最終話 カクヨム版
晴れ渡った夜空を見上げながら、焚火の向こう側で不思議なメロディーを口ずさんでいたケント。
「サビはちゃんと覚えているんだけど、細かい歌詞は忘れちゃったな。ははっ」
そんな事を言って私を見つめてきたケントは小さく笑った後、自分の身の上話を突然始めた。
王国から遥か遠くのインベリアル公国の騎士の息子として生まれたこと。
十五才で家を飛び出して冒険者になったこと。
それから今日までの二年間、世界各国を旅してきたこと。
以前に聞いたこともある話もあったけど、私は彼の身の上話に何となく耳を傾けていた。
子供の頃に遊んだ話、勉強が苦手で運動が得意だったこと。
家族のこと、友達のこと、好きな子がいたけど結局打ち明けられなかったこと。
ガッコウ、スマホ、ネット、ブカツ、バスケとかいう、私が知らない単語を交ぜながら、楽しそうに過去を振り返って笑みを浮かべるケント。
「ここは良いよね……だって好きな人が何人いても全員と結婚できるし」
「……あなたの国は違うの?」
「はは、そうそう。僕の国ではさ、一夫一婦制なんだ。昔は違ったみたいだけどね」
「そう……変わった風習ね」
「偽りの平和があって、何でもあるけど何でもは手に入らない、安全で死にたいくらい退屈で……それでも僕が大好きな国なんだ」
「そんな安全な国があるのね。羨ましいわ」
「もちろんここも大好きだよ。貧困、差別、戦争、疫病、それに魔物。辛く大変な事ばかりだけど、明日も知れない中、みんなその日を全力で生きてる。毎日生きてるって実感がする。二年も続けた旅だけど、まだまだこの世界を旅したいって思ってる」
そうして身の上話を終えたケントは、大きく伸びをした後、再び私に笑みを向けてから、やけに明るい声で告げた。
「でも……この旅も今日で終わりなんだ」
明日のクエストの為に今ここで野営しているのに、そんな事を口にしたケント。
私はケントの言っている意味が分からず、黙って彼を見つめていると、彼の話が突然飛んだ。
「クレアごめん。僕にとって君との事は遊びだったんだ。それでもまあ、あんなことになってしまった罪悪感はあったからここまで面倒を見て来たけど、君ももう大丈夫だろ?……だからこの旅はここで終わりにしよう」
私との事を遊びだったと突然口にしたケントに、私は全く腹が立たなかった。
だって、私もケントの事をカークスの代わりだとしか思ってなかったし、ケントに囁いた愛の言葉も全て偽りだったから。
彼も同じ気持ちだったと知って、少しだけ心が軽くなった気がしたけど、その事を今更面と向かって口にしたケントに、少しだけ悲しい気持ちにさせられた。
「……そう。じゃあ、明日のクエストは?」
意外な行動を取っているように見せかけて、その実いつも綿密な計画を立てていたケントの事だ。
クエスト中の、しかも野営している最中にそんな事を言い出したことにも、なにか理由があるのだろうとは思ったけど、元々ただ付いてきただけの私には否応は無かった。
ただ事務的に今後の予定を確認すると、ケントは再び笑みを浮かべてまん丸な月を見上げた。
「本当はクエストなんて受けてないんだ」
「クエストを受けてないの?」
「ああ、ただ、僕は目的の為にここに導かれてきただけだからね」
「目的……って、ここで?」
「そう、だから君とララは全てが終わったら町に戻って欲しい」
「戻れって……あなたはどうするの?」
「僕も帰るよ……定められた仕事をキッチリこなして……必ず日本に」
私にはケントの言っている事が良く分からなかった。
彼の口にした目的の意味も、仕事の内容も、ニッポンに帰るという言葉の意味も。
だけど、さっきまでの笑みを消して、真剣な表情を浮かべているケントの様子から冗談を言っている訳じゃない事だけは分る。
「良く分からないけど、どうせ帰るんだったら仕事が終わるまで待っていてあげるわよ。三人のほうが安全でしょ?それとも時間が掛かりそうなの?」
「ごめん、正確に言うと、僕が目的を果たしたら君たちは二人で帰って欲しい。たぶん時間はそんなに掛らないかな?」
「どういうこと?相変わらずハッキリと言わない―――」
いつものようにハッキリと核心を言わないケントの物言いに、私は少しイラっとして彼を問い詰めようとした時、彼はスッと立ち上がって私に右手を向けた。
すると、ドーム型の半透明の膜が、私と寝ているララを包み込むように取り囲んだ。
これは防御魔法。シールドだ。
「ちょっと、いきなり何をするのよ」
何か嫌な予感がした私がそう声を上げるけど、ケントは私の声に答えずに、ケフラー山脈の山々の向こう、夜空に浮かぶ大きな満月に向かって左手を伸ばした。
「っ!―――」
次の瞬間、ケントの左手が、まるで太陽のような目が眩むほどのまばゆい光を一瞬だけ放つと、遥か遠くの夜空から「グオォォーーーー」という得体の知れない呻き声のようなものが響き渡った。
「いったい……何?」
その地獄の底から絞り出されたような呻き声に、猛烈な悪寒と恐怖を覚えた私が思わずそう呟くと、今の呻き声にララもさすがに起きたのか、震える身体を私に寄せてくる。
だけど、ケントはそんな私達に向けて、再びいつものような笑みを向けてきた。
「そのシールドは僕が……全てが終わったら自動的に解除されるから。そうしたら二人で町に戻るんだ」
「何が起きてるのっ?」
そんな私の問いに答えないケントの全身が、黄金色に輝き出した。
私が呆然とする中、ケントはララに顔を向けると、バックパックから小さくない革袋を取り出して地面に置いた。
「ララ、短い間だったけどありがとう。今までの報酬の残りと、僕の全財産がここに入っているからクレアと二人で分けてくれ。それと、僕からの最後のクエストとして、クレアを守って二人とも無事に町まで戻るんだ。いいね?」
私にしがみ付いて震えているララが慌てて数度頷くと、それを見たケントは次に私に向かって微笑んだ。
「クレア……僕がこんな事を言える立場じゃないのは分かってる。君がこの先どういう人生を送ろうが君の自由だ。だけど……今はまだ無理でも、これから色々な事を経験してみた後に、これまでの人生を冷静に見つめ直してみるんだ。三年後、五年後、もっと後かも知れないけど、いつかまた君たちが笑い合える日が来るって僕は信じてるよ……」
そう言った後、再び夜空を見上げたケント。
「ケントっ!あなたいったい―――」
それは私の純粋な疑問だったのか、それともこれから起こる嫌な予感に思わず声を上げてしまったのか、そう声を上げた私の前で、黄金色に眩しく輝いているケントの身体が、ゆっくりと宙に浮んでいく。
私達の目の前で五メートルほど浮かび上がったケントは、ゆっくりと剣を抜くと、夜空に浮かぶまん丸な月を見上げて、「クレア……×××××」と、私の知らない言語で何かを呟いた後、私たちを振り返ることなく、その月に向かって猛烈な速度で飛翔した。
「ケントっ!」
「ケントさん……」
小さな光の点になっていくケントの背中。
その向こう側で、さっきと同じ太陽のような眩しい輝きが再び起きた瞬間、夜空に浮かんだのは巨大なドラゴンの姿。
怒り狂ったように悶え吠えるそのドラゴンの姿はまるで蜃気楼のようで、一瞬の輝きが消えた後、再び夜空に消えてしまった。
そして数舜後、「グギャァァーーオォォォーーー!!」という、地を震わすような叫びと共に、金色の眩しい光が夜空に数度輝いた後、その残光を残して世界は再び静寂に包まれた。
「ケント……」
「クレアさん……ケントさんは?」
私達を覆っていた防御魔法が音もなく消えて、明るく光るまん丸の月と、パチパチと焚火の爆ぜる音だけが、何事も無かったかのように私たちを包んでいた。
♢♢♢
その後、私とララは身を寄せ合って座り続けた。
たぶんケントはもう二度と戻ってこない。
お互いそう思っていたけど、私もララもそれを口に出さず、ただ黙って夜明けを待った。
いったい彼は何者で、何処から来て何処へ行ったのか。
そんな疑問が何度も頭を巡ったけど、たぶん永遠に分からない気がする。
明るく夜空に輝いていたまん丸の月が、その輝きを失いながら西の空に傾いていき、東の空が淡く白く色づき始める。
私の肩に寄り掛かって、いつの間にかうつらうつらしていたララの肩を揺すって起こした私は、ずっと同じ姿勢で座っていて凝った身体を解しながら立ち上がると、西の空に傾いた、消えゆく月を見上げた。
「私は彼のことなんて少ししか知りません」
あの時エミリアが言った言葉。
「今日までの人生を冷静に見つめ直してみるんだ」
そして、ケントが最後に言った言葉。
今の私には、二人の言葉は頭では分かっても、心から理解できていないのかも知れない。
それでも……
「いつかまた君たちが笑い合える日が来るって僕は信じてるよ……」
その言葉を胸に刻んだ私は、白く染まった空に消えていくまん丸な月に向かって、ケントが無事ニッポンという場所に帰れることを願った。
完
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最後までお読み頂きありがとうございました。
内容については賛否両論あると思いますが、R18描写を描くための話でしたので、ストーリーについてはこのような形での決着とさせてください。
また、応援してくれた方、レビューしてくれた方、感想を書いて頂いた方、そして、この作品を通してサポーターとなって頂いた方、本当に有り難うございます。
このカクヨム版の元になったR18(ノクターン)版ですが、以下にリンクを貼っておきますので、18歳以上の方は読んでみて頂けると嬉しいです。
中盤にエロ描写がある以外は、カクヨム版との違いはありません。
相互絞首
https://novel18.syosetu.com/n2931jo/
彼女と僕は首を絞めあう マツモ草 @tanky
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