第39話 罠であったとしても
それにしても今日は非常に有益だった。ひとつでも有益な情報があればいいと思っていたが、まさかこれほどの収穫があるとは。やはり、行動はしてみるものである。
まさか敵と思われる存在のツラを知っているのと協力を取り付けられたのはなによりも大きい。写真があれば最高であったが、そこまでは望むものではないし、なにより写真などなくともどうにでもなる。完璧でなければできないなんてのは無能の言い訳だ。限られた手段と情報の中で最善最良の答えを出してこそ一人前である。
『これが俺たちを罠って可能性はあるんじゃないか?』
「水を差すことを言うのねアベル。空気のひとつやふたつ読めないのかしら――と言いたいところだけど、それはもっともね。あなたの言うようにこれがおびき出す罠である可能性である否定できない。けど、そうだったとしてそれがなんなの? これがわたしたちをおびき出す罠であったとして、さしたる問題ではないでしょう? 罠なんて踏んでも踏みつぶして壊せばいいし」
『いや、それはいくらなんでも脳筋すぎないか?』
「だって事実でしょう? そんじょそこらの無能がわたしたちを罠にかけたところでだからなんなのって話だし。それとも、あなたは自分の力もわからなくなるくらい耄碌したのかしら? さすが自分の身体を持ってないと劣化が早いわね」
『まっとうなことを言ったはずなのに、なんで俺はここまでひどい言われようしてるんだ?』
「決まってるじゃない。あなたの言ったことがまっとうじゃないからよ。だって、あなたの意見はわたしたちの戦力をまったく理解していないのだもの」
『だとしてもさぁ、罠だったら危険なことに変わりねえじゃん。警戒しておくのは大事だろ?』
「自分になんの被害を及ぼさないものを警戒するのなんてただの馬鹿よ。あなたは害のない羽虫を必要以上に恐れることになにか意味があると思ってるの? 必要のない警戒をするのは労力の無駄なのよ。あなたが言ったのはまさにそれ」
『ぐ……』
アベルは言い返すことができなくなって無様なうめき声のようなものを発する。これだから時代の敗北者はいかんのだ。
「なにより、わたしさえ生き残っていればどうにでもなるし」
『お前それは最低じゃない?』
「その通りだけど、事実でしょ? まったく同じ戦力を集めるのは無理だったとしても、同じようなのを集めるのはできるでしょうし」
『それはそうだけど、お前って人の心とかないわけ?』
「あるかもしれないし、ないかもしれない。あってもいいし、なくても別に困らないわねそんなもの。でもまあ、あの子たちは有能だし、失ったらそれを補填するのは簡単じゃないだろうから、失わないほうがいいってのは確かね。そもそも、あの子たちは大丈夫よ。その程度でおっ死ぬくらいならこの先についてこれないし。それとも、あなたはあの子たちのことを信じてないの? ひどいわね仲間なのに。人の心とかないの?」
『なんで俺が悪いみたいな感じになってるわけ?』
「だって悪いのあなたじゃない。罠でどうにかなるほどヤワだと思っているし、仲間のことも信じてないのだもの」
ざまぁないわねとわたしは追い打ちをくれてやった。実にいい気味である。
「それにね、いまのわたしたちには他の選択肢がないもの。これが罠であったとしても、進むしかない。どうせ踏んだところで大したことにはならないし。それなら踏みに行って壊すついでに敵をさらってきたほうがお得ね」
『……お前マジで言ってんの?』
「マジよ。犯罪ってのはね、発覚してはじめてなるのよ。どんな相手であってもね。それに、相手は忌み者なんだから遠慮することないじゃない。さすがにわたしもなんの罪もない人間をさらうなんてひどいこと到底できないけれど、相手は人に害を成す怪物なんだから好き放題やっていいのよ。怪物に人権はありません」
なので、発覚さえしなければさらって拷問もやり放題である。拷問して仲間を売ってくれるなら安いものだ。死体を処分すればこの都市のダニを一匹処分もできる。実に効率的。
「わたしだって心苦しいのよ。さらって拷問するなんてひどいことしたくないもの。なにしろわたしは慈愛に満ちた聖者のごとき人間だもの。あと、血とかクソとかで汚れるの嫌だし」
『汚れるのが嫌以外まったくそんなこと思ってねえじゃねえか』
「だってしょうがなくない? 情報を手に入れる方法が他にないんだもの。知ってるヤツをさらって適当に痛めつけて吐かせるしかないじゃない」
『やっぱりお前、人と皮被った別のなにかなんじゃねえの?』
「失礼ね。わたしはなによりも人間よ。わたしが人間じゃなかったら他の存在は人間未満のなにかね。それならわたしが好き放題やっても別によくない?」
『お前……頭おかしいよ』
心から呆れたという声を出すアベルである。まったくこの程度で値を上げるとはだらしないヤツだ。いつからこんな駄目になってしまったのだろう? あ、はじめからでしたね失礼しました。
「なんにしても、これが罠だったとしてもどうにでもなるってこと。で、わざわざそんな隙を作ってくれたんだからそこを思い切り蹴り飛ばして風穴開けてやるのよ。そのまま死んでくれれれば最良ね」
さすがにこれで死ぬほどヤワではないだろう。他をぶち抜くための穴をあければそれでいいのだが。なんにせよ、ここでぶちかましてどれだけ他を多く巻き込まれるかである。
「どうやるかは大体決まってるわ。せっかく協力者が増えたのだし、使えるものは使っていきましょう。使えるものは使い倒すのが流儀だし」
さっそくやってみよう。そう考えたわたしは先ほど連絡先を交換したマービンへと通話をかけた。
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