第6話 一件落着、めでたしめでたし?
さすがアエトス、優秀な男だ。俺は彼から事の顛末について説明されながら、なぜかアレクトールの頭を撫でさせられていた。今日は目覚めてから今まで色々あったんだ。昨日、回復魔法が使えないままに始まってしまった後半戦のせいで今日も起き上がれなくてだな……。
喉が潰れてしまったのがきつかった。聖女とて、詠唱できなければ非力なのだ。ということで、様子を確認しにきてくれたアエトスに呆れられながらも回復魔法をかけてもらい、アレクトールの事情を聞き、今に至る。
しょっぱなから情けない姿を見せる羽目になった俺、可哀想。
それはさておき、俺のすぐ隣に座っているジークヴァルトが今にも彼を殺しそうな顔をしている。アレクトールの暴走を収めるための行為であると理解しているからか実行に移す気配はないが……何となく俺が気になる。
偉いね、と褒めるつもりで彼の太ももをぽんぽんと撫でてやったら、その手をぎゅっと握られた。くそ、可愛いな。
「――ということで、アンックリの彼らは禁固刑の方向に。アンックリ側は関与を否定してくると思うけれど、これを機に当たりを厳しくしていく方向へ舵を取るよ」
「それにしても、あの子たちも大変だな……」
「話を聞けば聞くほど主への忠誠心を見せつけられるようで、気の毒になるね」
アンックリの反乱軍側の人間だろう、とアエトスは考えているらしい。もともと寄せ集めの海の民で構成されているあそこは、平和な国になるにはまだまだ時間が必要そうだ。
混乱に乗じて乗っ取ろうとする動きもない。売りは海洋資源だけだからな……。しばらくはこのままだろう。
現状の政治がうまくいっていないし、国民の幸福を無視した政策ばかりで酷すぎる。個人的には反乱軍を応援してやりたいところだが、よその国だからな……助けを求められない限り、動く理由はない。
「しかし、俺一人従えたところで……戦いに勝ててもその後が大変だろうに。俺がそこにいたのが分かったら各国から袋叩きだぞ。
俺、聖女の中で一番目立つからな」
「それはそうですね。我々だって、あなたがいなくなったら大々的に拉致されたって騒ぎますし」
騒いでくれるのか。動いてくれるにしても体面を気にして表沙汰にせずに水面下で、とかになると思っていた俺は喜色を浮かべた。
「はは、そりゃどうも。自国の失態を表に出してまで対応してくれるなんて、聖女冥利に尽きるな」
「……その方が有益だからなのだけれど。この国が聖女を大切に扱っているというアピール、奪う者がいれば地の果てまで探し見つけ出してみせるという執念などを見せつけて、今後の聖女拉致誘拐を牽制する目的に決まっているではないか」
「あ、そゆこと……」
喜んだ自分がちょっと恥ずかしい。照れくささを誤魔化すように頬をかくと、撫でるのをやめられたアレクトールが不満そうに俺の足に絡みついた。本当にジークヴァルトに殺されちゃったりしない? 俺の手を握る力が強まって、俺は別の意味で笑みを作る。
「防げたのだから、もうこの話はおしまい。それで、これからの対応だけれど……」
アエトスは具体的にアンックリへの問い合わせについてまとめていく。本当に仕事ができる男だ。王位継承権を破棄して聖女の活動に重きを置くようにしたのって、純粋に王国の損失だったんじゃないだろうか。
いや、きっとこれから彼は王子聖女として国の発展に寄与することになるんだろうが。
彼の説明を聞きながら、俺はアレクトールへの頭撫で作業を再開するのだった。
――それから。アンックリ国の反乱軍代表から謝罪の言葉を絞り出すことに成功したテアテティス王国は、なんと彼らに手を貸すことを決めた。戦いが起きる度に聖女が拉致誘拐される心配をするよりも、積極的に聖女を派遣して平和にしてしまった方が楽なのではないかという話が出たからだ。
戦いが原因でジークヴァルトの拉致、及び聖女ラウルの誘拐未遂が起きている。その上、かの国は周辺諸国から政権交代しておいた方が良いと判断されている。これは、誰も現政権に手を貸していない点から容易に察することができる。
これを加味して動く大義名分ができたテアテティス王国は、お試しに派遣してみることになったのだった。
ということで、俺とジークヴァルトが拉致犯たちの護衛でアンックリ国へ向かうことになった。感謝されたり、謝罪もされた。まあ、俺の方こそちょびっとだけ感謝してるんだけどな。
ジークヴァルトが奪われなければ、俺はきっと自分の感情を認めなかっただろうから。そして、俺が新世界の扉を開くことにもならなかった……はは、未練たらたらだけど、俺がジークヴァルトを抱きたかった。
いや、まだ人生は長いしもしかしたらチャンスがあったりするかもしれない。一応「抱きたかった」って彼に伝えたし。
とりあえず、アンックリ国は安定した。まあ、俺たちの手で強制的に、だけど。そして、テアテティスに戻ったら預言者アリストフォスと騎士アレクトールが結婚してた。
やけに早いな。っていうか、俺たちがいる時に結婚してくれよ! 俺にあれほどアレクトールの頭を撫でさせせておいて酷くないか!?
あの後、我慢し続けたジークヴァルトによる構って攻撃という名のあれこれで再び抱き潰された俺の身になってくれ。回復魔法をかけることすらできず、アエトスに「またかよ」っていう蔑むような視線を向けられながら回復された俺、可哀想だと思わないか?
俺の気持ちは置いておくとして、二人はいつの間にか結婚していた。俺のいない間に「聖女ラウルが認めたカップル」とあちこちに言いふらして無理やり結婚したらしい。だしにされてる……。はあ、もう勝手にしてくれ。
そんな風に変わったこともあれば、変わらなかったこともあった。それは、俺とジークヴァルトの関係だ。夜の生活が増えたくらいで、結局、俺たちの関係はほとんど変わらなかった。
相変わらず俺の筆頭騎士として活動してくれている。アンックリ国での活動の時には、一心同体の動きで敵軍を散らしていったのに感動したものだ。相手は人間だから、神聖魔法は“鼓舞”と治癒魔法くらいしか使えない。攻撃魔法は、仲間が犠牲になるから封印。
正直、ジークヴァルトのお荷物になるんじゃないかって不安があった。けど、そんなのは杞憂だった。ジークヴァルトを補佐する方向で俺が立ち回れば、全く問題がなかった。
あまりにも嬉しかったから、初陣が終わった夜はかなり盛り上がっちゃった。さすがに抱き潰されはしなかったけどな。
とりあえず、戦い方という点でも、普段の過ごし方という点でも、俺たちはほとんど変わらなかった。だからといって変化がないと飽きるかも、とかそういう懸念は浮かばない。
なんかさ、本当にジークヴァルトの隣って居心地が良いんだ。俺のことを大切に考えてくれているのが本当に分かるし、かといって俺の意志を無視して過剰に甘やかしたり、何かを強要することもない。
俺に対して真摯に向き合ってくれる彼を見ていると、俺の方こそ彼のことを大切にしてやりたくなる。こう、今までの恋人たちのことはひたすら甘やかして可愛がるだけだったんだがな。むしろ、ジークヴァルトに甘えると喜んでくれるから、そっちばかりになっているけど、お互いにそれがしっくり合うと思っているみたいだから、きっとこれで良いんだ。
「俺のベルン」
「どうした?」
久しぶりの休日、ソファに座る彼の上に座ると、ジークヴァルトはもにゅりと口元を歪ませた。
「これからも幸せでいような」
「……もちろんだ」
おっさんが聖女になんて、驚いたこともあったし、相棒が俺に恋愛的な意味の感情を持つとか想像できなかった。けど、今が一番幸せだ。人生、半分くらい残っていることだし、このまま彼と楽しんでいけたら良い。
見目の良い顔を眺め、それから彼の勲章である傷のある左眉に口づける。
「俺、頑張って長生きするから」
「大丈夫だ。介護だってこなしてみせるから、安心してほしい」
「えぇー」
介護されるのはちょっと恥ずかしいから、介護されなくても良いくらい元気に長生きしたい。ついでに、その間に俺の希望も通させてみせる。
「はは、そうならないように頑張るよ」
「老人になったって、お前は絶対に可愛い」
「きみに愛想つかれないようにしないとな」
可愛いのは絶対にきみの方だ。俺はそんな言葉を飲み込んで笑う。いつか、どこかで抱いてやる。そんな野望を抱きながら。
【BL】おっさん聖女の婚約 魚野れん @elfhame_Wallen
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