第41話 進撃開始の鐘が鳴る
端末に映っていた生徒はアンダイン・ドーズという名であった。高等部の三年生。父親は中堅証券会社の役員。富裕層ではあるが、かつての貴族階級ではない。ここ最近で成り上がっていった家柄であろう。この学校にはよくいる生徒である。
「これは、アタリね」
このアンダインという生徒は、こちらが目をつけていた忌み者に身体を奪われている生徒の一人であった。それが二十二区の薬物販売に関わっていたとなれば、黒確定だ。この件は、忌み者によるなんらかの破壊工作か、それに類するものである。忌み者であれば、商売にならない値段で薬をばら撒くのもおかしくない。
であれば、この薬物の拡散にはなんらかの別の目的があることは確実だ。となると、現物を確保して調べたいところである。薬を調べればなんらかの情報は手に入るだろう。
そうなってくると、本格的な化学分析をしなければならなくなる。さすがにアンヘルも本格的な化学分析は無理だろう。というか、設備を入れることができても、それを扱える人間がいなければ話にならない。
それなら、どこかの大学の薬学の研究室に協力を取り付けるほうが早いか。スターゲート家は主に産業が主なので、学術関連のつながりはそれほど強くない。拙速にことを済ませるとなると、すぐに約束を取り付けられるほうがいいのだが――
「よくやったわマービンくん。あなたの調査能力は本物だったようね。これから頼ることもあるかもしれないからよろしく。あと、この件は他に流さないほうがいいと思うわ。どこに敵が網を張ってるかもわからないし。死にたいというのなら別に構わないけれど」
「……わかりました」
マービンは真剣な面持ちで返答する。
「セレン。このアンダインくんのことを徹底的に洗ってちょうだい。当人だけじゃなく、家族とその周辺も」
「わかりました」
わたしの言葉に即反応したセレンはすぐに動き出して姿を消す。
「ところでマービンくん。その薬物の売買の現場にいたのはこのアンダインだけ?」
「少なくとも、俺の見た限りではこいつだけです」
「ヤタガラスの構成員と接触していたのも彼でいい?」
「はい。これでも他人の顔を覚えるのは得意なんで、顔を変えてるとかじゃない限りは、間違いないと思います」
忌み者に身体を乗っ取られているアンダインがヤタガラスの構成員と接触していたとなると、ヤタガラスという組織そのものが忌み者連中の息がかかっている可能性も否定できない。
情報というものは、放っておくと容易く流出してしまうものである。この件が他のギャング連中に流れると、余計な犠牲者が出る可能性は高いだろう。ギャング連中に下手な手出しをされるとこじれて面倒なことになりかねない。
であれば、それなりに信用ができそうな相手に意図的にこの情報を流しておいてもいいだろう。流す相手はとりあえずロイドが妥当か。彼なら考えなしに他人に重要な情報を漏らすこともないだろうし。
「マービンくん、その端末を頂ける?」
わたしがそう言うとマービンは「あっはい」と言ってこちらに端末を手渡してくる。
いま表示されているアンダインの写真に触れ、彼に関する詳細な情報を確認。
彼の家は三代前の親族が興した証券会社でひと財産を築き、いまに至るまで順調に収益を上げているらしい。かつての貴族階級から見ると、いわゆる成金と言われる存在である。
まとめられた情報を見ていると、かつて貴族階級に対する妬みや怨嗟が感じられるような出来事が多々あったようだ。ゆえに上昇志向が強く、かつての貴族階級連中を蹴落としてさらに上へと上り詰めていくつもりらしい。
こういう人間は、自分の利益のため関わるべきではないものを利用しようとする。そういう貪欲さは上り詰めていくのに少なからず必要なものであるが、その結果身に余る邪悪に手を出し、利用しようとしたものに逆に食い尽くされて破滅する事例も少なくない。アンダインの身体を乗っ取った忌み者がどこまで彼の家に浸透しているのかはわからないが、完全に掌握されていたとしてもおかしくはないだろう。
アンダイン自身は表立ってそういうことを言っているわけではなさそうだが、子というのは親に似るものである。この学校にいる彼が少なからずかつての貴族階級になにがしかの考えを持っている可能性は非常に高い。
成績は特別優秀というわけでも、悪いというわけでもなかった。交友関係も別段おかしなところはない。自分と近い環境で育ってきた者たちとの関わりが主体である。
「アンヘル。学校内での情報収集だけど、このアンダインくんを中心に追ってちょうだい。ここを掘っていけば、他も一緒に引っ張ってこれるかもしれないし。学内の警備関連の掌握は終わったの?」
「ああ。最適化されたとは言えないが、充分実用できる範囲にはなってる。本番環境での試験的に動かしてみたいところだしな」
アンヘルには情報収集と並行して、学校にないに張り巡らされている監視システムを弄り回してこちらで情報取得できるように改造をさせていた。これを利用すれば、特定の人物だけを追うように設定することも可能だ。
他にも学内に忌み者に身体を乗っ取られている者がいる。であれば、なにかしらの形でアンダインは接触している可能性が高い。そこから割っていて、とりあえず揺さぶりをかけてみる。それなりに馬鹿であれば尻尾を出してくれるだろう。やってみる価値はある。
「もう一つあるのだけど、あなたの伝手に薬学の研究室とかあったりする?」
「うーん。あたしというかうちの専門は数学とか電気工学とかその辺だから、化学やら薬学やらの伝手はあんましねえなあ。やってできなくはないと思うが、すぐに約束を取り付けるってのは難しいと思う」
今後のことを考えると、学術方面――特に科学技術に携わる人間との伝手も必要なってくるのは確実だ。いまのうち、協力が取れる体制を作っておくのが望ましい。本格的な忌み者の廃絶を進めるとなると、人間の武器である科学の助けは不可欠であろう。
とはいっても、道が見えたことに変わりない。本当にマービンはよくやってくれた。彼がいなかったら、もっと出遅れていたことは間違いない。その代わり、やることも増えてしまったが、これはご愛敬であろう。暇で時間を持て余しているよりはいい。人生なんてそんなものである。
「なにするかってのは見えてきた感じがするけど――俺たちはなにをすりゃいいんだ?」
ジャックとブルースの男二人は、いまのところ別段指令が与えられているわけではない。
だが、このままなにもやらせずに待機させているというのも少々無駄であろう。なにより、他がやっているさなかに自分のやることがないというのは案外きついものである。なにかさせられることがあるのなら、させたほうがいいというのは言うまでもないのだが――
「それじゃあ、ジャックはセレンの、ブルースはアンヘルの補助に入りなさい。単独でやるより、組んでやったほうが色々と効率いいでしょうし。他になにかやらなければならないようなことがあったら遠慮なく言ってちょうだい。それが必要なのであればやらせてあげるから」
ジャックとブルースはそれぞれ首肯する。
「というわけで今後の方針も明確になったことだし、そろそろ隠れてこそこそやってる怪物どもをぶちかましに行きましょうか」
アンダインくんにはわたしたちに目をつけられたことを死ぬほど後悔してもらったうえに犠牲になってもらうとしよう。仕方ないよね。人間やめたのはそっちだし。
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