第27話 ケント 回想 カクヨム版

 僕―――ケントの本名はユリウス・シュタールベルクと言って、王国から遥か離れたインベリアル公国の一騎士であるシュタールベルク家の長男として生を受けた。


 じゃあ、なんでケントと名乗っているかと言うと、僕にはこの世界で生まれる前の、日本という国で、斎藤絢斗さいとうけんととして生まれ育った記憶があるからだ。


 東京近郊のごく普通の家庭で育った僕は、顔もそこそこ、勉強は少し苦手、運動だけはちょっと得意な、弱小バスケ部に所属する普通の高校生だった。


 そんな僕だったけど、高校二年の夏、友人数人と山にキャンプに行き、川で遊んでいた時に突然の鉄砲水に流されて十七才で生を終えた。


 あの時の事は今でも時々夢に見る程の恐怖と苦しさで、もうダメだと思った次の瞬間には、赤ん坊の姿でベッドに寝ていた。


 初めは全く意味が分からず、ただ泣いていた僕だったけど(赤ん坊だから当然とは言え)両親の容姿や家の中の様子から、生まれ変わりが本当にあることに気付いた。


 そして大きくなり言葉が分かるようになると、魔物や魔法と言った単語から、ここは地球とは別の世界なのだと気が付くと同時に、自分が生まれつき不思議な力を持っている事にも気が付いた。


 周りの子供たちが苦労して覚える魔法も、僕はどんな大人よりも強力な魔法を何の努力もせずに普通に使え、剣技も力も、常人では考えられない能力を持っている事に気が付いた。


 この力は人には絶対に知られてはいけない力だと感じた僕は、その力を封印し、目立たないようにごく普通の子供として振舞った。


 なんで僕がこんな力を持って産まれ変わったのかは分からないけど、いつかこの力を使う日が来ることを当たり前のように感じていた僕は、十五になったある日、突然旅に出なきゃいけないと思って黙って家を飛び出し、その日からケントと名乗った。


 家を飛び出した僕は冒険者になり、剣も防具もない普通の服装で初めてのクエストに一人で向かったけど、恐怖も緊張も全く感じなかった。


 相対する魔物が炎に包まれるイメージをするだけで、実際に魔物は炎に包まれ、軽く力を込めた拳で殴ったオーガは爆散した。


 こうして生まれ故郷を旅立ち、冒険者として様々な国や町を旅をしてきた僕だったけど、自分では分からない目的に向けて何かに導かれて旅を続けている事だけは、当たり前のようにずっと感じていた。


 こうして二年間旅を続けてきた僕は、十七の春、ある王国に辿り着いた。


 どんな魔物でも倒せる自信というか、確信があった僕だけど、初めての国に着いた時は地元の冒険者を雇って、地理や国によって異なる風習を学ぶことで、極力トラブルを避けるようにしていた。


 そして、その王都に着いた最初の夜に出会ったのがクレアという美しい魔導士だった。


 出会いはトラブルっぽくなったけど、彼女の噂を色々聞いた僕は、この国でのガイドを彼女に頼んでみようと、翌朝ギルドで彼女を待ち、タイミングよくソロだった彼女とパーティーを組むことに成功した。


 折角一緒に行動するなら綺麗な女の人が良いという理由で、これまでも女性の冒険者にガイドをお願いする事も多かったけど、今回もそれ以上の下心は持たずにクレアを誘った僕。


 だけど、彼女と数日一緒に過ごしただけで、彼女に惹かれている自分に気が付いた。


 この世界に生まれてからずっと、定められたレールの上を歩いている事を感じていた僕は、その事に何の不満も疑問も抱いてなかったけど、彼女に恋をしてから少しだけ自分の思った通りに生きてみようと思い始めた。


 それは、自分のこの旅がそろそろ終わりに近づいて来ている事を感じていた事も、理由の一つだった気がする。


 このままレールに乗っただけで、知らない誰かの意思に従ってこの旅を終わるんじゃなくて、自分の意思で行動して自分がこの世界にいた事を誰かに覚えていて欲しかった気持ちがあったからかも知れない。


 クレアに恋人がいる事も最初から分かっていたし、自分の行動が誰も幸せにしない事も分かっていた。


 例えクレアを手にしても、近い未来に僕に訪れる終わりは彼女を不幸にするだろうし、クレアの恋人のカークス君も当然不幸にして、彼に恨まれるだろう。


 何度も諦めようと思った。それでも、最後の瞬間まで彼女と一緒に居たいという僕の気持ちは大きくなるばかりで、僕はその気持ちを抑えきれなくなっていた。



 初めてクレアを抱いたあの日のクエスト。


 シャドースパイダーの奇襲は偶然だったし、彼女の危機に咄嗟に力を使って足を痛めた事も事実だったけど、足の怪我は、本当は僕の不思議な力ですぐに治っていた。


 だけど僕は、天候も利用して運よく彼女と一晩を過ごせるように、わざと持って行ったんだ。


 あの日以来、クレアを抱くたびに彼女への愛情はどんどん大きくなっていき、それに比例するように、彼女が心に抱いているカークス君への愛情が揺るぎの無いものだと感じるようになった。



 クレアにとって僕はあくまでもカークス君の代用品。



 だけどそれでも良かった。


 クレアがカークス君と別れることになれば、最後まで僕と一緒に居てくれるだろう。


 どう転んでも誰も幸せになれない事は最初から分かってたんだ。


 だから僕は、クレアがカークス君と別れざるをえない状況になるように、彼が隠れている事に気付いた時も彼女にキスをしたし、彼女が僕に抱かれている所をカークス君に見て貰えるように持って行った。


 カークス君が隣の部屋で寝ている事を知って、僕はワザと彼女の部屋のドアを少し開けておき、彼が彼女の嬌声で起きるように何度も責め立てた。


 今思えば、カークス君はあの時寝ていなかったんだと思う。


 ドアの隙間から僕達の愛し合う姿を見ていたカークス君の瞳には、大きな悲しみの色の他に、どこか安堵したような、諦めのような色が浮かんでいたから。


 だけど、そんなカークス君と視線が合った瞬間、クレアが普段話していたカークス君の行動と、彼がクレアに抱いている気持ちが分かった気がした僕は、彼に視線だけで訴えた。


 明日、全てに決着をつけようと。


 もし彼がそのままクレアから逃げてしまったら、それはそれでしょうがないと思ったけど、僕の予想通りにカークス君は翌日も僕らが愛し合っている所に姿を現した。


 予め両手を縛り、目隠しをしておいたクレアは、カークス君の存在に気が付かずいつも以上の痴態を見せ、僕も彼女が言い逃れできないように、彼女に卑猥な言葉や僕への偽りの愛を口にさせた。


「クレア…ごめんなさい……」


 目隠しを取った後、意識を失った彼女を見つめながら、涙を流してそう告げたカークス君。


 形だけ見れば全て僕の想い通りに事が運んだけど、クレアのカークス君に対する想いも、予想した通り少しも変わらなかった。


 こういうのは何て言うんだっけ?たしか、”試合に勝って勝負に負ける”だっけ。


 自分で全て壊しておいてこんな事を言うのもなんだけど、それでも結果として良かった事もあった。


 カークス君はクレアの呪縛から自由になったし、クレアもカークス君を失った事で、一度自分の在り方を考える機会が出来たと思う。


 僕の勝手な予想だけど、お互いが相手の首を絞めるような二人の関係は、あのままだったら早晩破滅に向かっていたと思う。


 ただ一つ心配だったのは、クレアの心のダメージが想像以上に大きかったこと。

 彼女の心に出来た大きな空白を僕が埋める事は出来ない事は分かっていた。


 ただ、彼女の芯の強さは知っていたし、自傷行為には走らないとは思っていたけど、時間がある程度解決するまで、僕は黙って彼女を見守り続けた。


 ちょうどそんな時、僕は冒険者ギルドである噂を耳にした。


 ”インフィニティドラゴンが現れた”


 ある冒険者パーティーが冗談交じりで噂していたその名前を聞いた瞬間、僕はこの旅の終着点がハッキリと分かってしまい、その日からインフィニティドラゴンに関する情報を集めた。


 この世界は過去四度、滅亡の危機を迎えたらしい。

 その原因は、この世界に終わりをもたらすと予言されている、終わりの五大竜。


 最初のブルードラゴンの出現で多くの国が海の底に沈み、二度目のレッドドラゴンで世界は燃え、三度目のホワイトドラゴンによって多くの人が光と消え、四度目のブラックドラゴンで世界は地の底に沈んだ。


 そして、多くの預言書には、五度目のインフィニティドラゴンで世界は終わりを迎え、全てが無に帰すと記されていた。


 僕の力は全てこの為だったんだと、すとんと腑に落ちた僕は、僕の旅の終わりに向けて動き出した。


 ただ、心配なのはクレアの事だ。


 先の見えた僕が、今更クレアをどうこうしようとは思わないけど、今の状態の彼女をこのまま一人で放っておくわけにはいかない。


 だから、彼女が自立できるようになるまで旅に同行させて、僕が居なくなった後に彼女の身を護る人間が必要だろうと、僕は見込みのある者がいないか物色した。


 こうしてスラム街で見つけたのがララと言う十五才の少女で、性格も内に秘めた才能も申し分なかった。


 幸いと言っていいのか分からないけど、ララには身寄りが無く、その日を生きるのにも精いっぱいだったこともあって、僕の提案を二つ返事で引き受けてくれた。


 ずっと泣いていたクレアも、その頃には少しだけ会話が出来る程になっていたこともあり、僕はクレアを最後の旅に連れ出した。


 初めはただ僕の後をついて来るだけだったクレアだったけど、それでも僕の思惑通り、時間は彼女を癒していった。


 毎日三人で一緒に過ごし、旅をする生活を徐々に受け入れていったクレア。


 勿論、僕の目論見通りにクレアに寄り添い、彼女を支えてくれたララの存在も大きかったけど、旅を続けて四か月経つ頃にはクレアが前を向いて歩き始めたことが分かった僕は、定められた運命に従ってケフラー山脈に足を向けた。



 全ては僕のちょっとした我儘から壊してしまったクレアとカークス君の関係。


 言い訳じゃないけど、それでも二人の関係は一度壊れなければいけなかったと思う。



 新たな人生を歩き出したクレアとカークス君。


 僕がいなくなったこの世界で、二人はいつかどこかで再び出会うかも知れないし、二度と会わずに別々の人生を歩むかも知れない。


 最後まで運命に縛られた僕がこういうのもなんだけど、それこそ神のみぞ知るって奴―――いや、多分違う。


 再びスタートを切った二人の心が、彼らのその先の運命を変えていくんだろう。


 ♢♢♢


 ケフラー山脈の森の中。


 焚火の向こう側に座っているクレア。


 炎に照らされた美しく儚げな彼女の姿に、僕は改めて彼女への愛を強く感じてしまう。


 僕が好きだったアーティストの、アルバムの中の一曲。


 別れた恋人を応援する気持ちを歌った、僕の好きなその曲を、僕は大きな満月を見上げながらいつの間にか口ずさんでいた。





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