第12話 同盟解消

 8月6日土曜日。俺はしろはと一緒に、隣町まで来ていた。

「クレープうっまー!ほんとにいいの!?こんなに美味しいもの貰って!」

「いいぞ。付き合ってもらったお礼。ほんと、美味いな」

 しろはを見ながら、感じたことを纏めていく。文化祭まで、二ヶ月を切ったからな。あれ以来、春宮は部活にも顔を出していない。前もこのようなことがあったが、その時は地雷を踏み抜いた時だった。今のあいつは、多分傷ついている。傷ついているからこそ、春宮は他人から距離を置きたがるのだろう。俺は、あいつの力になりたいのに。

「なんかあった?」

「んや、なんにも」

 俺は、クレープを頬張り、口を噤む。

「…やっぱりなんかあったでしょ。推理してあげよう。君は今、春宮さんのことで悩んでる」

「エスパーか?」

「簡単な推理だよ、お兄ちゃん。最近ずっと、春宮さんと一緒にいないし。前まではずっと一緒にいたのに」

「正解だよ…、なんか俺、春宮に嫌われたみたいで…」

「ふーん…、そっか。最後の会話、思い出せる?それになにかヒントがあるかも」

 何やらしろはは、探偵じみたことを始めた。でも、こうすることで、俺もなにか思い出せるかもしれない。

「それが恋と知れて良かったって」

「へー、それって?」

「胸がチクチクするのが、恋だって教えたんだ。他の誰かと話してるの見ると、チクチクするって言ってたから」

「なるほどねぇ…、青春してるなぁ」

 何やらしろはが遠い目をする。1つ下とは思えない、大人びた表情だ。

「何処がだよ。あいつは、俺の友達が好きで、俺は、そいつの友達が好きなんだ。で、二人で協力しあって互いの恋を成就しようってことで、恋愛同盟を締結してたんだ」

「何それ。そんなの長続きしないよ。誰かを制約で縛り付けて、互いに協力して成就した歪んだ恋なんて、上手くいくわけない。だってさ、告白する時は一人だよ。誰も協力してくれない。むしろ、協力する方が、上手くいかない。だからさ、辞めちゃえば?そんなの」

 バッサリと、しろはは俺のことを斬りつける。しかし、何処か、肩の荷が落ちた気がした。

「多分春宮さんはね。お兄ちゃんを遠ざけることで、お兄ちゃんとその想い人さんを二人きりにさせようって作戦に出たんだと思う」

「そうか…」

「だからって、春宮さんやお兄ちゃんが傷ついたら、本末転倒だよ。あたしに任せて。夏祭りの日に、屋台でも回りながら説得しとくから」

 そう言いながら、しろはは下手くそなウィンクをした。しろは、お前って…。

「最高の妹だな…!」

「今更気がついたの?遅いよ、ちなみにあたしはお兄ちゃんが最高のお兄ちゃんってことには生まれた時から気がついてたぜ!」

「自我強すぎだろ」

 にひ、としろはが笑う。これは、クレープ一個では割に合わないな。それから、俺たちはスイーツ店をめぐり、夕飯までも外食で済ませ、姉ちゃんに「飢え死にさせる気ー!?」と怒られてしまった。確かに連絡を寄越さなかった俺達も悪いが、自炊くらいできるようになって欲しい。春宮を見習って欲しい、もう自炊できるぞ。自炊だけだけど。


 本日は8月20日土曜日。相浦を誘った、夏祭りの当日。二人きりで回る予定…。だったが急遽変更。

「どうよお兄ちゃん、似合ってる?」

「おぉ、似合ってるな」

「でしょー!」

 浴衣を着終わり、しろはがヒラヒラと浴衣を揺らしながら出てくる。普段の彼女の衣服は、どちらかと言うと、スポーティなものが多い。小学校時代の卒業式で彼女のスカートを久々に見て、びっくりしたくらいだ。最近は高校の制服なんかでもスカートを履いてはいるが、落ち着いた色のもののため、こうもちゃんと女の子っぽい衣装を着た彼女を見たのは久しぶりと言えるだろう。なんたってしろは、普段くつろぐ時は胡座かいてるもんな。せめて膝くらいは合わせてほしい。

 すると、インターホンが押された。しろははインターホンに内蔵されているカメラ映像を確認し、「春宮さんだ!」と言ってパタパタと歩いて玄関に向かった。動きづらそうにはしているが、本人は気にしていない様子。それ以上に、この浴衣姿で祭りへ行くのが楽しみなのか。

「わー!春宮さんかわいい!」

「ありがと。しろはちゃんも、可愛いね」

「えへへー、お兄ちゃん、春宮さんに褒められちゃったよー」

「良かったな。春宮も、よく似合ってるぞ」

 春宮は一瞬嬉しそうな顔をするも、すぐに何かに気がついたようにハッとして、くるりと背中を向け、「行こ」としろはの手を引いた。

「え、ちょ!」

「お兄ちゃん!」

 任せろ、とでも言うように、しろはは親指を立てた。信じるか、女同士の腹を割った話し合いとやらを。

「おーい、まだ俺着替えて…!って、行っちまった…」

 なんだよ、春宮のやつ。一言くらい、「嬉しい」とか、「恥ずかしいこと言わないで」とか、あってもいいじゃないか。罵られた方がまだマシだった。無視なんて…。という思考に至るのも、全てあいつの思惑通りなのかもしれない。あくまで推測なのだが、そう思い込むことで、まだ傷は浅かった。

 もしかしたら、しろははメンタルケアも兼ねて、あのような憶測を話したのかもしれない。

「春宮…」

 かと言って、この焦燥感が消える訳では無い。俺は甚平に着替えながら、一人呟いた。


 祭り会場の広場にやってくる。ここは神社の周りをぐるりと囲むように出来た大きな公園のような広場で、奥には大きなヤグラと、神社を取り囲むように20数店の屋台が出ていた。その入口の近くで、春宮としろはがもう祭りを楽しんでいるのか、手に食べ物を持ちながら、話していた。しろはがこちらに気が付き、手を振る。

「お兄ちゃんお兄ちゃん!見てよこれ!でっかい綿あめだよ!」

「しろはちゃん、みてみて。舌が緑」

「あはは、春宮さん、エイリアンみたい!」

 これがしろはの言っていた腹を割った話し合いとやらだろうか。いかにも、ただの雑談にしか見えないが。

「お前ら、わかってるよね…」

「まぁまぁ。空気くらいは読むから。ね、春宮さん?」

「ん。不知火くんは気にしなくていい。私はしろはちゃんと遊びに来ただけ。変な勘違いしないで」

「そんな言い方ないだろ」

「別にいいでしょ」

 しろはは俺と春宮の間でオロオロとし、春宮を引き連れて「む、向こうで遊ぼっか!」と言った。俺がどれだけ春宮に嫌われているか、改めて実感しただろう。春宮も、無言でそのまま連れられていく。たく、なんなんだアイツは…。この前から、春宮の言葉には刺がある。意図して、俺を傷つけようとしているような、そんな棘が。俺は、ただ春宮に取材を手伝ってもらおうとしただけなのに。それも、向こうから行き場所はどこでもいいと言われ、合格発表後にしろはにでも頼んで付き合ってもらおうと思っていた取材を前倒しにしただけなのに。あれ、でも取材前までは普通だった。なぜいきなり…?

 乙女心は複雑とはいえど、中でもあいつのはなかなかに複雑すぎる。さらに謎がひとつ増えたな。

「難易度高いな…」

「どうしたの?浮かない顔だね!」

「相浦!」

 背後から声をかけられ、振り返ると相浦が居た。明るい桃色を基調にした、可愛らしい浴衣だ。

「どうかね、この浴衣」

「うん、似合ってるよ」

「ありがと!で、何かあったの?」

「…いや、なんでもない。じゃ、行こうか」

 せっかく俺が勇気をだして掴んだ、デートだ。ここで少なからず、相浦の思いを確かめなくては。

「何から行く?行きたい場所に行くよ?」

 そのセリフに、不意に春宮の顔がフラッシュバックした。あの、冷たい瞳が。

「しゃ、射的とか?」

「射的か。いいね!緋色のシルバーバレットと呼ばれた私の実力を見せてあげるよ!」

「赤いのか銀色なのかどっちなんだよ…」

 相浦はいつも通りだ。俺も、いつも通りにならなくては。先を歩く相浦に追いつくように、俺は早歩きになる。

「うぬぬ…、えいや!」

「残念、嬢ちゃん、あと一発だ!」

 相浦は、白いクマのぬいぐるみを落とそうとするも、その耳元を掠めるだけで、落とすことは出来ない。理由は、発砲の瞬間に手がぶれるからだろうか。見かねて、相浦の後ろから手を添え、銃身を支えた。

「ほら、よく狙え。あのぬいぐるみだろ」

「…うん」

 相浦は、しっかりと狙って発砲する。しかし、グラつかせて少し移動するだけで、まだ倒せない。すると、店主がコルク弾をひとつ、俺たちの前に置いた。

「カップルサービスだ。さっさと射止めちまいな」

「カップル…」

「…!」

 相浦が、俺に確認を取るように、こちらを見る。俺は声にならない声を上げそうになるも、何とか封じ込め、こくりと頷いた。ここでは、恋人という設定で通そうと決めた瞬間である。

「や、やるぞ!ラスト一発!」

「うん、息合わせろ、不知火くん!」

「おう!」

 若干テンションが振り切れ、パンっ、と発砲音が響く。その一発のコルク弾は見事にクマの額を捉え、そのまま撃ち抜いた。ゆっくりとクマが倒れる。ついに、俺たちは射止めたのだ。

 何やら、後ろから歓声やら拍手が聞こえてくる。なんだか、小っ恥ずかしい。いや、かなり恥ずかしい。

「あははー、どうもどうも。あ、これ、不知火くんのおかげで取れたんだし、あげるよ」

「いや、これは相浦が取ったんだから。相浦のもんだろ」

「…ありがとね。なら、貰うよ。この子、真っ白だからシロね。見てこの子の顔。とっても優しそう。まるで、不知火くんみたい」

「名前も、俺に似てるな」

「だね!」

 にしし、と相浦は笑って、シロを抱き締めた。いつもの相浦とは、少し違うような顔を見せた彼女は、とても可愛らしく、儚げに見えた。

「じゃ、次はどこ行こっか!」

 気を取り直すように、シロを手提げカバンに優しくしまい、相浦が手を叩く。あ、そういえば春宮がかき氷を食べてたな。

「かき氷とか?」

「おー、いいね!私たちの友情に、アイスは付き物だよ!」

「かき氷はアイスなのか?」

「なははー、アイスだよー。私、アイスって好き。アイスのアイは、愛のアイ、アイスのアイは相浦のアイだからね」

 まためちゃくちゃなことを言いながら、相浦は笑う。その笑顔の裏の感情を、俺は知りたい。そうしなければ、春宮に申し訳が立たない。恋愛同盟なのだ。互いに、協力しなければならないのだ。

「かき氷、メロン味!」

「ブルーハワイで」

「あいよ。600円ね」

 それぞれが300円ずつ出し、かき氷を受け取る。

「好きだったんだね、ブルーハワイ」

「最近好きになったんだ。子供の時はそこまでだったよ。でも、相浦に貰ったチューペットがさ。ラムネ味だったろ。だから、これも好きになったんだ」

「そっか…。嬉しいこと言ってくれますなー、このこのー!」

 ぐりぐりと肘を押され、少しかき氷が零れた。その落ちたかき氷が、地面にシミを作る。

「あ、ごめんね!ちょっと調子乗っちゃった」

「いいよ。ちょっとだし」

「ううん…、あ、そうだ!」

 相浦は何か思いついた様子で、自分のかき氷をスプーンに乗せ、それを俺に差し出した。え、これってまさか…!

「ほら、あーん!落としちゃった分、私のをあげるよ」

「え、いいのか!?なら遠慮なく…」

 そう、これは仕方なくだ。どうしても…、なんて言ってなかったけど、仕方なく…。俺はそう自分に言い聞かせ、メロン味のかき氷を食べた。無心で食べた。これを相浦も食べてたとか、このスプーンでこれから相浦がかき氷を食べるのとか気にせず…。

「これで間接キスだね」

「あ、うん、そうだな…」

 まさか自分でぶっ込んでくるとは思わなかった!なんか相浦顔赤面させて自爆してるし!決して冷静では無い頭を再度こちらに呼び戻したのは、携帯の着信音だった。着信元は、しろは?

「どうしたんだ…」

『お兄ちゃん!春宮さんが男の人に連れて行かれたの!今、なんか石段の近くで話してる!変な勧誘されてるのかも!』

「春宮が…!?すぐ行く!相浦、えーっと…、ごめん!」

 すると、相浦は俺の背中を優しく叩いた。

「いいんだよ、行ってあげな!うちのもんに何やっとんじゃー!ってね!ほら、かき氷は私が食べるよ!まだ一口も食べてないのに、勿体ないでしょ!今度なにか奢るからさ!」

「…ありがとう!」

 相浦に送り出され、俺は石段へ駆け出した。祭り会場から一般道までの道は坂道だから、石段って言うと神社の方か!途中、何度も電話が鳴った。きっとそれは、詳しい場所を知らせるためのものだったのだろう。大丈夫だ、分かってるから!

 俺は人波を避けて大回りをし、ついに石段前に辿り着いた。その少し前に、スマホを見ているしろはが。そして、確かに石段の中腹に春宮と男の姿が!見てなしろは、お兄ちゃんのかっこいい所を!そして、春宮、無事でいてくれよ!個人情報とか、聞かれても答えていないでくれよ!

「お兄ちゃん、待っ…」

「俺の友達に…へ?」

「不知火!?」

「不知火くん?」

 確かに、確認した。暗がりで顔は見え辛かったのだが、その顔は、確かに榎原だった。そして、その暗がりが災いした。俺は石段を踏み外し、ゴロゴロと転がり落ちたのだ。そして、気を失った。


「はっ!…ってて」

 ずきりと頭が痛む。どうやらコブになったようだ。切ってないだけマシか。そして俺は、後頭部に痛みと同時に温かみを感じることに気がつく。それが膝枕だと気がついたのは、痛みで閉じた目をゆっくりと開けた時だった。

「大丈夫?不知火くん」

「春宮…」

「はっ!目が覚めたなら行く!」

「いってぇ!」

 春宮が勢いよく立ち上がり、俺が地面に転がり落ちる。こ、コブ打った…。

「大丈夫!?」

「痛い…、けど、まぁ大丈夫だ。それよりお前。俺に嫌われようとしてたろ。俺と相浦をくっつけるためか?」

「それもある、けど…」

「ふーん、まぁいいや。とにかく、恋愛同盟は解消な」

「え!?なんで!?」

 そりゃ、驚くよな。お前から言い出した恋愛同盟だ。勝手に解消されたら、溜まったもんじゃないし、理由も聞きたくなるだろう。だから、俺なりの答えも用意しておいた。

「なんでって、そりゃ、無駄に気を使うからだろ。お互いに。そんな面倒な関係なんかより、互いに互いのことを応援し合える、友達になればいいんだよ」

「…!」

「てなわけで、俺らはこれからは友達としてやってくってことで、異議なし?」

 黙っている春宮から強引に答えを引き出そうとするも、春宮は何やら手を挙げて「ひとつ聞かせて」と言った。学校の発表ばりに綺麗な手の上げ方だ。

「ん?」

「私たち、友達なの?」

 すごく悲しい質問だった。こんな質問をされるほどの関係だったということも悲しいし、質問の内容自体も友達の定義を知らないようで悲しい。てか、勘違いで榎原に突っ込んでいく時、「俺の友達に…」って言ったのに。

「そりゃ、そうだろ。友達だよ。お前が良ければ、だけど」

「…うん、わかった。恋愛同盟は解消」

 どこか、吹っ切れたように笑う彼女。やはり、恋愛同盟は彼女にとっての柵になってしまっていたらしい。そして、軽い足取りで夏祭り会場に戻った。

 そして、春宮はまたもう一つかき氷を食べるのか、ブルーハワイ味のかき氷を買った。

「ここからはただの友達。よって、シロイヌには、今から記念品を贈呈」

「なんだそれ」

「ほい、あーん」

 春宮は、ブルーハワイ味のかき氷を俺に押し付けた。いや、確かに好きだけども!

「あー、って、なんでだよ」

「芸もできない駄犬なの?」

「なんでそうなんだよ!」

「とにかくあーん!」

 たく、しょうがないな…、あーんなんて人前でやるもんじゃないだろうに。なのになんであんなに罵られなきゃならないんだ…。観念して、俺は口を開ける。スカッとしたブルーハワイの味が、口いっぱいに広がった。ああ、やっぱり初恋の味だ。

「これで上書きできた…」

「何をだよ」

「なんでもない!」

 今までに見たことないような、悪戯な笑顔を見せた春宮。俺の心臓は、大きくときめいた。あぁ、なるほど。さっきの春宮の言葉の意味が、ちょっとわかった気がする。

「あ、お兄ちゃん!大丈夫だった?」

「心配してくれてありがとうな。その割には、随分と楽しめたみたいだけど」

 しろはの手には、ヨーヨーにスーパーボール、果てには頭にお面まで付けている。気絶する前までは特に何も持っていなかったが。

「えへへ、楽しませて頂きました…。てか、その様子だと、仲直り出来たっぽいね。良かったじゃん!」

「うん。お悩み聞いてくれてありがと。あっ…」

 しろはに抱きついたところでピタリと、春宮の動きが止まる。そして、春宮の下駄が足からカランと脱げた。

「はなわ、切れちゃった」

「走るからだろ。たく、どうやって帰るんだよ」

 それは決まっているとばかりに、ふたりは互いに見つめあってから俺に期待の目が寄せる。あぁ、はい。そうですね。

 俺は春宮をおぶり、下駄を手に持つ。全く、まだ30分ほど遊べると言うのに、こんな形で帰ることになるとは。相浦にメールで謝罪しないと…。すると、ぬっと春宮が背中から顔を覗かせた。

「あ、紗霧さんは先に帰ったよ」

「マジで?」

「うん。士郎くんが寝てる時に、ちょっと話した」

「何を?」

「内緒」

「だろうな」

 何となく分かってたけどもさ。何か変なことを話していないか、少し心配だ。そんな俺の心配とは裏腹に、春宮は上機嫌そうに笑っている。



 私は榎原くんにも手伝ってもらい、シロイヌを膝枕した。その榎原くんはというと、もう帰ってしまったのだが。あぁ、可愛いな。ごめんね、シロイヌ。酷い態度取って。でもこれも、シロイヌの為なんだよ。

「佳奈ちゃん、来てたんだね」

 声をかけられたので顔を上げると、浴衣姿の相浦さんがいた。いつと違い、どこか大人びた雰囲気を漂わせる。あぁ、これは叶わないな。と、本能的に理解してしまった。

「紗霧さん。あ、ううん、これは違くて!」

「嘘は良くないよ、この紗霧ちゃんアイは全てを見通すのだ!相浦の相は、アイの相だからね!」

「ん…」

 相浦さんの大声に反応したのか、私は相浦さんに「しー!」と呼びかける。相浦さんも自覚したのか、口を両手で押えた。

「で、どうなの。ぶっちゃけ、不知火くんのこと好きなの?」

「…うん。でも、私は相浦さんがお似合いだと思う。それに、私は榎原くんも好きなの…」

「そうなんだ、欲張りだね。君も、私も」

「それって…」

「あのね、佳奈ちゃん。前も言ったよね。走り続ける貴方に勝ちたいって」

 言わないで、とでも言うように、紗霧さんは私の言葉に重ねる。

「うん、でも…」

「なら、今日告っちゃおうかなー。不知火くんに」

「だめ!あっ…」

 口を着いて出た言葉は、私のずっと隠してた本心。その言葉を聞けて、紗霧さんは嬉しそうに笑った。

「意地悪…」

「ごめんね。でも、やっぱり。佳奈ちゃんは、不知火くんのことも好きなんだよね。だったら隠すことないよ!私の恋は、あなたに譲って貰えなくても、私が掴む!さぁ、競走だよ!」

「うん…!」

 そう言うと、紗霧さんはニコッと笑って歩き出した。あぁ、これが恋なんだ。なんて切なくて、なんて心地いいんだろう。私は、去りゆく相浦さんの背中に、「負けないから」と投げかけた。その声が届いたか、届いていないか、私には分からない。


 8月22日。もう夏休みも終盤に差し掛かった頃、ついにしろはの受験結果が発表される。しろははここで結果発表を見る気であり、理由は「両親が共働きだから、お兄ちゃんと一緒に見たかった」との事。しかし、春宮も一緒とは。

「あ、来たよ!」

「いよいよだな…」

 一通のメッセージが、パソコンに送られてくる。俺たち三人はゆっくりと唾を飲み、しろはがそれをクリックした。題目には、「合否判定につきまして」と書いてある。そして、それを震える手でクリックするしろは。そこには…!

「合格だ…」

「合格…!」

「合格だぞ!しろは!」

『やったー!』

 俺と春宮は、勢い余ってしろはに抱きつく。しろはも、口では自信アリと言っていたがいざ受かったとなると安心したのか、全身の力が抜け、ポロポロと涙を流していた。

 そこからは親に連絡し、入学金、授業料の振込期日などの書いてあった資料を親のスマホ宛に転送した。全てが終わった頃に、しろははバタンと倒れてしまった。

「お疲れ様。これからよろしくな」

「うん、先輩。春宮先輩もよろしくね」

「ん、よろしく。それとこれで…!」

「あぁ、文芸部も存続だな!」

「うん!」

 ぴょんぴょんと春宮が跳ねる。それに釣られて、しろはもぴょんぴょんと跳ね出した。微笑ましい光景だ。

「んじゃ、早速入部してくる!」

「まて!気が早すぎ!少なくとも新学期になってから!」

「ぶー、善は急げって言うのに」

「急がば回れ、急いては事を仕損じるとも言うぞ」

「分かった!分かりましたよー」

 諦めたように、ストンと腰を下ろすしろは。その様子を見て、春宮が呟いた。

「凄く嬉しそうだね」

「そうだな。そういうお前も、嬉しそうだぞ」

「うん。努力は報われるべき。それが成就したタイミングが、私は大好き。自分のも、誰かのも」

「あくまで自分最優先、だけど」と春宮は付け加えた。やはり、そこは譲れないらしい。そりゃそうだ。自分最優先じゃなかったら、こいつは金賞などは目指していない。

 さて、今日は赤飯にするか。久々に春宮にも手伝ってもらって、しろはも交えて3人で。

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