬鹿にしてないかお前』
「そんなことないわよ。心から申し訳ないと思っているから謝ったに決まってるじゃない。そんな失礼なことをすると思ってるのかしら?」
『すると思ってるし、実際にやってんだよ。というかお前、どうやったらギャングに入れるのかってなにするつもりだ?』
「決まってるじゃない。件のギャングにどれくらい忌み者が入り込んでいるのか確かめようと思って。外からじゃわからないし、入り込んだほうが手っ取り早いでしょう」
ヤタガラスというギャングにどこまで忌み者が入り込んでいるのかは不明だ。場合によっては中に食い込んでいるどころか、組織的に取り込まれている可能性もあり得る。組織的に取り込まれている場合、危険性がかなり高いのは確実だ。であれば、そこに潜り込ませるのは戦力的に優れたものであるのが定石であろう。
『さすがにそれは無茶じゃないか? 学校の部活動じゃねえんだから、入れてくださいって言えば入れてくれるもんじゃねえだろうし』
「でしょうね。だから簡単にできる裏技とかないかなーって思っていたのだけど」
あまりにも普段の生活には役に立たない裏技なので、こんな時でもなければ必要性はまったくないのであるが。
ロイドに頼んでみるというのもあるが、ロイドは別組織である。彼の出で立ちからしてそれなりの立場であるのは確かなので、彼が所属している鬼十字ならともかく、別組織であるヤタガラスに潜り込ませるというのは不可能であろう。人間というのはできることはできるし、できないことはできないのである。それは人間が呼吸をするくらい当たり前のことなのであるが、実際それを理解していない人間というのは結構いたりするものだ。
入り込むとなると、それなりに準備をする必要があるだろう。脇の甘そうな馬鹿を見つけ出してそいつと入れ替わってもいいかもしれない。不思議な力で変装でもできればいいのだが。そういうのできねえのかな。
「あんたの力で変装とかできないの?」
『変装はできないが、似たようなことならできるぞ』
「そういうことはさっさと言いなさいよ。ほんと気が利かないのね」
やれやれ。どうしてこうも気を回せないのだろう。なんか空気を読んでアレコレすればいいだけだというのに。
『さっきまでそんなこと全然言ってなかったのに、いきなりそんなこと言い出すのちょっと理不尽過ぎない?』
「なに言ってるの。世の中というのはこれくらい理不尽なものよ。この程度は耐えられないとやっていけないわ。身体がないからと言って甘えすぎじゃない?」
『いい加減、身体がないこと擦り過ぎじゃね?』
「そんなことどうでもいいわ。さっさとどうするのか言いなさいよ。そんなんだからアレコレ言われるのよ。反省しなさい」
『はいはいわかったよ。ごめんなさいね。俺が悪うござんした。認識阻害する仮面あるだろ。あれを応用すれば、自分のことを特定の他人に認識させることが可能だ』
「ああ。あの半笑いの鬼のお面ね。アレそんなこともできるんだ」
『ただ、そう思わせる相手の情報が必要になるけどな。その仮面を一度相手に装着させる必要がある。一人二人ならそれほどでもないが、結構な数を模倣しようとなるとかなり面倒になるな』
「それでもかなり使い勝手はよさそうね。長時間入り込むわけじゃないし、それでなんとかなるでしょう」
『あと、他人にそう認識させるだけだから、相手に偽装しているのが気づかれると解けちまうってのもある。一度偽装がバレた相手にはかかりにくくなるのも要注意だな。そこら辺の一般人ならそれほどでもないが、忌み者に身体を乗っ取られた相手には二度目は通用しないと思うぜ。相手にもよるが、場合によっては初見でも破られる可能性もある』
「ふむ」
そういう風に言われると、それなりに危険性のある賭けになる行動でもあるか。とはいっても、いまから変装技術を学んでいる時間などあるはずもない。バレたところでどうにもでなるだろう。なにしろ相手はギャングである。最悪そこで奴らを殲滅させてもさして問題でもなるまい。これで二十二区の治安も改善されるかもしれないし。
「もうひとつはオーロラをぶん盗ったあとの解析をどこに頼むかね」
これも交渉にあたるのはわたしがやったほうがいいだろう。この手のことは責任のある人間がやったほうがいいものである。なにより、そういった交渉事には立場が重要だ。わたしのスターゲート家の人間という立場はかなり有益であろう。どこぞの誰かもわからないヤツより、社会的にこういう立場の人間であるということが一目でわかるほうがいいというのは言うまでもない。
ここに関しては素直に誰かを頼るべきであろう。わたしは普通より多少できると能力と環境はあると自負しているが、だからといってなんでもかんでもできるわけでもない。人間というのは全知全能でも万能でもなく、完璧であることを前提にして動く体制は絶対に継続不可能なものなのだ。
人間にはできないことがあり、かつある程度の誤りが発生することを織り込んで動かなければならない。その程度の許容すらもできないのであれば、黒板の前で数式とひたすらにらめっこしていろという話だ。
基本的にうちの一族は実業家なので、学術関連分野に進む人間はほとんどいない。少なくとも、自分の近くにいる人間には大学や研究機関に籍を置いている人間はほとんどいないが――
しかし、それを頼むのは実際のブツを手に入れてからでも遅くない。なにより、手に入れる手段が手段である。研究能力や技術だけでなく、その辺のことに関しても秘密を保持できる相手でなければ任せるわけにはいかない。ここに関してもある程度相手を見極める必要があるだろう。判断は早くしなければならないが、だからといってちゃんと見るべきところを見ず、下手を打ってしまってはなにも意味がない。
とにかく、こっちに関してはものを手に入れてからだ。まずは、ヤタガラスに入り込むことを考えてみよう。
であれば、最初に接触する相手をどうするのがいいだろうか? そこいらの下っ端に成り代わっても入り込んでも仕方ないような気がする。こちらが必要とする情報を手に入れられるだけの立場の人間が望ましいが――
ギャングでそれなりの立場にある人間に接触するのは簡単ではないだろう。行動を起こす前になにかしら目をつけておく必要がある。どこかで情報を仕入れる必要もあるだろう。
「どこに行っても金と情報とコネか。これだから現代社会というのは」
面倒ではあるが、それが法治社会のやり方だ。少なくとも、暴力が物を言う社会よりはいい。これでも文明的に暮らしている人間なので。
ギャングに入り込むとなると、それをよく知る人間に頼ったほうがいい。というわけで話をする相手は決まっている。
「どうも。元気してる? ちょっと頼みたいことがあるのだけど、都合がいいのはいつかしら?」
というわけでわたしはギャングの知り合いであるロイドへと再び連絡をしたのであった。
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