第66話 同盟解消⑶

「何から行く?行きたい場所に行くよ?」


 そのセリフに、不意に春宮の顔がフラッシュバックした。あの、冷たい瞳が。


 その幻影を振り払い、俺は笑顔を作る。


「しゃ、射的とか?」


「射的か。いいね!緋色のシルバーバレットと呼ばれた私の実力を見せてあげるよ!」


「赤いのか銀色なのかどっちなんだよ…」


 相浦はいつも通りだ。俺も、いつも通りにならなくては。先を歩く相浦に追いつくように、俺は早歩きになる。


「うぬぬ…、えいや!」


「残念、嬢ちゃん、あと一発だ!」


 相浦は、白いクマのぬいぐるみを落とそうとするも、その耳元を掠めるだけで、落とすことは出来ない。


 理由は、発砲の瞬間に手がぶれるからだろうか。見かねて、相浦の後ろから手を添え、銃身を支えた。


「ほら、よく狙え。あのぬいぐるみだろ」


「…うん」


 相浦は、しっかりと狙って発砲する。しかし、グラつかせて少し移動するだけで、まだ倒せない。すると、店主がコルク弾をひとつ、俺たちの前に置いた。


「カップルサービスだ。さっさと射止めちまいな」


「カップル…」


「…!」


 相浦が、俺に確認を取るように、こちらを見る。俺は声にならない声を上げそうになるも、何とか封じ込め、こくりと頷いた。


 ここでは、恋人という設定で通そうと決めた瞬間である。


「や、やるぞ!ラスト一発!」


「うん、息合わせろ、不知火くん!」


「おう!」


 若干テンションが振り切れ、パンっ、と発砲音が響く。


 その一発のコルク弾は見事にクマの額を捉え、そのまま撃ち抜いた。ゆっくりとクマが倒れる。ついに、俺たちは射止めたのだ。


 何やら、後ろから歓声やら拍手が聞こえてくる。なんだか、小っ恥ずかしい。いや、かなり恥ずかしい。


「あははー、どうもどうも。あ、これ、不知火くんのおかげで取れたんだし、あげるよ」


「いや、これは相浦が取ったんだから。相浦のもんだろ」


「…ありがとね。なら、貰うよ。この子、真っ白だからシロね。見てこの子の顔。とっても優しそう。まるで、不知火くんみたい」


「名前も、俺に似てるな」


「だね!」


 にしし、と相浦は笑って、シロを抱き締めた。いつもの相浦とは、少し違うような顔を見せた彼女は、とても可愛らしく、儚げに見えた。


「じゃ、次はどこ行こっか!」


 気を取り直すように、シロを手提げカバンに優しくしまい、相浦が手を叩く。あ、そういえば春宮がかき氷を食べてたな。


「かき氷とか?」


「おー、いいね!私たちの友情に、アイスは付き物だよ!」


「かき氷はアイスなのか?」


「なははー、アイスだよー。私、アイスって好き。アイスのアイは、愛のアイ、アイスのアイは相浦のアイだからね」


 まためちゃくちゃなことを言いながら、相浦は笑う。その笑顔の裏の感情を、俺は知りたい。


 そうしなければ、春宮に申し訳が立たない。恋愛同盟なのだ。互いに、協力しなければならないのだ。


「かき氷、メロン味!」


「ブルーハワイで」


「あいよ。600円ね」


 それぞれが300円ずつ出し、かき氷を受け取る。


「好きだったんだね、ブルーハワイ」


「最近好きになったんだ。子供の時はそこまでだったよ。でも、相浦に貰ったチューペットがさ。ラムネ味だったろ。だから、これも好きになったんだ」


「そっか…。嬉しいこと言ってくれますなー、このこのー!」


 ぐりぐりと肘を押され、少しかき氷が零れた。その落ちたかき氷が、地面にシミを作る。


「あ、ごめんね!ちょっと調子乗っちゃった」


「いいよ。ちょっとだし」


「ううん…、あ、そうだ!」


 相浦は何か思いついた様子で、自分のかき氷をスプーンに乗せ、それを俺に差し出した。え、これってまさか…!


「ほら、あーん!落としちゃった分、私のをあげるよ」


「え、いいのか!?なら遠慮なく…」


 そう、これは仕方なくだ。どうしても…、なんて言ってなかったけど、仕方なく…。俺はそう自分に言い聞かせ、メロン味のかき氷を食べた。無心で食べた。


 このスプーンでこれから相浦がかき氷を食べるのとか気にせず…。


「これで間接キスだね」


「あ、うん、そうだな…」


 まさか自分でぶっ込んでくるとは思わなかった!なんか相浦顔赤面させて自爆してるし!


 そんな、決して冷静では無い頭を再度こちらに呼び戻したのは、携帯の着信音だった。着信元は、しろは?


「どうしたんだ…」


『お兄ちゃん!春宮さんが男の人に連れて行かれたの!今、なんか石段の近くで話してる!変な勧誘されてるのかも!』


「春宮が…!?すぐ行く!相浦、えーっと…、ごめん!」


 すると、相浦は俺の背中を優しく叩いた。


「いいんだよ、行ってあげな!うちのもんに何やっとんじゃー!ってね!ほら、かき氷は私が食べるよ!まだ一口も食べてないのに、勿体ないでしょ!今度なにか奢るからさ!」


「…ありがとう!」


 相浦に送り出され、俺は石段へ駆け出した。祭り会場から一般道までの道は坂道だから、石段って言うと神社の方か!


 途中、何度も電話が鳴った。きっとそれは、詳しい場所を知らせるためのものだったのだろう。大丈夫だ、分かってるから!


 俺は人波を避けて大回りをし、ついに石段前に辿り着いた。


 その少し前に、スマホを見ているしろはが。そして、確かに石段の中腹に春宮と男の姿を確認できた!見てなしろは、お兄ちゃんのかっこいい所を!


 そして、春宮、無事でいてくれよ!個人情報とか、聞かれても答えていないでくれよ!


「お兄ちゃん、待っ…」


 何か言いかけたしろはを置き去りにして、石段を駆け上がる。


「俺の友達に…へ?」


「不知火!?」


「不知火くん?」


 確かに、確認した。暗がりで顔は見え辛かったのだが、その顔は、確かに榎原だった。


 そして、その暗がりが災いした。俺は石段を踏み外し、ゴロゴロと転がり落ちて、挙句に気を失った。あぁ、なんて不幸な…。

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