16

 翌日、おれは帰省した。

 西荻窪のマンションから自転車で十五分。松庵の自宅におれは荷物を取りに帰った。土産はカップアイス。西荻のアイスクリーム屋で買えるもので、おれのいち押しだ。


 今日も曇っていた。午後十二時。家には誰もいなかった。冷蔵庫の中にあった焼きうどんをレンジで温めて食べる。べちゃっとして最悪だった。

 昼食後、タバコを吸いに外へ出る。家の中で吸うと、母親がうるさいからだ。それなら外へ――というのが中学時代からの習慣だ。どうせならと、さざんか公園に向かう。立教女学院の傍にある公園だ。砂場の前のベンチに座ってタバコを吸う。


 見上げると鉄塔がある。

 この辺りは見上げると常にどこかに鉄塔がある。世田谷区から西東京市までを結ぶ送電線は、常におれらの頭上にある。


「あの鉄塔には見張り番がいるんだぜ」

 おれらが保育園の頃、そんな噂がたった。

 波多野は本気でびびった。おれは平気なふりをした。

 見張り塔から逃れようと、おれらは必死だった。どこに行っても、鉄塔がある小さな世界で不安になっていた。だから、「見張り番を探しに行こうよ」という花井の提案に、おれらは食いついた。見逃してもらえるよう頼めばいいのか、と。おれらは一時期、見張り番探しに必死になった。


 花井は自首した。おれらで自首させた。

 平林先輩は困っていた。証拠を入手できたものの、死体が一つ必要だったからだ。

「うちの莫迦と組んで売春を仕切っていた奴の死体が必要なんだよ」

 おれと麻倉は頭を下げた。先輩はパチンコ屋の店長にすべてなすりつけることにした。「中学生売春を手がけていたのは、BAN BANの店長。花井が殺してしまった」

 そういう筋書きに落ち着いた。


 タバコを吸い終えると、おれはロードバイクに乗って、宮下橋に向かった。久我山駅から西に進んだところにある橋だ。

 橋に着く。橋の北側、小高い場所に久我山稲荷神社がある。あまりいい記憶はない。

 橋の上から川を見下す。川幅は狭い。


 ガキの頃、おれらは宮下橋から下流の都橋までかけっこをした。

 左岸と右岸に分かれて、リレーで競った。左岸は松庵で、右岸は久我山だ。おれは花井の助っ人として、右岸を走った。ファミコンがない時代のガキの遊びだ。


 クラクションが鳴る。かき消されまいと電子音が鳴る。ザ・フー「ババ・オライリィ」のイントロに似た旋律が、おれの意識を過去から引き戻す。おれのポケベルだった。

「パソコンカウネ」

 ヒラタナオからのメッセージだった。

 一体いくらぐらいかかるのか。DJの機材用に貯めていた金は、おそらく吹っ飛ぶだろう。二人で始める事業の経費だとはいっても、なんか悲しい。ヒラタナオを預かるなんて言ってしまったことを、少し後悔した。チバトモからちゃんと金を受け取るべきだった。ミキサーもターンテーブルもまた遠のいちまった。


 結局、おれが機材を買えたのは、それから二年後のことだった。だが、買った頃にはおれのDJ熱もすっかり冷めていた。

 アイ・アム・ノット・ア・DJ。

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見張り塔からずっと 浅生翔太 @shooter_asou

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