付け替え人形

加賀倉 創作

付け替え人形

——雲の上。


 この世界は、

 目が眩むほどの、

 雲の白と、太陽の光によって、

 支配されている。


 そんな中。


 ひどく薄着の一人の少女が、

 雲の端に座って、

 足をプラプラさせながら、

 おもちゃの人形で遊ぶ。


 人形の体型は、

 少女とそっくりで、

 子供特有のまるっとぷっくりとした健康体。


 少女は、

 鼻歌まじりに、

 その人形のモチっとした手足をもいでは、

 芋虫のような姿になった人形に、

 その胴体には不釣り合いなな手足を取り付ける。


 その手足がどこからもたらされたのかと言うと……


 すぐそばの、

 人形のパーツがたくさん入った、

 少女がすっぽり入ってしまいそうなほどに大きな箱。


 おもちゃ箱だろうか?


 いらなくなった手足は、

 そこにポイと放り投げ入れる。


 箱の中には、

 まるでバラバラ遺体のように、

 多種多様な大きさ、

 形、色をした、

 首や、胴体や、四肢が積まれている。


 生首についた二つのまなこが、

 何かを訴えているように、

 見えなくもない。


 少女は、

 それらを取っ替え引っ替えして、

 世界に一つだけの、

 自分だけの、

 お人形さんを作っているようだ。


 おっと。


 少女の手が滑る。


 落下する人形。


 少女は口をぽかっと開け、

 鼻歌が止む。


 丹精込めて組み立てていた人形は、

 無惨にも、

 少女の座る雲の遥か下へ、

 真っ逆さま。


 みるみるうちに、

 人形は豆粒ほどに小さくなり、

 気づけば見えなくなってしまった。


 少女は、

 機嫌を損ねたのか、

 口をへの字にひん曲げている。


 少女は、

 おもむろに立ち上がり、

 箱に手をかけると……


 己の力を誇示するかのように、

 箱を両手で頭上に持ち上げる。


 そして躊躇いなく、

 人形の部品でいっぱいの箱を投げ捨て、

 先ほどの人形と同じ目に合わせた。


 その背後に忍び寄る大人の女性。


「あらあら、そんな乱暴はいけませんよ」


 女性は、

 中腰になって少女に目線を合わせると、

 その手をそっと少女の頭の上に置く。


 少女の母親のようだ。


 少女は、

 無言で、

 口をぷくっと膨らませて、

 不満そうだ。


「もう、わかったわ、また用意しておくわね」


 二人は、

 手を繋いで、

 雲の上を歩き出す。


 そして……


 果てしなく何もない雲の地平線の先へと消えていった。



 *

 *

 *

*    *

  *      

 *  *           

    *  *

*  *   *    *

     *  

  *    *   



——雪の上。


 ふかふかとした、

 真っ白な地面には、

 くっきりとした、

 大小様々な足跡の連なり。


 電飾の巻き付いた、

 深緑色の針葉樹のオブジェが、

 あちこちに立ち並ぶ街並み。


 オブジェの、

 てっぺんに添えられた、

 大きな金ピカの星に、

 反射する人影。


 影の持ち主は、

 厚手のコートを纏い、

 硬くて黒いビジネスバッグを、

 もこもこの手袋をした手に提げる、

 パッとしない風貌の中年男性。


 彼は、

 先ほどから街中の服屋やおもちゃ屋を片っ端からかけずり回り、

 ショーウインドウをじっと見つめては、

 店内に入らず立ち去る、

 という動きを繰り返している。


 彼をよく観察していると、

 その髪は、

 最後にいつ整えられたのかわからないほどに、

 不揃いに伸び切っている。


 絶えず白い吐息を発する口の周りには、

 白髪混じりの髭が、

 びっしり。


 よほど仕事が忙しかったのだろうか?


 ……そう。


 彼は、

 可愛い娘へのプレゼントを買い忘れた、

 父親なのである。


 すると……


 空から、

 何かが降ってくる。


 幼女の姿の人形が一体。


 いわゆる幼児体型と呼ばれるぷくっとした体。

 しかしちょっぴり腕はムキムキ。


 少し遅れて大きめの箱。


 箱の中では、

 色んな首と、

 色んな四肢が、

 ごちゃ混ぜになっている。


 全て使われた形跡はほとんどなく新品同然。


 彼がしゃがみ込んでそれをじっと見ていると……


 そばの木の電飾が、

 輝き始める。


 すっかり日が落ちて辺りは暗くなっている。


 ふと顔を上げると、

 街中で、電灯も点き始めた。


 街の中の、

 店という店が、

 入り口の扉にかかった札を裏返す。


 容赦ない「閉店しました」の文字。


 彼がプレゼントを調達する手段は、

 断たれてしまった。


 いつの間にか人通りも無くなっている。


 街に取り残された彼は、

 目の前の人形と箱を見つめる。


 手足が、

 ちょっぴりムキムキなのは違和感があるが、

 箱の中には、

 首や四肢のパーツがたくさんあるので、

 どうとでも改善できそうだ。


 彼は、

 迷わず自分の鞄と降ってきた人形とを箱の中に突っ込むと、

 それらを抱えて、

 白いふわふわの上に、 

 新しい跡をつけるのだった。



         +

        + +

        + +

    + + + + + +

+ + + + 怨怨怨 + + + +

    + + + + + +

        + +

        + +

        + +

        + +

        + +

        + +

         +

         +



 何かの上。


 砂浜、だろうか?


 その白くきめ細やかな粒の広がりに、光が反射して眩しい。


 翠玉色の小波が、白い泡沫ほうまつとなって打ち寄せ、砂浜を覆う。


 あぶくが消えたかと思うと、元あった白く滑らかな海岸線は、潤いを得て、土色に変わる。

 

 海水浴に来たらしい、子供の後ろ姿が見える。


 子供はその濡れた粒で、城を形作る。


 こ、ども??


 それは、確かに子供のように小さいが、子供では無い。


 子供のぷっくりとした胴体の両側。

 上腕の各種筋肉と腕橈骨筋わんとうこつきんとがモリモリと盛り上がった腕。

 人間の大人の顔面を握り潰してしまえそうなほど大きく、鋭い爪が指先から伸びる禍々しい手。

 指が、前に三本、後ろに一本ついた、たくましい脚は、これまた鋭い爪を備えており、まさしく猛禽類のそれである。 

 首から上には、白い頬の上に、つぶらな、だが悪魔的な目をつけ、赤い汁を滴らせる大顎を持った、円錐型。

 それは、おそらく人食いザメの頭。


 ひどく無秩序に付け替えられた、人形だ。


 四本指が、クレーンゲームのアームの爪のように、開いては、閉じる動作で足元の白い粒をすくい上げる。


 サラサラとこぼれ落ちる砂。


 す、な??


 砂浜と思っていた粉の広がりは……


 粉砕された、骨、だった。


 波の打ち際は、向こうの方までずっと、同じ粒が広がっていた。


〈汗〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

付け替え人形 加賀倉 創作 @sousakukagakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ