13
ペダルをこぐ足が軽くなる。下り坂。ブレーキを握る。
午後七時。東八道路から人見街道へ。パナソニックの青いロードバイクは震えている。モニタの上でいかれちまったカーソルみたいに、小刻みに震えている。
顔を上げ、空を探す。月はどこにも見当たらない。もしも月が見えたなら、おれは陽気に歌ったのだろうか。
「及川さん、SPEEDだと誰が好みですか?」
繰り返される質問。めげない波多野に、いらっとする。
「おれ、SPEEDに興味ねーし」
前髪を伝わって汗が目に入る。ブレーキを握る掌に力をかすかに込める。
「じゃあ、広末とかっすか?」
波多野は、余裕ぶっている。中学生みたいな話題をわざと選んでいる。
下り坂にさしかかったので、足を止め、ペダルの回転数を下げる。
風が顔に当たる。後方で、波多野のママチャリがすさまじい金属音をあげる。
首だけで振り返る。はずみで、ロードバイクがバランスをやや失う。ちゃんとチューニングしておくんだった。ブレーキを強烈に握りしめる。波多野がおれの方を心配げに見ているのが視界に入る。ロードバイクはケツを大きく振って、バランスを取り戻す。――思い出す。おれも波多野も、一時間近く前に缶ビールを飲んだばかりだということを。
前を向く。宵闇に覆われた道路が目の前に広がる。周囲はしんと静まりかえっていた。
車はほとんど通らない。おれは深く息を吸って、ゆっくりと息を吐き出した。
「やっぱり、ビールはやめた方がよかったすかね?」
波多野が当たり前の質問をしてくる。そもそも、波多野はまだ未成年。おれにしても二十歳そこそこだ。あ、二十歳だったら飲んでもいいのか……。
「おれさ」多分、おれはむかついていたのだと思う。なぜ、こんなことに巻き込まれてしまったのかと。「榎本加奈子派なんだよね」
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