通行人
透峰 零
一人通ったよ
兄が言った話だ。
その日は、私を含む家族四人で出かけていた。両親と兄、そして私の四人だ。
確か冬の時期で日が暮れるのも早く、大阪の祖父母の家を訪問した帰りだった。夕飯までご馳走になったものだから、実家に帰る時には周囲は真っ暗。高速を降りるとより一層ひどく、実家に向かうぐねぐねとした山道には街灯もほとんどない。
たまに車のライトに照らされる動物の赤い目が、子供心には少し薄気味悪かったことを覚えている。
何事もなく家に着いてほしいという私の願いが届いたのか、大きなトラブルに巻き込まれることもなく、車は団地の入口に差し掛かった。私同様にホッとしたのか、助手席に座る母が父に話しかけた。
「あー、良かった。暗いから、誰か轢かんかってヒヤヒヤしたわ」
父も笑いながら答える。
「轢いたかて、狸がせいぜいや。誰もおらんかったやろ?」
「せやな。まぁ、こんな時間に誰も出歩かんか」
車は、山道から団地へと入る急な坂道を上りだすところだった。その道の半ばほどで、両親の会話に兄が口を挟んだ。
「え、いたよ? 一人通ってたじゃん」
あまりにも自然に言うものだから、両親も、傍で聞いていた私もびっくりしてしまった。
なにせ、兄を除く私達は誰一人として通行人の姿を見ていなかったのだから。
「それ、どの辺?」
母の問いに、兄は不思議そうに答えた。
「ちょっと前の山の中。黒い服着た男の人がさぁ、左から右に渡っていってたやん。俺、お父さんが轢かんで良かったなって、ちょっとハラハラしたもん」
母が、私に視線を寄越した。無言の問いかけに、私は勢いよく首を左右に振る。同じ後部座席にいたが、私もそんな人は見ていないからだ。
怖がりの父が「誰もおらんかったよ」と言って、早々に話題を変えたので私もそれ以上深くは覚えていない。
ただ、家に着いてからもずっと兄は納得できていなかったようで「おかしいな、絶対いたのに」とブツブツ言っていた。
通行人 透峰 零 @rei_T
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