第40話 大きなはじめの一歩

「突然呼び出しちゃってごめんなさいねマービンくん。今日はよろしく頼むわ」


 わたしがそう言うと、呼び出されたマービンは落ち着かない様子で「は、はい」と返事をする。


「今日のあなたは大事な客人なのだから、遠慮することはないわ。そんなに縮こまらないで、もっとくつろいでいいのよ。お菓子も出してあげるわ。なにか食べたいものある?」


「おい。なんか自分の家みたいな空気出してるけど、ここあたしん家な」


 不満そうな顔をして大型の端末が置かれた横に席に座っているアンヘルが文句を垂れる。


「なんで? あなたの家ならわたしの家も同然じゃない。なにか問題があるの? やっぱりいかがわしいものを隠しているのね。お話の前の息抜きとしてちょっと探してみるわよ。きっとえげつないのが見つかるわ」


「だからそんなもんねえよ! いい加減にしろ」


「うるさいわね。客人の前で大声出すじゃないわよ。常識ないのかしら」


「人の家を自分の家だっていうヤツに常識を問われる筋合いはねえよ」


「お前らさぁ、客の前でそんなことやってんじゃねえよ。常識ねえのか?」


 客がいてもいつも通りのこちらを見て、いたたまれなくなったのかジャックが呆れた調子で突っ込みを入れてくる。


「それもそうね。失礼なことをしてしまったわねマービンくん。そこの椅子でふんぞり返ってる女が後で土下座するから」


「ふんぞり返ってねえし、なんであたしがやる感じになってんの?」


 おかしい。誠に遺憾であるとぴーぴー騒ぎ立てるアンヘル。別にお前が謝ってもたいして変わらないんだから別にいいだろうが。


「まぁ、こいつらいつもこうだから気にすんな。気にし始めたら胃が破裂するぞ。放っておけ」


 後輩にそう諭すジャック。それもそれで反応に困っているのか、マービンは「は、はぁ」と困惑しているようであった。


「そんなわけで悪ふざけはここまでにして、そろそろ本題に入りましょうか。前に言ったけれども、このマービンくんはどうやらいまわたしたちがやろうとしていることにあたってとても重要な情報を持っているの。今日はそれを確かめてウラを取りましょうってわけ」


 マービンが見たという、二十二区で新型の薬物を売っているといううちの学校の生徒のことだ。これで確かな情報が得られれば一気が進展することは間違いなかった。


「本当にそれ、うちの生徒だったのか? 見たところ、そんなことできるようなのには見えねえけど」


「人は見かけによらないものよ。あなたがいいとこの生まれなのに粗暴な小悪党であるように、彼の調査能力は確かだから。それを確かめるためにも、今日は彼を呼んだのだけど」


「さらっとあたしがけなされた気がするんだけど、気のせい?」


「気のせいね。きっと気圧か妖怪の仕業よ」


 けなしたなんて人聞きの悪い。全部事実じゃないか。


「俺からも一応言っておくが、こいつの能力は結構なもんだぜ。そりゃセレンに比べたらさすがにアレだが、あいつと比べるのはちょっと酷ってもんだろ? その点だけは俺からも信頼していいと思うぜ」


「そうですよアンヘル。お嬢様がその能力を認めたのですから、疑うべくもないのは当然じゃありませんか。それとも、お嬢様を疑っているのですか?」


「別にそうじゃねえけど――目が怖えよ。強火過ぎんだろ」


「確かに、僕やアンヘルさんは彼とは今日はじめて会ったわけですし、彼女がそう思ってしまうのも仕方ないでしょう。彼が本当にできるのかどうかは確かめてみてからでもいい。それが筋ってものじゃないですか?」


 率直な意見を言うブルース。両親がともに法曹であり、彼自身も弁護士を目指しているだけあってその意見は極めて中立的なものであった。


「その通りよ。判断するのはこれからでも遅くない。なにより、いまのわたしたちには手がかりになるような情報はろくにないのだし。で、例のものはできているのかしら?」


「ああ。できてるよ。ほれ」


 そう言って、少し大きめの携帯型情報端末を乱暴に放り投げた。


「必要なもんはそれに全部まとめてある。だいぶ量があるから、ひと通り目を通すのにそれなりに時間はかかるだろうが」


 端末の画面に軽く触れるとすぐに休止状態から復帰する。


「そこにある机と椅子のヤツに触れてくれ」


 アンヘルが言ったものに触れると、なにかが立ち上がり、少しの読み込みを置いたところで――


 大量の写真が次から次へと表示されていく。


「なんでコレ?」


「うちの学校の生徒の一覧とそれに関連する情報。とりあえず高等部の生徒だけだけど」


「いや、それはわかるけど、そんなもんどっから手に入れたんだ?」


「決まってるじゃない。人にはあまり言えないような手段よ。学校っていうところはね、警戒は緩い癖に個人情報の塊のようなところだから、気をつけておいたほうがいいわよ。その気になれば、こういう風に簡単に収集できちゃうから。これをどっかの業者に売ったら結構な鐘になるわね」


「マジかよ……ぞっとしねえなあ」


「安心しなさい。公開されている用途以外に使うつもりないわ。適正な仕様だからただちに影響はございません」


「よくねえ手段で集められた情報をそう言われてもなぁ」


「ま、やることは簡単よ。ここに乗っている情報を彼に見てもらって、その件の生徒がいるかを確かめてもらうの。本当にここの生徒だっていうなら、これに乗っているはずだし」


「単純ですけど、効果的ですね。彼が言っていることが真実であればということになりますが。とはいっても、僕らには動くために情報もないですし、ここは信じるより他にないというのが正直なところですけど」


「とにかくやってみるしかねーだろ。とにかく頼むぜ」


 ジャックがそう言ったところで、わたしはマービンに端末を手渡した。一番目の写真に触れ表示して顔を確かめたのち、次の写真を表示していく。


「コレ、何枚くらいあるんだ?」


「高等部の生徒だけだから、確か四百とかだったかしら」


「となると、結構時間かかりそうだな。どうすっかな」


「そうね。あなた家主なんだからなんか面白いことやりなさいよ」


「無茶ぶりやめろ! こういうときだけあたしに家主とか言いやがって」


「別にいいじゃない。あなたが恥をさらしたところでわたしは別に損しないし」


「でしょうね!」


 そんな風にどうでもよさ過ぎる与太話をしていると――


「あ」


 端末に表示されている写真とにらめっこしていたマービンが驚きの声を上げる。


「俺が見たのはこいつっす」


 マービンの声を聞き、わたしたちは彼が操作していた端末を覗き込んだ。

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