第65話 同盟解消⑵
本日は8月20日土曜日。相浦を誘った、夏祭りの当日。二人きりで回る予定…。だったが急遽変更。
「どうよお兄ちゃん、似合ってる?」
「おぉ、似合ってるな」
「でしょー!」
浴衣を着終わり、しろはがヒラヒラと浴衣を揺らしながら出てくる。
普段の彼女の衣服は、どちらかと言うと、スポーティなものが多い。小学校時代の卒業式で彼女のスカートを久々に見て、びっくりしたくらいだ。
最近は高校の制服なんかでもスカートを履いてはいるが、落ち着いた色のもののため、こうもちゃんと女の子っぽい衣装を着た彼女を見たのは久しぶりと言えるだろう。
なんたってしろは、普段くつろぐ時は胡座かいてるもんな。せめて膝くらいは合わせてほしい。
すると、インターホンが押された。しろははインターホンに内蔵されているカメラ映像を確認し、「春宮さんだ!」と言ってパタパタと歩いて玄関に向かった。
動きづらそうにはしているが、本人は気にしていない様子。それ以上に、この浴衣姿で祭りへ行くのが楽しみなのか。
「わー!春宮さんかわいいですね!」
「ありがと。しろはちゃんも、可愛いね」
「えへへー、お兄ちゃん、春宮さんに褒められちゃったよー」
「良かったな。春宮も、よく似合ってるぞ」
春宮は一瞬嬉しそうな顔をするも、すぐに何かに気がついたようにハッとして、くるりと背中を向け、「行こ」としろはの手を引いた。
「え、ちょ!」
「お兄ちゃん!」
任せろ、とでも言うように、しろはは親指を立てた。信じるか、女同士の腹を割った話し合いとやらを。
「おーい、まだ俺着替えて…!って、行っちまった…」
なんだよ、春宮のやつ。一言くらい、「嬉しい」とか、「恥ずかしいこと言わないで」とか、あってもいいじゃないか。罵られた方がまだマシだった。
無視なんて…。という思考に至るのも、全てあいつの思惑通りなのかもしれない。あくまで推測なのだが、そう思い込むことで、まだ傷は浅かった。
もしかしたら、しろははメンタルケアも兼ねて、あのような憶測を話したのかもしれない。
「春宮…」
かと言って、この焦燥感が消える訳では無い。俺は甚平に着替えながら、一人呟いた。
祭り会場の広場にやってくる。ここは神社の周りをぐるりと囲むように出来た大きな公園のような広場で、奥には大きなヤグラと、神社を取り囲むように20数店の屋台が出ていた。
その入口の近くで、春宮としろはがもう祭りを楽しんでいるのか、手に食べ物を持ちながら、話していた。しろはがこちらに気が付き、手を振る。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!見てよこれ!でっかい綿あめだよ!」
「しろはちゃん、みてみて。舌が緑」
「あはは、春宮さん、エイリアンみたいですよ!」
これがしろはの言っていた腹を割った話し合いとやらだろうか。いかにも、ただの雑談にしか見えないが。
「お前ら、わかってるよね…」
「まぁまぁ。空気くらいは読むから。ね、春宮さん?」
「ん。不知火くんは気にしなくていい。私はしろはちゃんと遊びに来ただけ。変な勘違いしないで」
「そんな言い方ないだろ」
「別にいいでしょ」
しろはは俺と春宮の間でオロオロとし、春宮を引き連れて「む、向こうで遊ぼっか!」と言った。
俺がどれだけ春宮に嫌われているか、改めて実感しただろう。春宮も、無言でそのまま連れられていく。たく、なんなんだアイツは…。
この前から、春宮の言葉には刺がある。意図して、俺を傷つけようとしているような、そんな棘が。俺は、ただ春宮に取材を手伝ってもらおうとしただけなのに。
それも、向こうから行き場所はどこでもいいと言われ、合格発表後にしろはにでも頼んで付き合ってもらおうと思っていた取材を前倒しにしただけなのに。あれ、でも取材前までは普通だった。なぜいきなり…?
乙女心は複雑とはいえど、中でもあいつのはなかなかに複雑すぎる。さらに謎がひとつ増えたな。
これも、相浦と俺を付き合わせるためなのか…。優しさの形とはいえ、不器用すぎるだろ。
俺は、あいつの思惑とは反するだろうが、春宮とも仲直りして、そのうえで相浦と付き合いたい。そして、春宮の告白を後押ししてやるんだ。
でも、春宮頑固そうだし、なんならこのタイミングで榎原との距離を急接近させてる可能性も…。しかしこのまま不仲のままだと相浦や榎原が気にする…。一ヶ月ほど前、身をもって知ったじゃないか。となるとやはり仲直りが先…。
「難易度高いな…」
「どうしたの?浮かない顔だね!」
「相浦!」
背後から声をかけられ、振り返ると相浦が居た。明るい桃色を基調にした、可愛らしい浴衣だ。
「どうかね、この浴衣」
「うん、似合ってるよ」
「ありがと!で、何かあったの?」
「…いや、なんでもない。じゃ、行こうか」
せっかく俺が勇気をだして掴んだ、デートだ。ここで少なからず、相浦の思いを確かめなくては。
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