舞い躍る薄衣

奈須田相差

舞い躍る薄衣

 街から程近いそのキャンプ場は、オートキャンプ場こそ無いものの、テント場の他にバンガローも何棟か備え、キャンプファイヤーも出来る広場もあって、夏休みには子供会やら学童保育やらの団体で賑わっていた。田んぼの中の大きめの鎮守の森といった佇まいなので、熊や猪の心配は無い。しかし植物や鳥や虫は存外種類が豊富で、数年前には中の小川で新種のトンボが発見されたとか。

 そんな、割合お手軽安心にそこそこ自然が楽しめるキャンプ場なのだが、少々不思議な噂があった。ありがちだが、「出る」のだそうだ。不思議な、というのは、それは幽霊というより妖怪の類らしい。赤い口に金色の目の白狐だとか、緋袴に白縹の薄衣を纏い金の冠のような髪飾りを付けた巫女だとか、そんな得体の知れないものが、人々が寝静まった頃に辺りを飛び交っているのだという。

 しょうもなっ!寺社や墓場が森の内外にあるわけじゃなし、事件事故の前歴も無し。深山幽谷でもないこんなところに何が「出る」って?……と思いながら、深夜にヘッドランプひとつでテント場から離れたトイレに行く際は、うっかり枯れ枝を踏み砕く音にもビビった。トイレに辿り着いてほっとした……のも束の間、出るものが引っ込むかと思うほどの恐ろしい光景を見てしまった。照明がまだLEDではないのか、壁にびっしりと蛾が引っ付いている。蛾は嫌いではないが、余りに大量で、しかも皆デカい。

 ……よくわからない妖怪より、余程、怖いわ!


 思ってたのと違う怖い目に遭ったが、ともかく用は足して、無事にテントに帰って寝た。虫の音は大きかったが、変な風の音や足音も無く、ぐっすり眠れた。

 目が覚めたときは、もう木の間から見える空は群青色だった。まだ日の出前だが、涼しい今のうちに動き出すのも悪くない。もうヘッドランプ無しでもトイレに行ける明るさだ。まだ蛾は群れていたが、いるのが分かっていれば怖くない。スッキリしてトイレを出て、木に覆われた空を見上げて伸びをした。

 ふわり

 何かが視野の端で舞った。

 え?

 反射的にそっちへ振り向いたが、何もいない。

 ふわっ

 反対側の視野の端を何かが跳んだ。

 白い塊。一瞬で消えたが、残像のように記憶に残ったその姿は、尖った端が2つ、それに赤い細い線。……え?白狐のお面?誰かがふざけて投げた?見回すが、まだ他のテントで誰かが起き出した気配も無い。

 ひゅっ

 白い布……?というか衣……?その隙間からちらりと見える赤い細い線……細い細工物の冠……

 落ち着け。もうかなり明るいのに何度も見えてるそれが、妖怪なはずは無い。彼は誰時?知るかそんなん!

 ひらり

 見えた。はっきり見えた。あいつだ。オオミズアオ!白縹色の薄い大きな翅には金色の目玉のような紋があり、前翅の縁は真紅、後翅の先は狐面の耳にも似て細く伸び、頭には羊歯状の触角、腹部は白いモフモフ……という、なかなか優美で可愛らしい蛾。大人の掌くらいもある大きな姿だから、知らずにちらっと見かけたら本当に妖怪かと怯えたままになるかも知れない。噂の正体もまさしくこいつに違いない。正体が分かれば怖いどころかじっくり鑑賞してみたい。さて、どこにいるかな……

 ひゅん

 うわっ何だこいつ!真っ直ぐ向かって来やがった!前翅の縁の真紅は威嚇のためにあるのか、と妙に納得するほど毒々しい。

 ぴたっ

 ぎゃぁぁぁぁ!!何故額に止まる!!顔が全部覆われたかと狼狽えるほどデカい!!

 ……正体が分かったとて、怖くないとは限らない……。

 



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舞い躍る薄衣 奈須田相差 @Vicarya4471

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