第34章 火付け役の重要性
「つかさ~、一緒にプリン食べよ?あっ!ゼリーもあるよ!」
「・・・」
「そうだ!アイス買いに行こ!美味しそうなの見つけたんだ!チョコのやつ!」
「・・・」
美聡が司の部屋の前で必死に呼びかけている。
しかし、その扉が開く気配は無かった。
司が部屋に閉じ籠るようになったのは3日程前のことだ。
俯き、暗い表情になって帰って来た司は台所にいた朱美と来海の姿を見るや否や、
涙で顔をグショグショにし、声を上げて泣き始めたという。
同日の夜、司の通う公立南中学校から連絡があり、病院の職場体験が急遽中止になったと告げられた。その時点では理由は明かされなかった。
その後、通常授業に戻り、数日は司もいつも通り登校していた。
しかし、ある日、司は帰宅後、再び泣き出した。
朱美は司を宥めるのに必死で、とてもその理由を聞き出す余裕は無かった。
「学校に行きたくない。」
司はただ一言そういって、部屋に閉じ籠るようになった。
今は、朱美が朝食・昼食を作り台所のテーブルに置いている。
司は、家に誰もいないタイミングでご飯を食べているらしく、朱美が帰宅する頃には、
洗われた食器が食器棚に片付けられていた。
「つかさ!アニメ見ようよ!あたしにお勧めのやつ教えてよ!」
「・・・」
司が閉じ籠るようになってから、美聡は部活や生徒会活動を早く切り上げ、早く帰ってくるようになった。
いつも通り、明るく振舞っているものの目の下には隈が出始めている。
心配からかよく眠れてないのだろう。
「美聡、それくらいにしときなさい。」
朱美が美聡に声をかける。
「・・・」
どこか腑に落ちないような、悔しそうな表情を浮かべる美聡に朱美が言葉を続ける。
「多分・・・気持ちを整理するのに時間がかかるのかもね。美聡、貴方が落ち着かなくてどうするの?」
「・・・」
「ご飯冷めちゃうから早く食べちゃいなさい。」
「・・・わかった。」
美聡が階段を降りていく、入れ替わる形で博司は朱美の横に立った。
「ひろくん・・・もう・・・どうすればいいのかな・・・」
「・・・病院に知り合いがいる。明日、聞いてみるよ。」
「うん・・・」
「大丈夫。司は強い子だって、朱美も知ってるだろ?」
「うん・・・」
崩れそうな地盤を寸でのところで持ち堪える。
司がいつでも戻ってこられるようにすることが的場家の共通課題だと
全員が分かっていたからだ。
翌日の勤務終わり、少し早めに大学を後にした的場はいつもの居酒屋で百田と合流する。
個室の席に向かい合う形で座り、ドリンクと軽いおつまみを注文する。
「百田。俺の聞きたいことは分かるな?」
「うん。僕もその話をしようと思っていたよ。」
的場の鋭い眼光に百田も覚悟を持った表情で答える。
「単刀直入に聞く。職場体験で何があった?」
単純にして明快な質問を百田に投げつける。
「例の昏睡状態になった生徒が出た。病院側としてはそれ以上は言えない。」
「・・・職場体験が中止になったあたりから、司の様子がおかしくなった。今は、学校へ行けていない。何か知ってるか?」
「・・・他言無用でお願いできる?口留めされてるわけじゃないんだけど・・・」
「もちろん。百田にも立場がある。そこはわきまえてるつもりだ。」
百田は、田沼宗次郎の昏睡当時の状況を的場に話し始めた。
当然、看護師長とのやり取りも。
女子生徒に人気があった宗次郎は司に恋していたが、司に振られ、その矢先に昏睡状態に至った事もあり、司への責任の押しつけが垣間見えたことを、できるだけ詳しく、それでいて主観的になりすぎないように的場に伝えた。
「本当はすぐに伝えるべきだったと思う。ごめん。」
「いや、百田が・・・病院が悪いわけじゃない。ただ・・・困ったな。」
的場はこの場で考え込む。
今回の件は、特定の誰かに問題があったわけではない。ただ、強いて言えば、初期段階で事態を収束させることができなかった中学校側、特に担任教師の学級経営力や生徒指導力によるものが大きいと言える。
現段階で学校が『いじめ』と断定するとは考えにくい。それに、宗次郎の昏睡状態の責任を司に転嫁したクラスメイトの行動と司の不登校との間に因果関係があると学校側が判断しない限り、解決に動くことは無いだろう。
的場は経験則だけで思考することの危険性は重々承知であった。しかし、学校側からの説明がないことや司の担任教師からの連絡すら無いことから、自分の考え方は核心をついていると思わざる得なかった。
百田と別れ、帰宅する。
ドアを開け、家に入る。
「何なら、あたしが行ってこようか?」
「それは、大丈夫・・・大丈夫なんだけど・・・」
何やら美聡と朱美が真剣なやり取りをしているのが耳に入った。
「ただいま。二人ともどうした?」
「あ!親父!今、司の学校から連絡があって、明日の夜に病院の職場体験についての説明会をやるんだって!」
「・・・そうか。朱美はどうした?顔色が悪そうだけど・・・」
「・・・それが、電話を取ったのが美聡だったんだけど・・・」
「美聡、何かしたのか?」
「ちょっと・・・ね・・・」
突然歯切れが悪くなる美聡に代わり、朱美が答える。
「なんていうか・・・簡潔に言うとね・・・先生と喧嘩になっちゃってね。」
「あー・・・ね・・・。」
朱美曰く、司が不登校になり数日経ったにもかかわらず、特に何も対応しなかったことや、やっとの連絡が事務連絡だったことに美聡の堪忍袋の緒が切れてしまったとのことであった。
生徒会で当時の副会長を失脚させたこともあり、美聡は少々そういうところがある。
「美聡、気持ちはよくわかるし、何ならもっとやれ!ってのが本音だが、初っ端から敵意むき出しなのは賢い方法とは言えない。」
しかし、博司も学校側の対応に少々苛立っていたのか、美聡の話に合わせ始めた。
「あー、たしかにねー。そこは反省だわ。」
美聡も、良くない方向で大真面目に次の戦略を考え始める。
「ちょっとひろくん?」
「で、親父ならどうする?」
「俺なら、今日はグッと我慢して、明日の説明会の質疑応答の時間で詰める。」
「そうか!証拠が少ないから、相手を泳がせてボロを出させようって事か!親父!久々に見直した!」
「まぁ、ケースバイケースだがな。」
「・・・二人とも」
少し低い声が二人の背筋を震えさせる。先ほどまでの盛り上がりが嘘のように、その場の温度が一気に下がったようであった。
博司と美聡はその声の方向を向く、
的を寄せ付けないオーラを放った朱美が二人を見ていた。
「ひろくん。貴方、大学教員でしょ?それも教育学の!下手に関わったらもっと厄介な事になるのが分からないの!もっと、自分の影響力を自覚しなさい!」
「・・・はい。」
「美聡!貴方もよ!もう少し『程度』ってのを考えなさい!ひろくんも言ってたけど、最初からこんなだと、できる話し合いもできないでしょ!」
「・・・ごめんなさい。」
「まったく!二人とも!能ある鷹が爪を剝き出しでどうするの!」
「・・・」
「もう!明日の説明会は私が行きます!私が適任だとよーくわかりました!」
「・・・おっしゃる通りです。」
朱美に叱られ、二人は小さくなる。しかし、火がついたのか、朱美に再びエネルギーが沸いたようでもあった。
朱美の見えないところで、博司と美聡はそっとグータッチをした。
幻恋の誘海(げんれんのゆうかい) 未知 推火 @Torime1128
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。幻恋の誘海(げんれんのゆうかい)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます