第4話 情報のすり合わせはとっても大切だから
「これから俺が言うのは、きみとこの先ずっと生きていく覚悟を決めたからだ」
「……分かった」
きっと、これから何を言われるのか緊張しているんだろうな。でも大丈夫。俺は今後の為に一言申したいだけだから。
俺の経験則からだが、こういうモヤモヤは早めに解消した方が良い。そうしないと、何年も経ってから「本当はこうしたかった」とか「ああしたかった」とか言いたくなってしまうから。そんなことになってみろ、こじれるだけだ。
「昨晩、俺はきみを抱くつもりでお誘いしたんだ。逆になっちゃったけどな。でも、それでも良いと思ったから抱かれたんだ。ヴァルト、きみだから許したんだってこと、忘れないでくれ。
で、俺が問題だと思ったのはそれじゃない。ポジションについて話し合わずに勢いでやっちゃったことの方だ」
これは俺の反省点でもある。昔のお付き合いでは「抱いて」と言われることが多かったから、そんなもんだろうという感じで過ごしてきてしまっていた。だから、ジークヴァルトが「抱いてほしい」とも「抱きたい」とも口にしていないのに、俺は抱く気満々だった。
実行しなかっただけましっていう程度で、結局俺も目の前の男と大して違わなかったってことだ。
だからこそ、今ここでちゃんと口にしておきたい。
「ヴァルト」
名を呼び、その頬に手を添える。ジークヴァルトは息を詰めているのか、その感触が硬く感じる。
「これから、もっと話をしよう。それは俺がきみを抱きたいと主張して、その気持ちを押しつける為じゃない。単純に、きみのどこが愛しくて抱きたいと思ったのか、抱かれても良いと思ったのか。そういうことをちゃんと伝えたいからだ。
そして、きみがどうして俺を抱きたいと思ったのか、愛しいと思ってくれているのか、そういう話も聞いていきたい」
ベッドの上だと近づきにくいな。すぐに彼と触れ合えないもどかしさを覚えた俺は、じれったくなって体勢を変えようとした。
「おぉっ?」
「ラウルッ」
そうだった。俺、抱き潰された側なんだっけ。聖女様のベッドはこういう時に困る。ふかふかになるように分厚いマットレスをセットしてくれているらしくて、普通のベッドよりも柔らかいんだよな。
案の定、自分の動きを制御しきれなかった俺は慌てた様子の彼に抱きとめられる。ジークヴァルトと触れ合いたいなと思っていた俺は、ある意味丁度いい状況になってしまったことがおもしろくて口元を歪ませた。
すっぽりとジークヴァルトの胸の中に収まった俺は、そのまま彼の胸に顔を埋める。ゆるりと頬ずりをすれば、彼の心音が急に元気になった。本当に可愛い。
「あのな、こういう風にすぐに顔を赤くしちゃったりするところがとっても可愛い。そういうところを見ると、抱きたいなって思うんだ」
「ラ、ラウル……」
動揺を滲ませる声に、これはどういう意味の動揺なんだろうな、と思う。俺は彼の背に手を添わせながら語り続ける。
「でも、俺が抱きたいとかそういうのは結局どうでも良いんだ。こうやって、きみと温もりを与え合い続けるだけでも幸せだから。大切なのは、きみと気持ちを交わし合うことだからね」
うん、この胸の中って落ち着く。俺はほう、と息を吐き出した。しっかりとした作りの制服の奥に、逞しい筋肉が隠れている。その筋肉が俺を愛しいと叫ぶ瞬間を想像するとぞくぞくしてしまう。
「俺は、きみがずっと俺のことを大切にしてくれていたことを知っていいる。それが、いつの間にか恋愛感情に変わってしまったのだと知った時にはすごく驚いたけどな。
でも、多分ずっとこんな感じだったから、婚約するって話が出てこなければ一生気づかなかったと思う」
おそらく告白する気はなかっただろうジークヴァルト。それでも、俺の意志を無視して婚約させられるのだと知って、自分の気持ちが知られてしまうリスクを冒してまで物申してくれた。何よりも、俺のことを考えてくれる。こんな良い人間を手放すなんて、できやしない。
その気持ちに同じ熱量を返せなくても、その真摯な気持ちに報いたいと思うのは当然だった。
「なあ、ヴァルト。きみは、婚約の話が出なかったら、ずっと気持ちを押し殺して俺の相棒を続けるつもりだったのか?」
「そうだ。お前の気持ちを曇らせたりなどしたくなかったからな」
答えは返ってこなくても良い。そう思って小さく呟いたら、すぐに返事が返ってきた。はは、即答じゃないか。俺の中、ジークヴァルトへの愛しい気持ちだけで破裂してしまいそうだ。
「きみはそういう男だよね。婚約話が出たことに感謝しないとな。きみと婚約してよかった。このまま、ちゃんと結婚して、死ぬまで一緒にいような」
「もちろんだ」
ぎゅっと抱きしめられる。筋肉にぎゅうっと圧迫されるのって、なんだか気持ちが良い。俺はくすくすと笑いながら抱きしめ返した。
「なあ、どうして俺を抱きたいと思った?」
「……それ、は……だな……」
唐突にどもった。緊張するのか。あんなに昨晩俺のことを抱き続けたのに。彼の中でもぞもぞと動いて顔を見ようとしたら腕の力が増した。見られたくないらしい。
俺は見たいのに! と、思って反抗してみたけど、自主的に肉体を回復させていない俺に、抗うことはできなかった。自業自得だ。
「ラウルは、とても魅力的だ」
「ありがと」
「穏やかで、一緒に過ごしていて居心地が良い。人の悪口も言わないし、人として完成しているように見える」
あれ? これは俺のどこが好きなのか語っているだけじゃ……? 気になりつつも「それで?」と話を促した。
「俺は、そんな人が少し抜けた態度を取ったりする瞬間がたまらなく愛しいと思う。普段完璧な聖女を演じている男が、こうして俺に全身を預けてくれると、俺は……嬉しすぎてどうにかなってしまいそうになる」
饒舌になってきた。そうか。ジークヴァルトは甘やかしたいタイプなのか。少し前に甘やかされることに対する喜びを知ったばかりの俺は、心の奥が熱くなるのを感じた。
やっぱり顔が見たい。俺の背中のあたりに彼の吐息が当たったりするから尚更。
「その、年齢の割に滑らかな肌、バランスの良い唇、しっかりと鍛えられた筋肉。全てが愛おしく、ずっと堪能していたくなる。お前の柔らかな髪や穏やかな目、見ていても飽きないし、眺め続けていたいくらいだ。それが、俺にだけ柔らかく笑む。
最高の気分だ」
ジークヴァルトがひたすら俺を賞賛しているのを聞きながら、自分の気持ちを説明したりするのを彼が苦手としていることを思い出していた。
「……えっと、その顔を今見たいと思わない?」
反り腰になっている姿勢も割とつらいし、そろそろ体勢を変えたい。そんな気持ちを隠して別の言葉を紡げば、あっさりと拘束が解けた。
「ほら、きみの大好きな笑顔」
結局ジークヴァルトがどうして俺を抱きたいと思っているのかよく分からなかったけど、彼が俺のことを好きすぎるのは分かったから――分かってはいたけど言葉で聞けたから――良いとするか。
俺がにこっと笑いかけたら、ジークヴァルトが覆いかぶさってきた。大型犬のぺろぺろ攻撃にあっている飼い主のような気分で彼の愛を受け入れる。
「はは、可愛いやつめ……」
口づけの合間にそう声をかけてやると、ジークヴァルトは返事をするかのように小さく喉を鳴らす。
あー……どうでも良いけど、とりあえず神聖魔法かけさせて……それからなら、抱いても良いから……。愛を呟くよりもそっちを先に口にした方が良かったのだと俺が気づいたのは、もう少し後だった。
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