15

 平林先輩はヒラタナオに説得を試みていた。まったくうまくいっていないのは明らかで、ヒラタナオは敵愾心を隠そうともしない。先輩を睨んでいる。

 おれは悔やんだ。おれらよりも先に平林先輩が到着することを考慮に入れていなかった。胡散臭さ全開の先輩には、女の子は心を開かない。人選を完全に間違えてしまった。


 埒があかない。マグライトを点滅モードに切り替え、二人を照射する。

 言い争っている二人は目が眩んだようで、動きが止まった。


「ナオさんだよね。チバトモに頼まれて迎えにきたんだけど。大丈夫だから。帰ろーぜ」

 呼びかけながら、おれはマグライトをLOWモードに戻した。


「でも、花井は人を殺したんだよ!」

 ヒラタナオが中学の学級委員長みたいな声で答える。むかつく声でヒラタナオが反論してくる。言わんこっちゃないという顔で平林先輩がこっちを見てくる。

「あんたのことを追いかけてるバカは確かにいる。でも、そいつはおれらが止める」

 充分な間を置いて、おれは堂々と宣言した。

 ヒラタナオはおれたちをじっと見ている。値踏みしている。逃げ回っている奴として、まったく間違っていない反応だ。おれは待つ。波多野がピッチを取り出す。いつでも麻倉にかけられると、表情筋を酷使して無言でアピールしている。


 ぼんやりとした光の中でヒラタナオは凝然と立っている。動こうともしない。我慢比べは苦手だが、おれも付き合う。

 平林先輩は靴底を気にしている。波多野はおれから離れた場所に立ち、辺りをきょろきょろ見回している。


 やがて、車が停まる音が辺りに響く。次いで、ドアが開閉する音が派手に聞こえてくる。どんだけ苛々してるんだ。麻倉か、花井か。遠くから、足音が複数近づいてくる。走っているようだ。おれはマグライトのスイッチを切り、リュックを下ろした。


 刹那、「ぶん」という空を切る音。

 左腕を強打された波多野が吹っ飛んでいく。

 


 こういうとき、よく聞く表現がある。「そのとき、おれの頭の中で警報が鳴り響いた」とか、そういうの。

 だが、おれはそうじゃない。何が流れると思う?

 ローリング・ストーンズの「リップ・ディス・ジョイント」だ。超高速のロカビリー。ニッキー・ホプキンスのピアノとボビー・キーズのサックスがとにかく荒々しい。こいつらの演奏の方がよっぽど警報だ。獰猛に警告してくる。


 おれはヘッドを握ったマグライトを、音がした方向に照射する。素早くHIGHモードに切り替える。

 平林先輩が奇声をあげながら駆け出した。怪鳥音を口にして、飛び蹴りを花井の連れにぶちこむ。ブルース・リーかよ。

 花井は光を遮ろうと、手をかざす。こいつもニグロパーマかよ!

 おれは一気に間合いを縮めにかかる。

 花井はとっさにバットをテイクバックする。

 おれはマグライトを捨て、ベルトに挟んでおいたアクリルスプレーを左手で取り出す。監視カメラを塗りつぶすためにも重宝するんだけど、今回は特別。花井の頭上を狙ってスプレーを噴きつける。

 花井は目を瞑る。

 おれはスプレー缶を放り投げる。

 花井は最短距離でバットをスイング。しかし、バットの軌道は調子っぱずれだ。

 よし、間合いに入り込めた。右足を気持ち一個分浅めに、しっかり踏み込む。

 右フック。返しで素早く左フックを脇腹に叩き込む。

 おれより十センチ以上デカい相手なので、どこまで効いたかは疑問だ。しかし、おれの得意技はぶちこんだ。

 花井はぐらつくが、立て直す。

 

 花井はおれがいることに一瞬驚く。目をむっちゃ見開いて、おれを睨んでいる。

 おれの名が、言語を絶する音で呼ばれる。花井の怒気を一身に浴びる。

 花井は頭を後ろに少しそらした。頭突き狙いかよ!

 

 だが、間に合った。

 おれの右斜め後方から波多野が走って現れる。波多野はちゃんとバトンを拾ってくれた。おれに頭突きがヒットする直前。おれを追い抜いて波多野は跳ぶ。全体重を乗せて、マグライトが花井に振り下ろされた。

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