14
関東村の西側。朝日町通りに面した金網フェンスの前におれと波多野はいた。
フェンスの向こうは、ただの廃墟だった。こっそり会うには、うってつけの場所だった。
長く伸びたフェンスの上には、蛇腹状に鉄条網が張り巡らされていた。
東側の金網フェンスにはペンチでこじ開けたであろう隙間がある。しかし、そこから進むのは気が引けた。ここはやはりフェンスを乗り越えていくのがベターだろう。
波多野がスタジャンを脱ぐ。スウェット姿になった波多野はなぜか嬉しそうだ。
「さんきゅ」
小さな声でおれは後輩に伝えた。
おれから先に行く。まず、リュックをフェンス越しに投げ入れる。成功。次に金網に手をかける。少し滑りやすい。だが、フェンスはそんなに高くない。難なく登れる。
上まで行ったところで、左腕を離す。右腕で体重を支えながら、左腕で波多野のスタジャンを受け取る。そのまま慎重に鉄条網にかぶせる。厚い生地の上から鉄条網を掴む。ちくっとするが、問題ない。
スタジャンが落ちないように、気を使いながらさっと飛び降りる。着地。後から、波多野も続く。波多野は着地を若干失敗。足首を痛めたようだ。
「そのスタジャン、今度買い直すから。そこは心配すんなよ」
経費として、平林先輩に請求しようとおれは決めた。
午後七時二○分。朝日町通り沿いに街灯はあるが、光量は圧倒的に足りていない。明らかに暗い。密会場所としては最適だが、あまりにも暗すぎる。マグライトを点けるのは、さすがにためらわれる。目立ってしまう。
おれはライターの火を一瞬灯す。まばらではあるが、建物がいくつかあるのが見えた。この辺りは、昔は米軍の施設と家があったと聞いている。ほとんどの家はツタに壁面が覆われている。テラス付きの建物もある。いずれも同じような形、同じような窓のコンクリートの立方体だった。ここにも以前は人が住んでいたのかと思うと、妙にせつなくなってしまう。
おれらと花井のように、朝日町通りを挟んで仲良く遊んだガキどももいたのだろうか。フェンスを挟んだ日本とアメリカ。金網フェンス越しにかけっこしたガキもいたのかもしれない。それこそ宮下橋をスタート地点に、川を挟んでリレー競走したおれたちのように。
ヒラタナオを助ける。それは至上命令。報酬六万円が命じる至上命令だ。同様に、おれと波多野には花井を止めるという至上命令もある。二十年近い月日が命じる至上命令。だから、ここは踏ん張らないといけない。集中しないといけない。
目が暗さに慣れない。それぐらいの暗闇。
仕方なく、マグライトをリュックから取り出して、点灯させる。
LOWモードでほんのり周辺を照らす。そのタイミングで、うっすらと声が聞こえてきた。言い争う声。片方は女性のようだ。
声がする方に小走りで、アスファルト道路を進む。落ち葉に足を滑らせ、転倒しそうになる。波多野は足首が痛いのか、遅れてついてくる。
雑然と草木が生える森のような関東村を走る。南に進むと、コンクリートの家が三軒ほど並んで建っているのが見える。その辺りに人がいた。
瞬間、おれはマグライトのスイッチを切る。
辺りが暗闇に覆われる前にはっきりと見えた。黄色いスーツと赤い短髪。
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