前世は皇帝と三十人の妃たち。現世は高校の同級生。皇后、貴妃、美人、下妃を決めることになった。

みらいつりびと

第1話 前世は皇帝と三十人の妃たち。現世は高校の同級生。皇后、貴妃、美人、下妃を決めることになった。

 俺の名前は皇昴すめらぎすばる。高校の入学式の直後、1年A組の教室に入って驚いた。

 男子は俺ひとり。他の生徒は全員女子だったのだ。

「なんなんだこの状況は……?」と思わずつぶやいた。

 最初はなにかのまちがいかと思った。

 男が俺だけで、クラスメイトが全員女なんて、おかしいだろ。

 教室の中で女子生徒が10人ばかり、俺を遠巻きに見つめている。

 みんな可愛い。魅力的な女の子ばかりだ。すごく胸が大きい子もいる。

 女子たちは教室から出ていかない。全員A組の生徒でまちがいないようだ。

「あの男の子、かっこいいね」

「イケメンだあ……」

 などとささやいている女の子たちがいる。

 俺の容姿を褒めてくれるのはうれしいが、男子が俺以外にいないのは、なんとも落ち着かない。

 これから男子がやってくるのだろうかと考えた。

 しかし、教室に入ってくるのは女ばかりだった。

 とうとう30人ほどの女子で、クラスはいっぱいになってしまった。

 最後まで男は俺ひとりだけだった。

 担任の教師がやってきた。若くて綺麗な女性だ。背は高く、目はぱっちりとして大きく、鼻筋はすっきりと通っている。顔立ちは整いすぎているほど。髪は銀色で、文字どおり輝いていた。

「みんなー、まずは適当に座ってねー」と彼女は教壇に立って言った。

 女子たちが「ねえ隣に座ろ」「ここでいいか」などと言いながら、座っていった。

 俺は最後まであいていた教卓のすぐ前の席に座った。

 美しい教師は教室を眺め回して、席がすべて埋まるのを確認した。

「軽く自己紹介するわね。私は女神のいん。全知全能のはずだったんだけど、やらかしちゃったのよねー。酔っ払って、隕石を後宮にぶつけてしまったの。皇帝もろとも、妃たちは全滅してしまったわ。ごめんねー」

 俺は女性教師がなんの話をしているのか理解できなかった。

 女神ってなんだよ。隕石って?

「みんなきょとんとしているわね。あなたたち、前世は皇帝と30人の妃だったのよ。思い出して!」

 自称女神の担任教師は、ぱん、と手を打ち鳴らした。

 びっくりした。

 脳内で爆発が起こって、閉じていた扉が開いたようだった。

 前世の記憶があふれ出す。次々と忘れていたイメージがよみがえっていく。走馬灯のようとしか表現できない。

 ありありと思い出した。

 俺は巨大な帝国、えんの第3代皇帝、明昴みんこうだった。父が急死し、16歳にして即位した。とまどいながら皇帝の任務を果たし始めたところだった。

 教室にいるのは、確かに妃たちだ。全員見覚えがある。後宮にいた。

 俺は即位してからまだ日も浅く、妃の中から皇后、貴妃、美人を選ぶよう宦官の長から言われていた。選ばれなかった者は下妃になる。

「わたし、前世で後宮にいたんだった」

「わあっ、あの男の子、皇帝陛下よっ」

 女子生徒たちも記憶をよみがえらせたようだ。

 前世の記憶は唐突に終わっていた。最後は眩い閃光につつまれた。そこから記憶が途絶えている。あの光は、隕石の衝突によるものだったのか。

「あんたのせいで俺たちは全員死んだってのか?」と俺は叫んだ。

「てへっ。ごめんねえ」

 女神韻の謝罪は軽かった。

 許すまじ韻、と思ったが、つづく話を聞いて、怒鳴るのを思いとどまった。

「せめてもの償いとして、日本に生まれ変わった皇帝と妃たちをこのクラスに集めたわ。あなたがたには、人生のやり直しをしてもらいます。私は皇后選びを見届けるために、担任教師としてこの学校に潜り込むことにしたの。どうやったかって? それは女神の超能力よー」

 前世を思い出した俺は、古代の王朝兗の皇帝と現代日本の高校生のふたつの記憶を持っている。

 いまの俺の能力は、単なる男子高校生のものだ。それは直感的にわかっている。超能力なんてない。成績は普通。中学時代野球部に入っていたので、運動能力は平均以上だが、特別に秀でているわけではない。

 父親は平凡なサラリーマンで、母親はスーパーマーケットでレジ打ちをしている。俺はありふれた家庭のひとりっ子だ。

 高校のクラス分けを決定するような権力はない。

 この学校の1年A組に前世の妃たち30人を集めたのが女神のしわざだとすると、韻には確かに超常の力があることになる。

 女神韻は調子よくしゃべりつづける。

「皇昴くん、あなたにはこれから、皇后、貴妃、美人を決めてもらうわ。高校1年の間に、このクライメイトの中から皇后ひとり、貴妃ふたり、美人4人を選んでちょうだい。その他の妃たちには下妃になってもらいます。みんな、皇くんに気に入られるようにがんばるのよー」

 女神の言葉を聞いて、女子生徒たちがざわめいた。みんなが俺の方を見ている。

「皇后っ? 皇后って、いちばんえらい女の人っ?」

「後で皇くんに話しかけなくっちゃ」

 俺たちの前世は皇帝と30人の妃たち。現世では高校の同級生。これからの1年間で、皇后、貴妃、美人を決める。

 選ぶのは俺。

 そういうことになった。なったが……それでいいのか?

「ちょっと待てよ。ここは一夫一妻制の日本だ。皇后だの、貴妃だの決めたって意味はないだろ」

「1年後、あなたたちを兗の後宮へ転送するわ」

 転送だと?

「そんな力があるのか?」

 女神は鷹揚にうなずいた。

「そんな強大な力があるんだったら、隕石の衝突をなかったことにして、いますぐ兗に戻してくれよ」

 韻はにんまりと笑った。

「そんなのつまんないじゃなーい。せっかく現代日本に転生したんだから、ここで皇后を選びなさいよ。その方が面白いでしょ?」

「は?」

 俺は絶句した。面白い……? 女神のやつ、この状況を楽しんでいるのか?

「3学期の終業式の日に、皇くんに皇后、貴妃、美人を確定してもらうわ。その地位のまま、兗の国に送るから、人生をやり直してね」

 韻はにんまりとした笑みを浮かべている。明らかに楽しんでいやがる。

 ここでの暮らしはあと1年だけだっていうのか。1年後、俺たちは兗に戻って、前世のつづきの人生を送ることになるのかよ。

「女子生徒のみんな、がんばるのよ。階級で待遇は段ちがいだからね。上の位をめざした方がいいわよ。下妃なんて、妃って言葉がついてるけど、ただの女官だからね。後宮の雑用係にすぎないわ。皇くんに選ばれた方が得よ。どんな手段を使おうと、私は邪魔しない。ただし、停学や退学には気をつけてねー。不健全性的行為は校則違反よ。私以外の教師は普通の人間だから、問題を起こしたら処罰されるからね」

 俺は唖然とした。

 教室のざわめきが大きくなっている。

「ばれなきゃなにやってもいいの?」

「停学が怖くて色仕掛けができるかっ」

 過激な女の子もいるようだ。

 仕組まれた皇后レース。

 女神の壮大なのか雑なのかわからん計画。ただのいたずらのようにも思える。いまの俺たちの人生はどうなるんだ? 現代日本から忽然と消えてしまうのか? 家族が泣くよ?

「俺たちが兗に戻ったら、残された家族はどうなる?」

「この日本にあなたたちはいなかったことになり、すべての人の記憶から消えるわ」

「それも女神の超能力なのか?」

「まあね。全知全能の力よ」

 韻はけろっとなんでもないことのように言った。マジか……。

「さてと、クラス名簿を配るわね。出席番号と転生名と現世名が印刷されているから、番号順に席に座り直してねー。1番は廊下側の1番前の席、31番は窓側の1番後ろの席よっ」

 女神が紙を配った。

 妙な名前が書いてある。これが転生名なのか?

「『名は体を表すシステム』で転生名がつけてあるからねー。胸、容姿、性欲、性格を6等級に分けてあるの。

 胸のサイズは爆巨大中小微ばくきょだいちゅうしょうび

 容姿の美しさは美麗艶華並凡びれいえんかへいぼん

 性欲は淫蕩耽溺清純いんとうたんできせいじゅん

 性格は優慎烈変邪悪ゆうしんれつへんじゃあくよー」


 1 爆艶純変 明日香明後日あすかあさって

 2 爆美純慎 姉川唯あねがわゆい

 3 爆並溺悪 綾取彩あやとりあや 

 4 巨華清烈 伊勢沙耶乃いせさやの 

 5 巨艶淫悪 大蔵万里おおくらばんり 

 6 巨凡清優 おおとりカンナ 

 7 大艶淫優 奥山美玖おくやまみく 

 8 大美蕩烈 蟹江凪かにえなぎ 

 9 大凡純優 河上かわかみイオ 

 10 大並清慎 川尻雪花かわじりせつか 

 11 中華純慎 倉敷詩歌くらしきしいか 

 12 中麗淫烈 栗田遊くりたゆう 

 13 中麗耽邪 黒石真理亜くろいしまりあ 

 14 中美清変 独楽久遠こまくおん 

 15 中艶蕩優 嵯峨千歳さがちとせ 

 16 中美耽悪 讃岐山さぬきやまユナ 

 17 中並耽烈 芝園風花しばぞのふうか 

 18 中並淫変 月下桜つきしたさくら  

 19 中凡純優 翼祈理つばさいのり 

 20 中凡清悪 常盤美都ときわみと 

 21 小美蕩優 等々力千弦とどろきちづる 

 22 小艶耽悪 南郷萌黄なんごうもえぎ 

 23 小華清邪 額田理央ぬかたりお 

 24 小麗溺変 藤原朝陽ふじわらあさひ ※夕陽の双子の姉

 25 小麗清変 藤原夕陽ふじわらゆうひ ※朝陽の双子の妹

 26 小凡淫烈 辺見渚へんみなぎさ 

 27 微美淫変 本田絵馬ほんだえま 

 28 微華蕩烈 桃山紅葉ももやまもみじ 

 29 微麗溺悪 弓削新菜ゆげにいな  

 30 微凡清慎 吉本雛よしもとひな 

 31 兗帝えんてい   皇昴すめらぎすばる


「爆艶純変ってなにー? あたしは変じゃなーい!」

「わたくしなんて巨艶淫悪ですわよ。淫悪って……ひどくない?」

 女子が騒ぎながら、出席番号順に席についていく。

 俺は窓側の1番後ろに座った。

 クラスの人数は31人で、机と椅子は横6席、縦5席に並んでいるが、窓側の列だけひとつ席が余って後ろに出っ張っている。そこが俺の席だ。隣がいなくて少しさびしい気もするが、窓から校庭が眺められるし、教壇から遠くて気楽だし、特等席と言えないこともない。

 俺は最後尾の席から美人教師を見つめた。

「なあ女神韻、この頭の悪い転生名は、おまえが考えたのか?」

「頭悪いって言うなー! そうよ、私が考案したのよ。それとこの世界では、私のことは韻先生と呼びなさい。フルネームは韻紫音いんしおんよ」

 この女神はまちがいなく頭がおかしい。

 現代日本で皇后選びをする意味がわからないし、『名は体を表すシステム』はアホとしか思えない。

 だが、万能なのは女神で、俺たちはただの人間なのだった。

「なあ韻先生、爆と巨はどちらが大きいんだ?」と俺はやけくそになってたずねた。

「くふふっ、ストレートに訊くわねえ。気になるなら、教えてあ・げ・る。爆乳は巨乳を超えるよー」

「そうなのか……。爆は巨を超えるでかさなのか」

 俺は無意識に教室を見回した。爆乳と思しき胸の持ち主がいて、制服の胸の部分が大きく盛り上がっていた。俺の視線に気づいて、とっさに胸を隠す女の子がいた。逆に突き出して誇示する子もいる。

 微乳もいた。まな板のような胸。前の席に座っている小学生男子のような女子生徒が、恨みがましそうにじっと黒板を見つめている。微凡清慎の吉本雛だ。

 容貌が平凡な上に微乳。

 悪いけど、こいつは皇后にはできねーわ、と俺は思った。 


 聡明なる読者諸君にはもうオチがわかったことであろう。

 吉本雛が皇后になるのである。

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前世は皇帝と三十人の妃たち。現世は高校の同級生。皇后、貴妃、美人、下妃を決めることになった。 みらいつりびと @miraituribito

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