第13話 夏の終わり

 8月28日、快晴。俺と春宮は、夏休みの最終週を、ただただのうのうと過ごしていた訳では無い。文芸部の取材のため、田舎に来ていた。この田舎というのは、俺の父や母の住む実家のある町であり、帰省も兼ねている。まぁ、彼女もいるということで日帰りなのだが。

 蝉の声ももう変わっており、ミンミンゼミからツクツクボウシにバトンタッチされたようだ。夕方になれば、ヒグラシすらも鳴き出す。ヒグラシの鳴き声なんて、ここ以外で聞いたことは無い。

「用水路にメダカが泳いでる」

「メダカだからな」

「案山子が立ってる」

「案山子だからな」

「珍しー」

「え、何処が!?」

 でも確かに、ここ以外でメダカが用水路に泳いでるのは見たことないし、案山子もあまり見たことない。もしかして、これって田舎だけ?あぁ、俺ってまだ田舎抜けできてなかったんだな。

「さ、まずは家行くぞ。荷物あるだろ」

「うん、案内よろしく」

「おう」

 若干上から目線なのは、何故だろうか。最近、春宮がからかって来るようになった。いや、最初から『シロイヌ』とかいう特大級のからかい爆弾を起爆させてきたんだが。でも、数々の内緒発言しかり、祭りの時のあーんしかり。

 それに今日のこいつ、何やら服装に気合いが入っているのだ。いつもはどちらかと言うと無地の黒系統の服にショートパンツなど、決してオシャレに気を使っていないという訳ではなかったか、今日のこいつはひと味違う。白のワンピースに素足にサンダル、そして麦わら帽子。どちらかと言うと田舎より海に出没しそうな彼女は、どこか夏の終わりを惜しんでいるようにも見えた。しかし、今日は曲がりなりにも実家への顔出し。父さんにもあらぬ誤解を掛けたくない。でも、このままでは誤解されてしまう。幸い、今日は日曜なので母さんもいるのだが…。

 そして、どうか変な事が起こらずに帰らせてくれと願いながら俺はすりガラスの扉をガラガラと開く。

「ただいまー」

「お邪魔します…」

 そこには、母さんがいた。そして、俺たちを見比べ、あぁ、うんうんと頷く。そして一言。

「同い年の彼女を連れてきた息子が居たんですよー」

『なーにぃ!ヤッちまったかぁ!』

「ヤッちまってるか!友達だよ!ってかなんで、しろはがいるんだよ!」

 勢いよく、奥の部屋から父の総司としろはが飛び出してきた。そう、父さんはまぁ、この親にしてこの子ありって感じで、姉ちゃんやしろはの性格構成に一役買っていると言っても過言では無いと言っていいほどにふざけるのが好きな性格である。

「漢になったのね、士郎」

「姉ちゃんまで!?」

 あぁ、なるほど、二人は何やら朝から用事があると言って姉ちゃんの車で出かけてたが、ここに来ることになってたのか。

「なんで二人がここにいるんだよ?」

「サプライズー」

「兄の行くところに妹が行くなんて常識だよ?」

「そんな常識怖すぎるわ!ったく、ごめんな、春宮」

「春宮さんというのか…」

 何やら父さんが前に出て、春宮を凝視する。それに驚いたのか、春宮が俺の後ろに隠れた。

「そうだよ。変な勘違いするなよ、ただ家が近所の友達だから」

「ふむ…」

 父さんは頷き、一言。

「春宮さんはやらんぞ!」

「どういうことだよ!」

「こんなに可愛らしい子、お前にはもったいないということだ!春宮さんはそれでいいのか!?この愚息で!」

「声が大きい!あと、春宮には俺の他に好きなやつが居るんだよ!今日は文芸部の部誌を書くために田舎に行きたいって言うから連れてきたんだ!わかった?」

「お前には聞いとらん!春宮さんに聞いとるんだ!」

 ちくしょー父さん聞く耳持ってねぇ!春宮はと言うと、いきなりの質問に驚いたのか、「あ、あう」とうわ言のように呟き、やがて諦めたように少しずつ言葉を紡いで行った。

「シロウクンハ…、トテモミリョクテキナヒトダト…、オモイマス」

「そうか!なら、士郎はやる!」

「俺はいいのかよ!」

 がっはっはと豪快に笑いながら、奥へ去っていく父さんに続き、ワッハッハと笑いながらしろはが続く。姉ちゃんはと言うと、「愛の告白ねー」と言ってニマニマと笑いながら二人の後を追った。くっそ、言いっ放しかよ!

「に、賑やかな家族だね…」

「うちの父と母と姉と妹がすみません…」

 俺の家族、何かおかしい…。

 俺と春宮は、かつての俺の部屋に荷物を置いた。しかし、この部屋には俺の部屋であるという痕跡すら無くなっていた。俺の記憶だけが、この部屋が俺の部屋だったと物語る。それは、本当に俺の部屋であったと言えるのか。そんなことを考えていると、虚しくなってきた。

  気を取り直すように、俺は「で、これからどうする?」と春宮に聞いた。しかし何も返事が返ってこないので春宮の方を向くと、彼女は何やらヒラヒラとしたものを手に取っていた!

「そ、それ…下…!ぐぇ!」

 春宮の正拳突きが、俺のみぞおちを撃ち抜く。そのまま、ぐらりと崩れ落ちた。

「下着じゃない!水着!」

「ご、ごめん…、なんで水着を…」

「そこに川があるから?」

「お前は登山家か」

「それに、まだ見せてないから…」

「そうか…」

 何恥ずかしいこと言ってるの、こいつ!あぁ、でもそうか。榎原はこいつの水着姿を見たのか。あの時、俺が行けば春宮の水着を先に見ることが出来たのに…。あれ?あの時、俺は相浦とショッピングを楽しんでいた。これ以上にない幸運の絶頂だった。結果、春宮との諍いが出来たのだが。まぁ、その件は仲直りできたからいいとして…。少し、榎原が羨ましい。


 春宮の宣言通り、俺たちは川に向かった。そこに川があったからとは言っていたが、恐らく春宮の小説には川で遊ぶシーンがあるのだろう。傍から見れば、あいつはただただ川遊びを堪能しているだけに見えるのだが。

「シロイヌー」

「なんだよ」

「遊ぼ?」

 取材なんだよな?その言い方だと、ただただ遊びたいってだけに聞こえるぞ。それに、今俺には川遊びに参加出来ない理由がある。

「水着がないんだよ」

「夏なんだから、すぐ乾くよ。ほら、靴脱いで、飛び込んで?」

「…たく、わかったよ」

 俺は服と靴と靴下を脱ぎ、スマホを服の上に置いてズボンを捲った。飛び込むなんて言っちゃいるが、小川だ。飛び込むというか、踏み込むと言うべきだろう。おぉ、冷たい。

 川に入ったのを確認した春宮は、嬉しそうにくるりと回って笑った。「どう?」とでも言うように。足から上がった水しぶきが、キラキラと反射した。

「似合ってるよ」

「えへへ、褒めてくれて、嬉しい。この水着、初お披露目なの。良かった、私、この水着の似合う女の子なんだ」

「え、初お披露目!?お前、榎原に泳ぎ教えて貰ったんじゃなかったのか!?」

「あの時はスクール水着。シロイヌが初お披露目だよ」

 そうか…、初お披露目か…。なら良かった。

「シロイヌが初めて」

「誤解を招く言い方するな…よ!」

「ひゃう!やったな…!あっ!」

「春宮!」

 ぐらりと春宮の体制が崩れる。川底の不安定な石を踏んでしまったのか!スローモーションのように、春宮が倒れていく。それに手を差し伸べるも、その手は空を切る。このままじゃ…!いや、助けなきゃ!俺は春宮の方に倒れ込み、肩を掴んだ後に回転し、受身を取った。

 結果的に、春宮は膝をつき、俺は川に倒れた。顔全体が水に浸かってしまう。

「だ、大丈夫!?」

「ぷはっ、おまえこそ、大丈夫か!?」

「う、うん…」

「良かった…あ」

「ん?」

 二人の顔が近づく。あぁ、きっと暑さで頭がやられたんだ、春宮は。だって顔が真っ赤だ。突き放そうにも春宮に怪我させるわけにも行かないし、彼女が馬乗りになってるせいで動くことも出来ない。そんな言い訳を羅列しているところで、現状は解決しない。あぁ、きっと俺も、夏の暑さにやられたのだろう。俺は、相浦が…。

 その時、セミの鳴き声に紛れてシャッター音が聞こえた。え?俺は、陸の方に目を向ける。そして、木の陰に俺たちを見つめる監視者の姿を確認した。それは…!

「お構いなく」

「構うわ!」

 しろはだった。旧式のビデオカメラをこちらに向けて、撮影をしている。

「どうぞどうぞ、気にせず半裸でちちくりあって下さいよ」

「どうしたらそんな勘違い…!」

「しない方が難しいよ」

 ですよね!この状況じゃ仕方ないですよね!あぁ、良かった。頭が冷静になってきた…。って!早くどかないと!

「ご、ごめん春宮!すぐどくから!」

「ん…」

「わぉ」

 大スクープとばかりにしろはがカメラを構える。柔らかい間隔が、俺の頬に触れた。春宮が、いわゆるチークキスをしたのだ。そして、甘く耳元で呟いた。

「シロイヌ、もしも私が貴方のことが好きだって言ったら、どうする?」

 ビクリと肩を震わす。冷静になりかけた脳が、処理落ちでショートした。

「ま、待て!そこにしろはが…居ねぇ!」

「シロイヌ…」

「え、えーと、お前には榎原が…!」

「ふへ…」

「ふへ?」

 やはり、春宮の様子がおかしい。俺が肩を揺さぶると、まるで春宮は人形のように揺れた。こいつ、やっぱ熱中症だ!こんなに川のおかげで涼しいのに!とにかく、今は引きあげて着替えを…!って、どうやって着替えさせよう!

「しろは!」

「ほい!」

「居んのかよ!まぁ助かった!春宮を着替えさせてあげてくれ!」

「がってん!」

 こうして俺たちはしろはを引き上げ、しろはに着替えさせてもらってから家に帰った。

「熱中症ね。彼氏なんだから、気付いてあげなさいよ」

 母さんが呆れ気味に、俺に小言を言う。ひとつを除いて返す言葉がない。

「彼氏じゃないって。ったく、スポーツドリンク買ってくるわ」

 春宮のために、少しでも水分を用意しなくては。こういった時は、スポーツドリンクの方がいいだろう。まぁ確かに、朝から一回も水分補給してなかったからな、春宮。

「お兄ちゃん、なんか春宮さんと一段と仲良くなったよね」

「そうだな。友達にもなれたし」

「なるほどねー。多分だけど、春宮さんも、盛り上がり過ぎたんだよ。お兄ちゃんと一緒にいるのが楽しくて。やるね、お兄ちゃん。もう一押しだよ」

「そんなんじゃないって」

 俺は、と心の中で唱える。春宮は、確かに言ったのだ。「もしも貴方のことが好きだって言ったら、どうする?」と聞いてきた。熱中症故の、混乱した果ての妄言だと切って捨てることは出来るが、あいつの本心なら、ちゃんと向き合わなければならない。

「てかお前、なんで着いてきたの」

「お兄ちゃんと一緒にいたいから!じゃなくて、あたしもジュース飲みたいんだよねー」

「そうかよ」

 しろはは小走りで自販機に向かい、炭酸ジュースを買う。本当にジュースを買いに来たのか。

 自販機で俺もスポドリを二本買い、家路に着く。

「ところでお兄ちゃん。このままだとお泊まりコースだよ?」

 ニヤリ、としろはが笑う。彼女の言うとおり、もう日が傾いてきた。

「やめろよ、春宮が大変なのに」

 でも確かに、このままじゃ泊まりになるな。着替えは持ってきてないんだが…。寝巻きのひとつくらいまだ残してるか。


 俺たちが家に帰ると、春宮が縁側でぼーっとしているのが見えた。目が覚めたのか。

「春宮、起きたんだな」

「ん、迷惑かけた」

「気にすんなよ。ほら、スポドリ」

「ひゃう…」

 ぴとっとスポドリを春宮の頬にくっつける。チークキスのお返しだ。春宮はスポドリを受け取り、頬をふくらませた。

「気分はどうよ」

「ちょっとクラクラする」

「そうか、ならそれ飲んで安静にしてな」

「ん…」

 春宮は頷くと、スポドリを半分一気に飲み干した。結構喉が渇いてたんだな。まぁ、熱中症だから当たり前か。それだけ呑めば、一晩も経てば治るだろう。しかし…。

「春宮、お前今日ここに泊まるか?」

「…ん、そうする…」

 春宮はそう言うと、縁側にコテっと倒れた。俺もその隣に座り、晩夏の夕空を眺める。遠くからひぐらしの声が聞こえた。蚊取り線香を焚いて貰っていたらしく、その匂いも相まってどこかノスタルジックな雰囲気に包まれた。そして、軒先に吊るしてある風鈴が揺れた。ベタベタなシチュエーションだが、いざ体験してみるといいものだ。軒下で過ごすのなんて、小学校ぶりだな。

 その時だ。パンと破裂音が聞こえた。寝転がっていた春宮も、勢いよく起き上がる。

「花火だ…」

「そういやうちの花火大会は8月下旬だっけ。すっかり忘れてた。思わぬ収穫だな」

「ん…」

「おふたりともー」

 すると、背後から母さんが歩み寄り、俺たちに箸とそうめんを渡してくれた。

「ありがと…」

 突如ジャンと鳴り出すギターの音。振り返ると、姉ちゃんがギターを持ち、しろはと父が冷やし中華を持っていた。まさか…。

「兄が彼女と実家に挨拶、そしてひとつ屋根の下宿泊」

『冷やし中華、始めましたー』

「彼は交際を否定、でも半裸でちちくり合う」

『冷やし中華、始めましたー』

「息子は今高校二年、未だ明けない反抗期」

『冷やし中華、始めましたー』

「冷やし中華初め割るの遅すぎだろ!」

「いや元ネタだと冬に始めることになってるから」

「そうでしたね!でもせめて普通に持ってきて欲しいな!」

 しろはから冷やし中華を受け取り、そうめんと一緒に食べる。これなら、春宮の熱中症もすぐに治るだろう。そして、しろはも俺の隣に座った。

「春宮さん、熱中症大丈夫?」

「うん、ひんやりして気持ちいー」

「そっか。あたし、冷やし中華作ったんだよ!美味しい?」

「美味しいよ」

「うん、美味しい」

「良かったー。たーまやー!」

 嬉しさに身を任せるように、しろはが叫ぶ。

 夏の終わりを飾る大輪の花を、俺たちは見上げた。何度も体験した夏休みの中で、いちばん充実した夏休みだ。春宮に振り回されてばかりのこの日々が、俺は案外好きなのかもしれない。


 俺と春宮は、呆然と部屋に敷かれた布団を見つめる。そう、その布団が二つ並んでいるのだ。

「ごゆっくりー」

「ちょ!母さん!行っちゃった…。どうするよ、春宮」

「ねる…」

 宣言通り勢いよく身を布団に投げ出す春宮。そんな彼女の服装は、しろはから貸してもらった若干サイズの合ってないパジャマを着ていた。三択だったのだ。ダボ着いた姉ちゃんのパジャマか、俺のパジャマか、小さなしろはのパジャマか。流石に俺のを着させる訳にも行かず、春宮本人に聞いたところ、「どちらかと言うなら」としろはのパジャマを選択したのだ。

 倒れたせいで春宮の服が気崩れ、真っ白の少し背中の肌が覗かせる。不可抗力的に、その背中に目線が惹き付けられる。それに気がついたのか、春宮は背中を抑え、肌を隠す。そして「変態」と呟いた。

「ごめん…」

「別にいい…」

「…、あ、そういえば、取材ほとんどできなかったな…」

「いい。もう書けたから」

「そっか。熱中症になってる間に…」

「ううん、一週間前には終わってた」

 …ん?

「ちょ、じゃあなんで俺たちここに!?」

「理由…、思い出作り…?」

「なるほどな…。ならなんでみんな呼ばなかったんだよ」

「みんな、予定があるって…」

「ご、ごめん…」

 ぼふっと布団に腰を落とす。悲しいこと言わせてしまった…。そして、春宮が「鈍感…」と呟いた。そうだよな、そんなことくらい察さないと行けないよな。そんな俺を見て、春宮がため息をついた。

「シロイヌってさ。何でも最後まで言わないといけないよね」

「人間誰でもそんなもんだろ。言葉にしなくてもわかるとか、そんなのない。わかった気になってるだけだよ。だから、想いを伝える。だから、俺もお前も、告白するんだろ」

「…そうだね」

 西川だって言っていた。「わかった気になってしまうのが短所である」と。それはきっと間違いじゃない。でもそれはきっと少なからず、誰でも持っている短所だろう。予想だとか、予測だとか。言葉を聞いただけで相手の心を掌握している気になっているだけで、全然分かっていない。多くの人が、それに気がつけない。だからこそ、俺たちは言葉でそれを伝えるのだ。

「もう寝るか」

「…ん」

 春宮は掛け布団を被ったのを確認し、電気を消す。その後俺も薄暗い部屋の中移動し布団に入ると、「ねぇ」と春宮が話しかけてきた。

「なんだ?」

「川で私、変なこと言ってなかった?私ね、病気とかで精神が弱ってる時、ついつい思ってることが口に出ちゃうの。だから…」

「べ、別に何も言ってなかったぞ!」

 つまり、あの言葉はこいつの本心ってことか!?春宮の爆弾発言で混乱する中、春宮はただただ俺を見つめていた。儚げな表情で。

「ねぇ」

「な、なんだよ…」

 い、言うのか?もしかして、言ってしまうのか!?グラグラと揺らぐ理性の中、ついに春宮が俺に告げる。

「さっきの嘘。病気の時は無駄なことで体力消費したくないから黙る」

「…は?」

「真に受けた?とにかく、川での発言はただただからかっただけ」

「…そうかよ。悶々と考えて損した」

 はぁ…。ほんと、良かった。こいつに告白されても、俺は多分振るだろう。何せ、俺には相浦という想い人がいるからだ。かと言って、その後の部活などでのこいつとの関わりを考えると、ただの友達には戻れないだろう。気まずすぎて会話すら出来なくなる。そうならない為にも、おそらく俺は榎原とこいつが付き合うまではその返事をなぁなぁにして引き伸ばすだろう。それでもどーうしてもと春宮が言うなら、相浦に振られ、こいつも榎原に振られてしまったのなら、振られたもの同士傷を舐め合うくらいはしようかとは思うが。でもこいつだって、最近は俺に積極的になっては来てるし、それを榎原にも向けることが出来たのなら、あいつを落とすことくらいわけないだろう。そのくらい、こいつは魅力的なのだ。あ、そういえば、春宮は榎原とどんな感じなんだろ。

「なぁ、春宮…」

「くぴー…」

「寝てるか」

 寝付くのが速いな。まぁ、進捗は起きている時に聞くか。

 にしても、可愛らしい寝顔だ。静かな寝息も、長いまつ毛も、相浦とは全然違うのだろう。相浦の顔を、こんなにも至近距離でまじまじと見たことは無い。なんなら、しろはと姉ちゃん以外の女子の寝顔なんて見たこと無かった。そんなことを考えているうちに、俺はゆっくりと眠りについた。


 朝。鳥の鳴き声で目を覚ます。なんという幸福だろうか。カーテン越しの朝日、料理を作る音、そしてぼやけた視界に映る、至近距離で顔を赤くしてる春宮…。春宮!?

「お、おはよう…」

 とりあえず挨拶。挨拶は大事。そして俺の心を落ち着かせる。しかしながら、全く落ち着かない。それは春宮も同じで、真っ赤を通り越して涙目になっている。そして、近付いてくる悪魔の足音。この短くも力強い足音…。やはり…!

「お兄ちゃーん、春宮さーん!あっさだよー!」

 ガチャりとドアを開けて入ってきたのは、やはりしろはだった。そして、入口で立ち止まり、俺たちを見つめる。そしてうんうんと頷いた。きっと、2人とも起きているのを確認できたということを意味しているのだろう。そうだと言って欲しい。

 そして、ニヤリと笑った後に勢いよくドアを閉め、「三人ともー!春宮さんとお兄ちゃんがおはようのキスしてるー!」と、まさかの虚言を叫び出した!

「やめろしろは!やめてくださいー!」

 ドタバタと複数の足音が家中からこちらに近付いてくる。そして、またもや勢いよくドアが開かれる。今度は四人が入ってきた。そして何やら物騒なものを持っている人物が一人!

「母さん、包丁下ろして!てか置いてきて!」

「あら、ごめんなさいね。間違いが起きてたら、あなたを殺して私も死のうと思ってたのよ」

「何それ物騒!それと姉ちゃん、なんでギター?」

「いや、これでバコーンと…」

「ロックすぎる!エレキでもないのに!」

「…きゅう」

「春宮!?」

 俺の家族全員に在らぬ勘違いをされたのが恥ずかしすぎたのか、春宮は羞恥の限界値をはるかに超え、処理落ちしてしまった。白目を向いて失神してしまっている。とんでもない顔だ。

「今すぐ…、出て行ってくれー!」

 思わず大声で叫ぶ。こいつが目を覚ましても、四人がいたら落ち着かないどころか悪影響だろう。

「わー、怒った!逃っげろー!」

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにねー」

「やるならきちんとした順序を…ね?」

「やっぱり春宮さんはやらんぞ!」

「いいから出ていけー!」

 俺は四人を何とか追い出し、布団に腰を落とした。すると、何やら視線を感じた。春宮が、目を覚ましたのだ。

「おはよう、二度目だけどな」

「うん、おはよ…」

 寝起きの甘い声じゃなく、少しシャンとした声。起きて数十分の声ではない。ちなみに、以前ゴミ出しの件で遅刻しそうになった時、寝起きの声は聞いている。もっと、ふにゃふにゃとした甘い声だった。こいつ、もしかして俺が起きるずっと前から俺を見つめてたのか?

「おう。それと、何度も何度も、うちの家族がすみません…」

「ううん、いいよ。それに、シロイヌとなら…」

「俺となら?」

 そこまで言いかけたところで、春宮は立ち上がり、「なんでもない」と言って部屋を出ていった。

 こいつは俺のことを「鈍感」だと言っているが、結局のところ、あいつは肝心なところをはぐらかすのだ。

「ちゃんと言ってもらわないと、分かんねぇんだよ。鈍感だから…」

 俺は、虚空に呟いた。その返事が、返ってくることはない。


 10時頃、姉ちゃんの車に乗り込み、車の窓を開ける。帰りは、四人で帰ることになったのだ。

「春宮さん、いつでも来ていいからな!」

「ど、どうも…」

「士郎も、今度二人で来る時はご報告、期待してるわね」

「そういう冗談やめてくれ。じゃあな」

「しゅっぱーつ!」

 しろはの合図で姉ちゃんが車を走らせる。

「で、お兄ちゃん?少し話があるんだけど…」

「あ、あはは…」

 閉鎖空間の中、俺と春宮は長時間尋問をされることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人形少女と歪んだ恋 @raito378

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画