第63話 恋の痛み⑸
私は一人、学校から帰宅した。西川は編集部に顔を出さなければならないらしく、私だけ先に帰らされた。
現役作家様は、多忙のようだ。私も読モとして多忙にしているが。
「あ、那月ちゃん」
家の鍵を開けようとすると、背後からスーツ姿の女性に声をかけられた。不知火くんの姉、胡桃さんだ。
「胡桃さん、どうかしました?」
「ううん、見たから声をかけただけよ。あ、でも少し聞きたいことあるかも。ちょっとお邪魔していい?今家に妹がいて、二人でお話したいから」
「わ、分かりました」
そのまま私は胡桃さんを家に迎えた。
思い返してみれば、ここに来たのは西川に継いで二人目か。「わー、可愛いお部屋ね」と、落ち着きなくキョロキョロ見渡す胡桃さんに、麦茶を差し出した。
「で、話ってなんです?」
私は小首を傾げて、指を口に当てる。うん、あざとい。あざとかわいい。今日も私可愛い!
「最近さ。蓮くん、どうかな」
「西川くん?相も変わらず悪態ついてばかりですよ。まぁ、元気って言えば、元気なんですかね」
「そっか、なら良かった」
そう言うと胡桃さんは、心底安心したような、どこか儚げな笑みを浮かべた。
あれ、何この人。前の印象とは全然違う。
なんというか、恋する乙女と言うより、母親のような瞳。
「どうしてそんなこと聞くんです?」
「最近、蓮くんが家に来ないからさ。ちょっと心配になっちゃったのよね。でも、元気そうなら良かった」
「前はよく来てたんですか?」
「よくっていうか、毎日ね。士郎が来てからは、ご飯も一緒に食べるようになって。でもそっか。元気なのね」
毎日、か。多分だけど、この人は西川の心の支えだったのだろう。
前に聞いた限り、一番沈んでいた時期が中学生の頃だと聞いた。そんな彼に、胡桃さんは寄り添ってくれたのだとか。
「…胡桃さん」
「何?」
「私は、西川にとっての貴方になれるでしょうか…、まだ、自信が無いです」
多分これは、ここ数年で初めての弱音。大人になった気でいて、大人ぶっていた私の、本音。
「なれるわよ。だって、私はただ、蓮くんの隣に座って、人生って上手くいかないねって話してただけだもん。貴方には、きっとそれ以上のことができるでしょ?」
「…分かりません。でも、あいつを支えられるように、できることはします」
「うん、託したからね!」
ばしっと、胡桃さんが私の肩を叩く。今のあいつがいるのは、この人の影響が大きいだろう。
果たして私は、胡桃さんのように、あいつのためになれるだろうか。あいつのために、影響を与えることが出来るのだろうか。いや、きっとそれは間違いだ。
あいつは、もう変わらなくてもいいのかもしれない。それでもあいつが変わりたいと願う時、私が隣で支えなくてはならないのだ。
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