第5話 当事者のいぬ間に

 私は、アレクトールのそばに立つ預言者の発言の数々に空いた口が塞がらないという状態になっていた。最近、変なやり取りばかり見せられている気がする。

 ひっそりとため息を吐き出すと、隣に立っているイービスが背中をぽんと軽く撫でてきた。心労お察しする、といったところだろうか。

 己のできた筆頭騎士のフォローが心にしみる。私たちのそんな精神的疲労など、目の前の二人には全く関係ないのだろう。


「アレクトール、あなた……本当に何をしでかしたのか分かっていないのですか?」

「俺は、聖女ラウルに……あなたとの未来を保証してもらいたくてっ!」


 先ほどから繰り広げられている会話の内容から、二人は密やかに愛を育んでいたらしい。結構な歳の差だ。おそらく、ラウルと私くらいの……。

 ひとまず年齢差は置いておこう。アリストフォスは預言者の称号を得た聖女である。基本的には、預言者はこの教会から出てはならないとされている。

 それ故に、アレクトールと繋がる機会があったこと自体が予想できなかったのだが、今ではそれも些細なことのように思えてくるから不思議だ。


「誰か、私が何の茶番を見せられているのか教えてくれないかい?」


 馬鹿馬鹿しい。そのひと言を口にしてしまいたい。しかし、それを口にしたところで何も解決しない。

 既に何となくは形が掴めているが……。

 私の声掛けに、二人揃ってこちらを向いた。ビクついてから反応するあたり、長い時間共にすごしていた過去があることが透けて見える。

 もしかしなくとも、最近の私は嫌な役回りばかりなのではないだろうか。愛し合う二人の間に入って……ああ、やっていられない。


「まずはお二人の関係を。次に聖女ラウルにつきまとった理由を。最後に聖女ラウルの筆頭騎士ジークヴァルトを拉致した人間との関係について。さあ、どうぞ」

「あ、えっと……っ!」


 アレクトールがあわあわとしている姿を見たアリストフォスが長い息を吐き出した。私は王族として彼女と接する機会があった。いつも穏やかな彼女がここまで感情を表に出しているのは、本当に滅多にないことだ。

 アレクトールはそれだけ、彼女の凪いだ心を乱す存在だということなのだろう。


「アレクトールの代わりに知っていることをお話しましょう。彼と私は、お二人のご想像の通り恋愛関係にあります。馴れ初めなどは話が長くなりますので、一旦割愛しますね。

 彼が、歴代の預言者が形式上未婚であることを憂いていたのを知っています。聖女ラウルを襲ったのは、聖女の誰かに祝福してもらえれば、何とかなるのではないかと気が急いたのでしょう」


 押し倒したのは行き過ぎだと思うのだけれど、そこには触れない方が良いのだろうか? アリストフォスの言い分に理解をするも、疑問が残る。


「恋人の私が言うのも変な話ですが、彼は私から見ても意味の分からない方で。聖女ラウルの未来が眩しすぎて見えないのに似て、彼の未来もまたうまく見えた試しがないのです。

 彼の場合は全てがぼんやりと霞がかかってしまい……」


 私はどのような表情をすれば良いのか分からなかった。ラウルならば、このくらいうまくやるのだろうけれど、私にはそこまでの経験値がないのだ。

 ラウルを呼び出したい気持ちになりながら、アリストフォスの話を聞き続ける。


「透視ができないからこそ彼に魅力を感じたというのも確かなので、本当に何とも言いがたいのですけど。

 とにかく、アレクトールの行動は、女神ですら簡単に見抜けぬものなのだと思います。本筋からずれてしまうので、ここまでにしますが……彼から行動の理由を聞き出したとしても、きっと理解するのは難しいと思いますよ」


 最悪だ。アエトスは今すぐにでもこの部屋から出て、ラウルの部屋へと助けを求めに駆け出したかった。そんなことをしたところで、きっとラウルは部屋から出てきてはくれないだろうが……。

 昨晩の様子から、彼らは通じ合った思いをぶつけ合っている頃だろう。長らく我慢――たとえ本人が自覚していなかったとしても――をしていたジークヴァルトがどんな状態になるか、想像に難くない。

 ああ、私も婚約者パートナーがほしい。そう、私のに理解のある人が。


「とりあえず、話だけは聞かせてもらおうか……」


 私は威圧的な笑みにならないよう、ゆるりと微笑んだ。




「時間の無駄だった」

「……まあ、そう言わずに」


 私がくたりと椅子にもたれると、イービスがすかさず飲み物を用意してくれる。意外と器用にそつなくこなす男だなと思う。

 が、今はそんなことを考えている場合ではない。


「イービスはどう思う?」

「アレクトールと彼らの関わりか?」

「そうだ」


 イービスは私のすぐ側に跪き、そっと見上げてきた。ジークヴァルトとはまた種類は違うが、この男もあれに似た側面があるのだった。最初は内心で驚いたものだが、今では慣れてしまって何も感じない。

 私は赤毛の男を見下ろし、早く意見を言えと視線で促した。彼は目元をほころばせたかと思えば、すぐに硬い表情に変わった。筆頭騎士イービスの顔である。


「おそらく、アレクトールの方は自覚なしでしょう。彼のおかしな動きに気がついた彼らが、それに便乗しただけかと。

 もしかしたら『この日ならどこそこで聖女ラウルが一人きりになるようですよ』とアレクトールに吹き込こんだ可能性はありますが」


 確かに、アレクトールは腐っても騎士。それも、教会の象徴である預言者の恋人である。彼女を裏切ることに繋がるであろう聖女の誘拐に手を貸そうとするわけがない。

 ああ見えて、騎士としての成績は悪くなかったはずだ。あっさりと撃退されたとはいえ、あのラウルを押し倒すことに成功はしたのだし。


「では、彼らの聴取が終わるのを待ち、情報のすり合わせをするだけ……だね。アレクトールにはしばらく反省してもらわねばならないけれど」

「そうだな。聖女の手を煩わせたこと、後悔させねば」


 物騒な物言いを窘めると、彼は慇懃な態度で頭を下げる。聖女の敵は自分の敵。そんな思考をしているらしい彼ならではの反応だ。


「言い方」

「……失礼した」

「よろしい」


  私はイービスから謝罪の言葉を引き出しておく。私の傍に立つのであれば、発言には気をつけてもらわねばならないからね。


「それにしても、アレクトールはジークヴァルトと同じく言葉の選び方が下手なのだね。あれではアリストフォスも苦労しそうだよ」

「しかし、ある意味お似合いなのでは?」

「……それは、思った」


 アリストフォスと接する機会が増えて、彼女のことを知ると、いかに己が預言者というイメージに引きずられていたかという事実を突きつけられる。彼女は、良くも悪くも普通の女性だった。ただ、少し人よりも多くのことを知る能力があるだけの。

 きっとアリストフォスは、そんなイメージを持たずに接してきたアレクトールに、相手の未来がうっかり見えてしまわない――普通の人と同じように手探りで未来を掴んでいくことができる彼に、安らぎを覚えたのだろう。

 アレクトールに関してはラウルも騒ぎを大きくしたくないとは言っていたから、拉致犯たちとの関わりの程度如何では軽い処分で済ませることができるはずだ。さっさと幸せになって、誰にも迷惑をかけない人畜無害な人間に戻ってもらわないとね。


 ああ、私も幸せになりたい。

 ラウルが言っていた“自分を大切に”という言葉が頭の中で木霊する。……きっと、彼はこういうことを言っていたわけではないのだろうけれど。

 さて、大切な二人の為に、今日中に片をつけるとしようか。ちょうどノック音が聞こえた私は、の言い分を確認すべく意識を切り替えるのだった。

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